55 リンドワース
「アルが気になったのも納得だわ。これを作った人だったら、私も会ってみたいわ」
そんな会話を交わしていたところに、ちょうど先ほどの店員が戻ってきた。
一人の女性を連れている。
背丈は俺の腰ほど。一瞬、「子どもか?」と勘違いしそうになるが、きっとドワーフの女性だろう。
長命種のドワーフは大人でも、普人種の子どもほどの背丈しかなく、女性は普人種の少女のような幼い顔立ちをしているのが特徴だ。
酒と金属を愛する種族であるドワーフは鍛冶師を職とすることが多く、俺の師匠もドワーフの女性だった。
「こちらが当店の工房に所属している鍛冶師のリンドワースです」
「私になにか用があるとか?」
桃色髪をポニーテールにした凛々しい女性。
少女並みの体躯ではあるが、タンクトップから覗く肩と腕は引き締まった強靭な筋肉が盛り上がっている。
「お会い出来て光栄です。ノヴァエラ商会、生産担当のアルと言います。あなたの素晴らし作品を見せていただきました。どうしてもお会いしたくてお願いしたんです」
「ほう。この店にはもっと良い武器がいっぱいあるが?」
「たしかに、もっといい素材を使った武器はありました。でも、あなたほど素材の性能を最大限に引き出している人はいなかった。間違いなくリンドワースさんがこの店一番の鍛冶師です」
俺の言葉にリンドワースさんが目を細める。
「そうか。あらためて、私がリンドワースだ。よろしく」
リンドワースが握手を求め、右手を差し出してきた。
差し出された手をギュッと握る。
リンドワースさんも力強く握り返してくる。
その手はガッシリとぶ厚く、彼女が長年に渡って重い槌を振り続けてきたことを示していた。
「ひとつ質問いいですか?」
「なんだ?」
ぶっきらぼうな返答ではあるが、こちらを拒絶する意志はなさそうだ。
「どうしてもっと良い素材を使って、ハイランクの武器を作らないのですか? リンドワースさんの腕前なら、上級素材でも問題なく使いこなせると思うのですが」
「そうだな…………」
リンドワースさんは少し考えるように黙りこんだ。
そして、語り出す。
「昔の私は、強い武器を作ることを求めていた」
「強い武器…………」
「強い武器こそ、良い武器。そう思い込んで、最高級の素材を求め、重く、硬く、鋭く、そして、強く。それだけをひたすらに追求していった」
「……………………」
「そして、ある日遂に自分が最高傑作と思える一品を作り上げてな。私は喜び勇んで師匠にそれを見せに行ったのだよ」
「……………………」
「そしたら、師匠に一喝されたよ。『たわけっ。誰も使いこなせない武器なぞ作ってどうするんじゃ』ってな」
「……………………」
「それで、私もハッと気づいてな。それから、強い武器作りを追求するのを止めたんだ」
「……………………」
「それからは気を入れ替えて、ちゃんと使う相手のことを考えて作るようになったんだ」
「そうだったんですか」
「冒険者で一番死亡率が高いのはどんな奴らか知っているか?」
「いえ、知らないです」
「ダンジョン階層で言えば6層から10層。いわゆる、脱初心者したての奴らだ。だから、私はそいつら向けに武器を作る。一人でも奴らが死なないように」
「そうだったんですね」
リンドワースさんの作る武器はナイフに限らず、どれも推奨階層が6層から10層のものばかりだった。
その裏にはこういう理由があったのか。
「どうかな? 納得してもらえたかな」
「ええ。素晴らしいですね…………」
ニーシャと出会う以前の俺だったら、リンドワースさんの考えにここまで共感できなかっただろう。
だけど、今の俺は知っている。物づくりは使い手があってこそ。
強い武器を作るというのももちろん立派な行為であるが、リンドワースさんのように冒険者たちの安全を考えて武器を作るという行為も、とても尊敬できるものに思えた。
