59 パレトのダンジョン4
俺とニーシャは階段を下り、6層へ降り立った。
この階層も今までと同じ洞窟型であるが、壁の色が少し濃くなっている。
出発に向けて、俺は早速【魔力探知】を発動する。
5層までに比べて、モンスターの数は増えている。
それに冒険者たちの数も。
戦闘中の剣撃や魔法が炸裂する音が遠くから響いてくる。
ゴクリとニーシャが息を飲む音が聞こえてきた。
緊張しているのだろうか。
「大丈夫だよ。別に今までとなにも変わらない。俺たちの目的地はもっと下だ。ここもさっさと駆け抜けて行こう」
「ええ、そうね」
俺が彼女を気遣うように声をかけると、強張っていた彼女の表情が少し和らいだ。
「【高速移動】、【身体強化】――」
ニーシャに支援魔法をかけ直しておく。
「よし、行こう」
「ええ」
地図に従い、最短距離で7層への階段を目指す。
距離は今までよりも少し伸びている。3キロメートルほどだろうか。
ダンジョンは深く潜るほど階層が広くなっていく。
これはここに限らず、ダンジョンの一般的な性質だ。
ここまでは1時間くらいと順調に来れたけど、これからは最短距離で行っても、より多くの時間がかかるだろう。
それに敵が強くなってくれば、戦闘に要する時間も長くなる。
こんな浅い階層でのんびりはしていられない。
俺とニーシャは早足でダンジョンを進み始めた――。
3分ほど進んだところだ。
前方の部屋に複数のモンスター反応がある。
最短ルートで行くためには戦闘は避けられない。
「ニーシャ、前の部屋に敵がいる。入り口まで行ったら、俺が速攻で殲滅するから、入り口で動かずに待っててくれ」
「ええ、わかったわ」
さすがにここまでで慣れてくれたのか、ニーシャは動揺もせずに俺の言葉に頷いた。
「よし、行こう」
俺が歩き出すと、ニーシャも遅れずに隣をついてきた。
部屋の入口に辿り着く。
中は明るい。
モンスターたちがこちらに気づき、向かってくる。
前もって【魔力探知】で把握していた通り、モンスターは全部で8体。
ホブゴブリンと呼ばれるゴブリンの上位個体が5体。
棍棒を装備していたゴブリンとは異なり、皆、錆びついてはいるが金属製の剣を構えている。
それに加えて、ラージ・バットというコウモリ型モンスターが3匹、空中を飛び回っている。
俺は部屋の中へ飛び出す。
モンスターどもは示し合わせたように、一斉に俺に飛びかかってきた。
地上ではホブゴブリンどもが剣を振るい、空中からはラージ・バットが魔法の炎を飛ばしてくる。
5層までとは違い、一度に襲ってくるモンスターの数も倍以上だし、連携も取れている。
それに剣が届かない空中から攻撃してくるモンスターまで。
確かに、脱初心者殺しと言われる階層なわけだ。
5層までが順調だったからと、軽い気持ちで挑んだら痛い目を見るだろう。
それくらい急激に難易度が上昇している。
だけど――。
「【魔弾】――」
俺が放った8発の魔弾が全てのモンスターを絶命させる。
俺はもっと深い階層、凶悪なモンスターどもが闊歩する場所で強制的にレベリングさせられてきたんだ。
多少難易度が上がったところで、これくらいは俺にとっては誤差みたいなもんだ。
「終わった。もう入ってきていいぞ」
俺はニーシャに声をかける。
きちんと俺の言いつけを守って、入り口のところで待っていたようだ。
「相変わらず、桁外れに強いわね……」
呆れ顔でこちらを見つめるニーシャ。
「まあ、あのカーチャンに死ぬほど鍛えられたからな。無理矢理に」
「そっ、それはご愁傷さまね」
遠い目をする俺にニーシャが慰めの言葉をかけてくれる。
「でも、おかげでこうやってニーシャの役に立てるんだから、文句ばかりも言ってられないな」
「そうね。助かるわ。ありがとう」
そう言って、ニーシャが微笑む。
思わず俺は照れてしまう。
「20層くらいまでは【魔弾】だけで、ガンガン進んでいくつもりだからな。ちゃんと遅れずについて来いよ」
「ええ、頑張るわ」
つい、照れ隠しにそんな言葉を言ってしまったが、ニーシャはあまり気にしていないようだ。
