6 森での食事
「まあ、いいや。食事にしよう」
【インベントリ】から取り出したミスリル鍋に、オリヴ油とセセミ油を調合した俺オリジナルのブレンド・オイルを垂らして、魔力を込める。
この鍋は魔道具で、魔力を込めることによって発熱する機能付きだ。
それにミスリル製なので、焦げ付く心配もない。
オイルを垂らしたのは風味付けのためだ。
鍋が温まるまでの間、【虚空庫】の薬味・調味料コーナーからソイソーの実、闇根菊、セセミの種を取り出しつつ、ファング・ウルフのモツを風魔法の【空斬】で一口サイズに細切れにする。
魔法ってのは両手が塞がっていても色々出来るからとっても便利だ。モノづくりする時はホント重宝する。
温まった鍋にモツをまとめて投げ入れ、鍋を振って軽く熱を通してから、鍋の上でソイソーの実を握りつぶす。
ソイソーの実から垂れた黒い液体――通称ソイソー汁――が鍋に落ち、とたんに香ばしく匂い立つ。
最後に燃え盛るファング・ウルフの死体の山に鍋をかざし、モツの表面を強火で軽く炙って焦げ目をつける。
セセミの種と小口切りに切りそろえてあった闇根菊を振りかけたら――はいっ、出来上がり!
美味しく仕上げるコツは、あまり火を通し過ぎないことだ。
【虚空庫】から取り出した大皿に、サッとモツを移す。
こうすれば、表面はカリッと香ばしく、内部はトロトロの『ファング・ウルフ・モツの炙り焼き』の完成だ。
うん、美味そうだ。
「後は何にしよう?」
【虚空庫】を物色しながら、主食をどうするか考える。
今日のところは、これ以上は自作せず、作りおきのもので済ませるつもりだ。
「よし、今日はカットゥードンにする!」
カットゥードンは、遥か昔に異世界から来た勇者が残したと言われる由緒正しき異世界料理のひとつだ。
我々の歴史において、ヒューマンが危機に陥った際、異世界から訪れた勇者たちによってこの世界は幾度となく救われてきた。
異世界からの勇者たちを神の遣いと崇め信奉する宗派もあるくらいだ。
ちなみに、うちのカーチャンは異世界人ではなく、こっちの世界の生まれだ。異世界人の子孫ということもないらしい。
異世界勇者たちはあちらの世界から様々な技術や文化を持ち込んだ。
それらはこの世界のものよりも優れていたこともあり、好意的に受け入れられ、この世界の文化に合うかたちで取り入れられてきた。
なかには、すでにこちらの世界中に広く浸透しているものもある。あまりに身近な存在になりすぎていて、「えっ、これって異世界産だったの?」って知ってビックリするものもあるくらいだ。
その逆に、つくるのに高度な技術が必要だったり、材料が入手困難だったりで、庶民が目にすることがないようなものもある。カットゥードンもそのような一品だ。
カーチャンに連れられて行った某国の晩餐で供されたカットゥードンのあまりの美味しさに衝撃を受けた俺は、レシピを教えてもらえないかと宮廷料理長に頼み込んだ。
普通の相手だったら、勇者の息子である俺の頼みとあれば、二つ返事で了解してくれる。
しかし、自身の技量に対する自負もあるのだろう、料理長は俺の頼みをやんわりと断ってきた。角が立たないように、高度な料理スキルを持っていないと作れない、ともっともな理由をつけて。
だが、俺が厨房で実際に腕前を見せると、料理長は手のひらを返したようにニコニコ顔になった。
それまでの子供扱いとはうってかわって、俺のことを一人前の料理人として扱ってくれたのだ。
カットゥードンだけでなく、いくつもの秘伝のレシピを教えてくれ、俺のオリジナル料理を披露すると改善点を指摘してくれたりもした。
その時以来、料理長と俺は親交を深め、幾度となくレシピのやり取りをする仲になった。
料理の腕前、料理に対する愛情、自身の技量に対するプライド、能力があれば子供であっても対等な料理人として接してくれる姿勢、絶え間なき探究心。
これらを兼ね揃えた、尊敬に値する人物だった。
そんな料理長のことを思い出しながら【虚空庫】から取り出したカットゥードンは、ホカホカの湯気を上げていて、美味しそうな香りが鼻腔をくすぐった。
ちなみに、どんな食べ物でも【状態保存】を掛けてから【虚空庫】に収納すれば、アツアツのものはアツアツのまま、冷えたものは冷えたまま、劣化せずに保存が可能だ。どの食べ物も一番の食べ頃にして保存してある。
出来合いの料理だけでも1年分くらいは余裕で入れてきたし、素材まで含めれば2〜3年分以上あるんじゃないかな。毎日欠かすことのできない甘味だって、多種多様山ほどぶち込んできた。
ちょっとやそっと遭難したって、まったくへっちゃらだ。
ということで、準備も整ったし、遅めの夕食にしよう。
「いただきまーす」
異世界勇者が伝えたと言われる食前の祈りを捧げてから、俺は食事を始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
ファング・ウルフの剥ぎ取りを済ませ小腹も満たされた俺は、当初の予定通りダイコーン草の群生地に戻ることにした。
初めて口にした『ファング・ウルフ・モツの炙り焼き』は中々に美味だった。
ファング・ウルフの上位種であるシルバー・ウルフのモツはこれまでに食べたことがあった。
ファング・ウルフのモツはそれよりもクセがあり独特の苦味がしたが、俺としてはこっちの方が好みにあっていた。
一般的には、食べやすくクセのない食材の方が好かれるようだが、俺としては個性的な味のする食材の方が好きだ。
アクの強い食材は適切な処置さえ施せば、その素材に特有の風味を出すことができる。料理人としても腕の振るいがいがあるし、上手くいったときは他の食材では代わりが利かない唯一無二の味を楽しむことができる。
今回は初めて扱う食材だったから、満点とはいかなかった。
オイルに絡めるときに込める魔力をもう少し多めにした方が良かったな。
それにシチミ・パウダーのピリ辛さとも相性が良さそうだ。
こういう風に考えながら、試行錯誤して料理を改良していくのもまた楽しみのひとつだ。
カットゥードンのように手の込んだ宮廷料理を時間をかけてゆっくりと作るのも勿論楽しいが、モツの炙り焼きみたいにササっと手軽にできる料理を作るのも俺は好きだ。
最小限の手間で、最大限の創意工夫をこらす。そういった別の楽しみ方がある。
そんなわけで、創作欲も食欲も満たされたから、次の欲求を満たすことにしよう。
さーて、中断された採取の再開だ。
俺が一度退いた理由は、戦闘でダイコーン草を傷つけたくなかったからだ。
あそこで戦えば、地面がグチャグチャになるのは明らかだ。
それにヤツらの血がダイコーン草に掛かるのも避けたかった。
ダイコーン草に限らず、ポーションの素材になるような草々は魔獣の体液に弱い。魔獣の血を浴びたりしたら、使い物にならなくなってしまう。
だから、群生地から離れて戦うことにした。
おかげで、多少は踏み荒らされてはいたが、最小限の被害に抑えることができたようでなによりだった。
群生地にはまだまだ多くの薬草が未採取状態で俺に刈り取られるのを待っている。
最初の方は久々で少し手間取ったけど、もうカンも取り戻した。サクサクと刈っていくか。
ミスリルナイフを片手に、俺は薬草採取を再開した――。