「先ほど、生産担当と言ってたけど、アルも武器を作るのか?」
リンドワースさんは俺に興味を持ってくれたみたいで、そう尋ねてきた。
「ええ。武器が専門っていうわけでもないですし、腕前もリンドワースさんの足元にも及ばないんですけど」
「いや、物を見る目を持っていることは優秀な鍛冶師の証だ。アルはまだ若い。きっと優れた鍛冶師になるだろう」
リンドワースさんに褒められ、俺は嬉しくなった。
そこで、思い切って俺のナイフを見てもらうことにした。
リンドワースさんから見た俺のナイフの評価がどのようなものなのか、是非とも知りたくなったのだ。
俺は【虚空庫】からミスリルナイフを1本取り出し、彼女に手渡す。
「これは俺が作ったナイフなんですけど……」
「ふむ。作りは甘いが……。ミスリルか」
リンドワースさんが魔力を込めると、ナイフの刀身が青白く光る。
彼女の眼が細められた。
「とても良くならしてある。アルとやら、鍛冶は誰に習った?」
「一ヶ月ほどですが、鍛冶聖エノラ師に師事しました」
「やはりかっ!」
大声を上げ、破顔するリンドワースさん。
「これほど立派な魔ならしが出来ているから、もしやと思ったが、やっぱりエノラ師の弟子であったか」
鍛冶聖と呼ばれ、世界最高峰の鍛冶師と認められているエノラ師だ。
当然のごとく、リンドワースさんも知っていた。
「実は私の師匠もエノラ師でな」
「そうなんですかっ! どうりで。リンドワースさんのナイフを握ったときに、師匠の武器と同じような吸い付くような握り心地を感じたんですよ」
「いやいや、私なんかまだまだ師匠の足元にも及ばないよ」
謙遜気味にリンドワースさんが言う。
「師匠はお元気でいらしたか?」
「ええ。俺がお世話になったのは2年前ですけど、お元気でしたよ」
「そうか。それを聞いて、安心したよ。ああ見えて師は結構なご高齢でな。最近はめったに人前に現れないから心配していたのだよ」
「そうなんですか」
師匠もドワーフなので、外見は少女と変わらない。
若々しくエネルギッシュな師匠だったけど、そんなに年だったとは……。
「いや、まさか、こんなところで兄弟弟子に出会えるとはな。今日はめでたい日だ。よしっ、アル、飲みに行こう」
「えっ……」
さすがは酒を愛するドワーフ。
いきなり、飲みに誘われた。
まだ日も高いうちだというのに。
俺としても、リンドワースさんとは色々と話をしたいのだけど、この後はニーシャと他の店を見て回る予定だ。
だけど、せっかくの誘いだし、断るのも忍びない。
困り果てた俺は隣のニーシャに視線を向けたところで、思わぬ助け舟が横から出された。
「リンドワースさん。仕事が溜まってますよ。飲みに行っている暇なんかありません」
「うっ」
助け舟を出してくれたのは店員さんだった。
どうやら、リンドワースさんは仕事を溜め込んでいるらしい。とても苦い顔をしている。
「じゃあ、明日。明日行こう」
「明日も夜までスケジュールはいっぱいです」
子どものように食い下がろうとしたリンドワースさんだったけど、それも店員さんにあっけなく食い止められた。
「分かった。じゃあ、明後日だ。それまでに全部片付けるから。それならいいだろ?」
「ええ。それなら」
ようやく店員さんの許可がおりたようだ。
「アルたちも構わないだろ?」
「ええ」
「じゃあ、明後日の晩にここに来てくれ。とことん飲み明かそう」
「ええ。楽しみにしてます」
こうして、俺たちは明後日の約束を取り付け、ファンドーラ武具店を後にした。
まさキチです。
お読みいただきありがとうございます。
今回で第3章終了です。
いよいよ次章はダンジョン探索です。
お楽しみに。
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