「じゃあ、先に進もうか」
「ええ」
俺は魔石と素材のドロップ品を【虚空庫】に収納し、ニーシャと並んで先に進み始めた――。
◇◆◇◆◇◆◇
――その後、俺たちは順調に進んで行った。
最短ルートを通り、遭遇したモンスターはすべて出会い頭に【魔弾】で殲滅。
1時間半ほどかけて、10層の最奥まで到達した。
想定していたのより速いペースだ。
俺の予想では6層から10層まで来るのに2時間はかかるかと思っていた。
予想より速いペースで来れた理由はニーシャにある。
ニーシャは俺が想像していたのを上回る速さでついて来れたのだ。
最初は緊張のせいか、それほどでもなかったのだが、6層くらいから慣れてきたのか、自ら「もう少し速くても大丈夫よ」と言い出すほどだった。
ニーシャは意外と肝が座っているようだ。
今も眼前に聳える巨大な扉を前にしても、何ら臆するところがない。
「ここがボス部屋ね」
「ああ。ニーシャはボス部屋は初めて?」
「ええ、もちろん。私は浅い階層で少しレベリングした程度だから」
その割には、恐れが感じられない。
俺のことを信用してくれているのだろうか。
だとしたら、嬉しいことだ。
『ボス部屋』というのは、ダンジョン固有のシステムのひとつだ。
その名の通り、この部屋の中にはボスモンスターという、そのフロアに登場するモンスターたちよりも格上の強敵モンスターが存在する。
『ボス部屋』はその階層の最奥に存在し、ボスモンスターを倒すことなしには次の階層へは進めないようになっている。
ボスモンスターが強力だからといって、大人数での力押しで倒すことは不可能だ。
なぜなら、『ボス部屋』には一度に1パーティー(最大6人)までしか入れないようになっている。
部屋の中に7人以上いる場合は、いつまで待ってもボスモンスターは現れない。
6人以下になってから30秒経過すると、入り口の扉は自動的に締まり、戦闘が終了するまで開かない仕組みなのだ。
どんなに強力な攻撃や魔法でも、扉を開けることはできない。
『ボス部屋』自体が遺物なのではと言われている。
ボス戦中は【転移石】も使用できない。
倒すまでは逃亡することも許されない。
まさに命懸けの戦いを強いられるのだ。
ちなみに、ボスモンスターは倒されても、復活する。
『ボス部屋』から冒険者がいなくなると、すぐに復活するのだ。
なので、他のパーティーが倒した直後に、ボスモンスターと戦わずに『ボス部屋』を通り抜けるというインチキは出来ないのだ。
だから、先に進むためにはボス戦は決して避けることが出来ない。
ワンランク上に進むために乗り越えなければならない強大な壁として、ボスモンスターは冒険者たちの前に立ちはだかるのだ。
しかし、ボスモンスターは強力な分、退治すれば多くの経験値と豪華なドロップ品を手に入れることが出来る。
そのため、何度もボスモンスターに挑み続ける、いわゆる「周回」という行為をするパーティーもいるくらいだ。
そういう周回組も含め、通常は何組かのパーティーがボス部屋前で順番待ちをしているのだ。
しかし、時間帯が良かったのか、運が良かったのか、俺たちが到着した時には、他のパーティーは誰もいなかった。
「ツイてるな。すぐ戦える」
「??」
「普通だったら、何組か順番待ちしてるんだよ」
「そうなの」
「それに、今は誰も中にいない」
他のパーティーがボスモンスターとの戦闘中である時は、扉の上の魔石が赤く光っている。
今はそれも消えている。
俺はボス部屋の仕組みをニーシャに説明した。
「へえ〜、ラッキーね」
「ああ、ラッキーだ。サクッと倒しちゃおう」
「私はどうしたらいいの?」
「まだ10層だし、経験値もそんなに美味しくないから、俺が倒しちゃうよ。今までと同じように入り口で待機しててくれ」
「了解よっ! よろしく頼むわねっ!」
初のボス戦ということでニーシャは多少興奮しているようだ。
好奇心の塊みたいな子だもんな。
「よし、じゃあ、行こうか」
「ええ」




