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58 パレトのダンジョン3

 ダンジョンに入ってから約1時間が経過した。

 現在、俺たちは6層へ至る階段手前にある小部屋に到達した。


 ここに来るまで、何度かモンスターとの戦闘はあったが、どれも俺の一方的な先制攻撃で瞬殺してきた。

 ドロップ品も特筆するようなものはなかった。

 ニーシャのペースに合わせたことを考えると十分なスピードだろう。

 ここまでは予定通りだ。


 小部屋には俺たち以外にも十数人の冒険者たちが休息をとっていた。

 まだ早い時間帯なのに盛況だ。

 混雑を避けるために、わざと時間帯をずらしている人たちかもしれない。


 この小部屋はいわゆるセーフティー・エリアと呼ばれる場所で、モンスターが湧いたり入ってきたりしない安全地帯だ。

 だから、こうやって冒険者たちの休息場所として利用されるのだ。

 それに、この小部屋にはもうひとつの機能がある。


「一応登録しておこう」

「ええ」


 この小部屋には転移ゲートがあるのだ。

 冒険者ギルドで仕入れた情報によると、このダンジョンには5層ごとに転移ゲートがあるようだ。

 俺達にとって、ここら辺の低層に用があるとは思えないけど、大した手間ではないので、念の為に登録しておくことにした。


 冒険者カードを転移ゲート横の壁にある金属プレートに触れさせる。

 冒険者カードが光り、登録が完了する。

 ニーシャも俺と同じようにし、無事登録完了。

 とその時――。


「おめでとう!」


 同時に鳴り響く拍手の音。

 周囲を見回すと、休息していた冒険者たちは全員立ち上がり、俺達の方を向いて拍手をしている。

 そして、口々に「おめでとう」と声をかけてくる。


 俺が状況を理解できず不思議に思っていると、中から一人の男がこちらに向かって歩いてきた。

 顔には笑みを浮かべている。


「ビックリしたかい?」

「ああ、いきなりで驚いたよ」


 相手は18歳くらいの年上の男だが、冒険者同士で敬語は不要。

 だから、俺もフランクな口調で返した。


「知っているとは思うが、5層卒業は初心者卒業の証でもある」

「ああ」


 そう言えば、ファンドーラ武具店のリンドワースさんも6層からが脱初心者だって言ってたな。


「だから、初めてここに来てゲートの登録をする奴がいたら、その場のみんなで祝うっていう習慣があるんだ」

「へえ」

「なにはともあれ、初心者卒業おめでとう。若いのに優秀なんだな」

「ありがとう」


 男が右手を差し出してきたので、俺はそれを握る。


「でも、6層からは急に敵が強くなるから、無理はするなよ」

「ああ、忠告感謝する」

「しばらくの間はここのお世話になるだろう。また顔を合わせたら、気軽に声をかけてくれよ」

「ああ、その時はよろしく頼む」


 まあ、俺たちは駆け足で深層まで行くつもりだから、その時が来るとは思えないが……。


「そうだ。ひとつだけ先輩からのアドバイスだ」

「なんだい?」

「一日でも早く金を貯めて、ファンドーラ武具店のリンドワース製の武器を買うことだ。多少値は張るが、その性能は他の武器に比べて段違いだ。6層以降でリンドワースの武器に命を救われた奴らが何人もいる」

「ああ、それだったら……」


 俺は背負い袋に手を突っ込み、【虚空庫インベントリ】から1本のナイフを取り出して、男に見せつける。


「なんだよ。もう持ってるのか。余計なお節介だったな」

「いや、気持ちはありがたい」

「ちゃんと情報収集もしているみたいだし、若いのにしっかりしているな」


 実は昨日ファンドーラ武具店を去る前に、リンドワースさんの作品はひと通り1本ずつ購入しておいたのだ。

 自分で武器を打つ際の参考にしようと思って。


 それにしても、こうやって若手冒険者たちの間で知れ渡っているとは、俺が思っていた以上にリンドワースさんはこの街の冒険者たちには有名なようだ。

 どうりで飲みに行く時間を捻出するのに難儀するほど仕事が立て込んでいるわけだ。


「じゃあ、頑張れよ」

「ああ、お互いにな」


 そう言い残して、男は仲間たちの場所へ戻っていった。


「良い習慣だな」


 俺はニーシャに声をかける。


「そうね」


 ニーシャは微笑んだ。


「少し休憩していくか?」

「ええ、お願い」


 ニーシャは壁にもたれるように座り込み、【共有虚空庫シェアド・インベントリ】から水袋を取り出した。

 そして、水袋からゴクゴクと呷る。

 俺もニーシャの隣に腰を下ろし、自分の【虚空庫インベントリ】から水袋を取り出して、水を飲む。

 俺のもニーシャのもキンキンに冷やしておいたヤツを入れておいたから、火照った身体に染み渡る。


「疲れは大丈夫か?」

「ええ、まだ大丈夫よ。アルの魔法のおかげで、それほど疲れていないわ」

「まあ、気休めだけど、【回復ヒール】――」

「ありがと、身体が軽くなったわ」


 1時間ほど早足で歩いてきただけ。

 支援魔法もかけておいたし、肉体的にはそれほど疲労していないだろうが、ニーシャにとってほぼ初めてのダンジョン探索。

 モンスターとの戦闘も今までほとんど経験がないだろうし、慣れないダンジョンという空間で緊張もしていただろう。

 精神的には疲れるものだったかもしれない。

 疲労は溜めこまないうちに、早めにケアするべきだ。


 俺が【回復ヒール】をかけると、心なしかニーシャの顔色も良くなった気がする。

 これからもこうやって、こまめに【回復ヒール】をかけてあげた方が良さそうだ。

 不慣れな分野で苦労する必要はない。

 少しでもニーシャの負担が軽くなるように俺がちゃんと気を回さないとな。


「さて、そろそろ行こうか?」


 頃合いを見計らって、ニーシャに声をかける。


「ええ、行きましょう。休憩したおかげで大分楽になったわ」


 短い休憩は終わりだ。

 俺たちは腰を上げ、冒険者たちに手を振って軽く挨拶してから階段へと向かった。


 ここからの階層は脱初心者殺しと名高い、一番冒険者の死亡率が高いエリアだ。

 だが、俺たちにはそんなの関係ない。

 深層目指して駆け抜けるだけだ――。

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