57 パレトのダンジョン2
ダンジョンに足を踏み入れた瞬間、【転移】を使用したときに似た、軽い目眩に襲われる。
驚くことはない、これはダンジョン固有の当たり前の現象だ。
当然俺は慣れている現象なので、いちいち慌てたりはしない。
むしろ、久しぶりの感覚にダンジョンにやって来たんだなと懐かしく感じたくらいだ。
ダンジョンとは異空間であり、外部とは隔絶された別の空間。
ダンジョン内部は入り口の地下に存在するのではなく、どこか分からないが全く異なる場所に存在する。
ダンジョン入り口付近を掘り起こしてみたけど、なにも埋まっていない普通の土地だった、という過去の実例もあるくらいだ。
ダンジョンの入り口は外の世界とダンジョン内部をつなぐゲートであり、入り口を通過するとその内部へと転移させられる――これが通説である。
ダンジョン内部が異世界であることを示すかのように、俺の【転移】もダンジョン内では使用ができない。
ダンジョン内部では、基本的にダンジョンが用意してくれた転移装置でしか転移できないのだ。
例外は【転移石】と呼ばれる遺物。
これを使えば、一瞬でダンジョンの外に脱出できる。
ボス戦中は使用できないという制約はあるが、持っていれば格段に安全度が上がる貴重なアイテムだ。
転移が完了したことを意識した俺は隣のニーシャに視線を向ける。
ダンジョンに入る際には転移酔いがあることをニーシャも心構えていたようで、彼女もすぐに平静を取り戻している。
「大丈夫か?」
「ええ、平気よ」
「とりあえず登録しておこうか」
「ええ」
俺とニーシャは順番に入り口付近の壁にある金属プレートに冒険者カードを押し当てる。
外にあったプレートと同じようなプレートだが、機能が異なる。
このプレートはダンジョン内の転移ゲートを利用可能にするための装置だ。
ダンジョン内には何層かごとに転移ゲートがある。
そこにも同じような金属プレートがあり、一度登録を済ませておけば、ダンジョン内で転移が可能になるのだ。
これがダンジョン内で転移する唯一の方法なので、利用しない手はない。
俺とニーシャは登録を済ませ、いざ出発だ。
「よし、行こうか」
「うん。行きましょう」
「その前に最終確認だ。俺の隣を離れないこと。それと俺の指示に従い、勝手には行動しないこと。いいな」
「ええ。分かっているわ。大丈夫よ」
昨日から何度も言っているから、ニーシャも分かっているだろうが念の為だ。
「さっきの冒険者の言葉じゃないけど、ダンジョンではなにが起こるか分からない。決して油断しないでくれ」
「ええ。アルについて行くわ」
「じゃあ、バフをかけておくな。【高速移動】、【身体強化】――」
「ありがとう」
「気にするな」
低層のうちは早足で駆け抜けていくつもりだ。
体力のないニーシャのために2つの支援魔法をかけておいた。
【高速移動】で早く歩けるようになるし、【身体強化】で身体強化しておけば疲れにくくなる。
さすがに俺の本気について来るのは無理にせよ、これなら多少飛ばしても、問題なくついて来れるはずだ。
俺とニーシャはダンジョンを早足で歩き始めた。
ダンジョンは定期的――だいたい1ヶ月から3ヶ月周期くらいだ――に、その構造を変化させる。
その度に、調査をし直し、情報を集め直す必要があるのだが、俺たちには昨日ギルドで仕入れた最新版の地図がある。
その地図情報にあった通り、第1層は岩壁の洞窟型フロアだった。
ダンジョンで一番スタンダードなタイプのフロアだ。
ダンジョン内部が異世界であることを証明するかのように、各フロアは様々な様相を呈する。
広い草原だったり、森林地帯だったり。さらには過酷な灼熱の溶岩地帯だったり、凍てつく氷原だったり。
地下空間ではありえないはずの太陽が存在するフロアもあるくらいだ。
そういう特殊な環境のフロアに対応する装備を整えることも、ダンジョン攻略のカギになる。
まあ、俺の場合は大抵の場合は魔法でなんとかなっちゃうけど。
「ある程度の階層までは飛ばしていくから、疲れたら言ってね」
「うん。ありがと」
俺とニーシャはダンジョンを進んでいく。
このフロアは壁自体が薄く発光しているので、明かりの心配をする必要がない。
それに地図もあるので、それに従って最短ルートを進んで行くだけだ。
今回の目的であるニーシャのレベリングはもっと深い階層で行う予定だ。
だから、低層フロアには何の用もない。
2層への階段目指して、早足で進んでいく。
1層は冒険者の行き来も多く、出現モンスターも雑魚だ。
とくに警戒する必要もないだろうが、今日はニーシャもいるので、念の為【魔力探知】を発動しておく。
これでこのフロアのモンスターの動きは丸裸だ。
地図によると、2層への階段までは大体2キロメートル。
バフ込みの早足で行けば、10分くらいか。
俺たちは順調に進んで行き、5分ほど歩いたところ――。
「ニーシャ、次の曲がり角」
「え?」
「モンスターがいる。2体。多分、ゴブリンだ。そのまま隣をついてきて」
「うん」
俺がモンスターの接近に気づいているのと同様、向こうも俺たちの存在に気がついているようだ。
まだ特に隠密系の魔法やスキルは使用していないしな。
モンスターたちは曲がり角から急襲するつもりで身構えている。
だが、俺が待ち伏せに気づいていることには気がついていないようだ。
俺は敵の存在に気がついていないかのように、いつもどおりの歩き方で曲がり角に近づいていく。
ニーシャもおっかなびっくりしながら、俺の隣を付いて来る。
3メートル。
2メートル。
1メートル。
曲がり角に差しかかったところで、2体のゴブリンが棍棒を振りかざして突進してきた。
「【魔弾】――」
俺は弾丸状の魔力の塊を2発、ゴブリンに向けて放つ。
2発の魔弾はゴブリンに近づく機会すら与えず、額の中心を撃ち抜いた。
「ウギャ」と短い声を残し、2体のゴブリンは絶命する。
戦闘とも言えないほどの呆気なさだ。
「凄っ」
ニーシャが漏らすが、ゴブリン程度こんなもんだ。
今日の目的はニーシャのレベリングだが、ゴブリンの経験値は雀の涙だ。
ニーシャにはもっと深い階層で強力なモンスターを倒させて経験値を稼がせる予定だ。
それまでは時間短縮のため、全部俺が倒していく。
ゴブリンの死体が掻き消えるようにして消滅する。
これがダンジョン外の野生のモンスターとの違いだ。
ダンジョン内のモンスターは死ぬと魔石や素材を残して消滅する。
便利でいいのだが、剥ぎ取り好きな俺にとっては少し物足りない。
まあ、今回のように急いでいる場合には助かるのだが。
ゴブリンの死体があった場所に小さな魔石が2つ転がっている。
屑魔石と言われる大した価値のないものだが、手間もないので拾って【虚空庫】に放り込んでおく。
「さあ、さっさと進もう」
「うっ、うん」
その後、何度かゴブリンなどのモンスターと遭遇したが、すべて俺が瞬殺。
ダンジョンに入ってから10分ちょっとで2層への階段に辿り着いた――。




