60 パレトのダンジョン5
俺がボス部屋の扉に手を当てると、両開きの石扉はゴゴゴッと音を立てて、ゆっくりと自動で開いていく。
「よし、入ろう」
「はいっ!」
俺とニーシャがボス部屋に入り、入り口の扉が完全に開くと、暗かった室内が明るくなった。
壁に等間隔で設置されたいくつもの松明に火が勝手についたのだ。
石造りの室内は狭くはないが、巨大と言うほどではない。
ボスが大型モンスターではない証拠だ。
もしボスモンスターがドラゴンなどの巨体を持つモンスターであれば、ボス部屋はそれに応じて巨大な空間になる。
だけど、今回はそんなに広い部屋ではない。
俺の経験からすると、これくらいの部屋の広さだったら、ボスモンスターが2メートルを超えることはないだろう。
というか、冒険者ギルドでボスの情報も仕入れているから、どんな奴が出て来るか俺は知っているんだけどね。
俺たちが部屋に入ってからちょうど30秒後。
入り口の扉が音を立てて閉まる。
これもボス部屋の特徴だ。
扉が開いてから30秒後、部屋の中にいるのが7人以上であれば、なにも起こらない。
しかし、6人以下であれば、扉が勝手に閉まる。
そして、扉が閉まり切ると同時に――部屋の奥にボスモンスターが出現する。
2メートル近い人型モンスター。
剥き出しのどす黒い肌は岩のような筋肉に覆われている。
「ウギャアアアアアア」
ボスモンスターが吠えた――ジェネラル・オークだ。
このフロアで普通のオークは何体も倒してきた。
しかし、ジェネラル・オークの身体はオークの2回りもデカいし、オークに比べて知性も高い。
膂力に任せて力押ししてくるオークとは異なり、考えて戦闘を組み立ててくるのだ。
オークを楽勝で倒せるからといって油断は大敵とギルドの情報にも書いてあった。
普通だったら、準備を整え、パーティーの連携を完璧にし、万全の備えをしてから挑むべき相手だ。
だがしかし――。
俺はジェネラル・オークが出現すると同時に前方に駆け出す。
ジェネラル・オークも長さ1メートル以上あるどデカい棍棒を振り上げたまま、こちらに向かって突進してくる。
俺は走りながら、魔力を溜める。
ジェネラル・オークとの距離が5メートルほどになったところで俺は――。
「【魔弾】――」
2発の魔弾を放った。
通常よりも多めに魔力をチャージした魔弾だ。
それらは吸い込まれるようにジェネラル・オークの眉間と心臓に着弾し、オークの体内で爆ぜる。
直後、ジェネラル・オークの重い身体はズシンという大きな音を立てて、地面に倒れた。
2発も必要なかったな、と心の中で呟く。
「終わったよ。もう、こっちに来て大丈夫だ」
声をかけると、すぐさまニーシャが駆け寄ってきた。
「凄いわね。まさか、魔弾だけで倒しちゃうとは……」
「言ったろ? 20層までは魔弾だけでいくって」
「確かに言ってたけど……。それは雑魚モンスターのことかと思ってたわよ」
「雑魚モンスターだろ、コイツも」
「……………………はあ」
「ん? どうした?」
「ボスモンスターを雑魚扱いって…………。アルが非常識だってこと忘れてたわ」
なんか呆れられた。
「まあ、いいや。ドロップ品を拾ったら行こうか」
「ええ」
ボスモンスターは低確率で『レアドロップ品』と呼ばれる、通常より良いドロップ品を落とすことがあるが、今回はハズレだった。
残念といえば残念だけど、こんなところで運を使っちゃうよりは後に取っておいた方がマシだから、あまり気にしてはいない。
ドロップ品を拾った俺たちは入り口とは反対側の出口を目指す。
出口への扉はボスを倒さないと開かない仕組みになっている。
ボスを倒した今、開いている出口から俺たちは次の部屋へ進んだ。
そこはセーフティー・エリアだった。
5層のセーフティー・エリアと同様に、冒険者たちがパーティーごとに固まって座っていた。
その数は十数人。
こちらに視線を向けてはくるが、話しかけてきたりする人はいなかった。
俺たちは空いている場所に座り、水分補給と【回復】の休憩タイム。
5分ほど休んだ後、ニーシャへの支援魔法をかけ直し、転移ゲートへの登録を済ませる。
リフレッシュした俺たちは、さっさと階段を降りる。
さあ、次は11層だ――。
◇◆◇◆◇◆◇
11層、12層と問題なく通り抜け、現在、13層に降り立ったところだ。
今までの天然風の洞窟型から変わり、11層からは積まれた石壁風のフロアになった。
「なあ、ニーシャ」
「なに?」
「ちょっと寄り道していっていいか?」
「ええ、それはもちろん構わないけど、さっさと深層を目指すんじゃなかったの?」
「ちょっと気になったところがあってな」
俺は【共有虚空庫】からギルドで買った地図を取り出す。
「ここを見てもらえるか?」
「なになに?」
ニーシャが地図を覗きこむ。
「この部屋の後ろ、不自然な隙間が空いてるだろ?」
「確かに言われてみればそうね。でも、似たような場所なら、他にもいっぱいあるんじゃない?」
ニーシャの言う通り、似たような地形をした場所ならこのフロアに限らず、今までも何箇所かあった。
「うん。ニーシャの言う通りだ。だけど、この場所はそれだけじゃないんだ」
「??」
「地図で違和感を覚えた場所は、全部【魔力探知】で念入りに調べてみた。他の場所はなにも感じなかったけど、ここだけは普通じゃない魔力の流れを感じるんだ」
「そうなの。じゃあ、もしかしたら…………」
「ああ、隠し部屋があるかもしれない」
「ええ!?」
隠し部屋と聞いて、ニーシャが目を輝かす。
「それに根拠はそれだけじゃないんだ。この手前の部屋だけど……」
「この記号なんだっけ?」
隠し部屋がありそうな怪しい空間――その手前の部屋には記号が書き込まれていた。
「この記号が表しているのは、いわゆるモンスターハウスだ」
「モンスターハウス?」
「ああ、ニーシャは知らないか」
「ええ」
「モンスターハウスは罠部屋のひとつだ。部屋の中にはモンスターを無数に生み出すモンスタースポナーと呼ばれる装置があって、部屋中にモンスターが溢れかえっているんだ」
「ひっ……」
ニーシャが小さく息を呑む。
「しかも、部屋に入ると入り口は閉ざされ、モンスタースポナーを破壊するまでは脱出できないんだ」
「ボス部屋みたいね……」
「ああ。ただ、【転移石】は使えるから、ボス部屋ほどではない」
「そうなんだ」
「でも、危険なことには変わりない。モンスターハウスは転移罠に次いで危険な罠だ」
「…………」
ゴクリとニーシャの喉が鳴った。
「多分、この部屋から隠し部屋に行けるんだと思う」
「うん……」
「そんな危険な部屋だから、発見もされずに残っているんだろうな」
「そうね。アルの説明を聞いてたら、信憑性が高い気がしてきたわ」
「だろう? だから、ここを探してみようと思う」
「大丈夫なの?」
「まあ、モンスターハウスとはいえ、まだ13層だ。ギルドの情報で出現モンスターの情報も分かっているし、まったく問題ない」
「アルがそこまで言い切るなら、問題なさそうね。是非行きましょう。そして、お宝ゲットよ!」
「まだ低層だから、あまり期待し過ぎない方がいいけどね」
こうして俺たちは隠し部屋を探すために、モンスターハウスを目指すのだった――。




