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54 ファンドーラ武具店2

今年もよろしくお願いします!

 1本のナイフが目に止まった。

 目立つ形をしているわけではない。

 だけど、なぜか、そのナイフがやけに気になった。


 値段は5万ゴル。

 この棚の中では安い部類に入るだろう。

 推奨階層は6層から10層となっている。


 俺は棚からその1本を取り、軽く握ってみる。

 まるで昔から愛用していたかのようにしっくりとくる。

 握りこんだ肌に吸い付くかのようだ。


 ナイフを軽く振る。

 振った時に力を一番効率的に刃先に伝達するかのようにピタリと計算されたかのような重心。


 師匠の作った武器を振ったときと同じような感触。

 まぎれもない一級品だ。


 たしかに、素材は良くない。

 純度の良くない鋼で、魔力は一切通さない。


 しかし、その劣った素材で出来うる限りの最良のナイフを作ったら、このナイフが出来上がるだろう。

 そんな素晴らしい一品だ。


 ナイフを棚に戻し、隣のナイフを手に取る。

 同じシリーズの作品だ。

 最初のものと比べて、寸分の違いもない。

 次から次へと手にとってみる。

 どれも完全に同じ形状。1ミリの誤差もない。

 手に握った感触も全く区別がつかないほど。

 どれもこれも文句なし。完璧な出来だった。


「どうしたのジッと見つめ入っちゃって」


 俺がナイフに見入っていると、隣の棚を見ていたニーシャが声を掛けてきた。


「いや、良いナイフだなって」

「やっぱり、職人の血が騒ぐの?」

「…………」

「アルの好きに見せていたら、日が暮れちゃいそうね。今日は参考の価格調査が目的よ。軽く見たら次に行きましょ」

「ああ…………」


 なごり惜しかったけどニーシャに促され、俺はナイフを棚に戻す。

 製作者の名は『リンドワース』。

 俺はこの名前を頭の片隅に入れておいた。


 それから俺はニーシャとともに、棚の間を歩いて行き、槍やら斧やらの長物を見ていく。

 長物は短剣の2倍から3倍くらいの値段だ。

 使用する素材が多くなるから、その分値段が高いのだろう。


 先ほどニーシャに釘を刺されたばかりなので、ここは軽く眺めるくらいにしておく。

 しかし、やはり、ここでも目を引く品があった。

 どれも『リンドワース』製だ。

 ナイフと同様、低級の素材を用いた廉価品ばかり。

 いったい、どんな人なんだろうか?


 その後、鈍器や長剣の売り場を回り、1階をひと通り見た俺たちは、2階へ向かった。

 2階は防具売り場だ。


 盾や兜、鎧や魔術師向けのローブまで揃っている。

 ニーシャに急かされながら、足早にフロアを回る。


「いろいろ置いてるんだな」

「そうね。ここはパレトで一番の品揃えだからね」

「ふーん」


 1階と同様に幅広い品揃えだが、俺が着ているような魔法付与がされた装備は取り扱っていないようだ。


「武器のときより関心が薄いみたいね」

「ああ、俺は防具制作はあまりやってないんだ」

「そうなんだ。アルのことだから、なんでも出来るのかと思ってたわ」


 防具作成は武器に比べて大変だ。

 盾や篭手くらいなら俺でもなんとかなるが、全身鎧のような多くのパーツを必要とするものになると素人の俺にはお手上げだ。

 俺自身、防御力は防具よりも魔法で補うスタイルだったから、いつも軽装の装備だったし、あまり、防具の必要性がなかった。

 試作でいくつか作ったことはあるが、その程度だ。

 いずれは防具も作れるようになりたいが、現時点では俺には作ることは出来ない。


 それに防具は使用する相手の体格に合わせて作る必要がある。

 今まで使い手のことをあまり意識していなかったけど、これから防具を作るとなると、ちゃんとそこらへんのことも考えていかないとな。

 俺の頭に先ほどであったばかりのナタリアのことが浮かんだ。

 彼女用の防具を作るとしたら、どんな素材を使って、どんなふうに作るのが良いのだろうか…………。


 そんなことを考えながら2階を一回りし、俺たちは階段を降りる。


「まあ、こんな感じかな」


 軽い調子でニーシャが言う。

 メモも取っていなかったけど、本当に全部の商品の価格を覚えているんだろうか。

 だとしたら、本当に凄いことだ。


「どう? 参考になった?」

「ああ。そうだな」

「じゃあ、ここはこれくらいにして、次の場所に行こっか?」

「ああ…………」

「どうかしたの?」


 ニーシャが俺の顔を覗き込んでくる。


「ちょっと気になることがあって……」

「なに? 別に時間は気にしなくていいわよ。アルの気持ち優先でいきましょ」

「ああ、すまん。ちょっと武器の製作者のリンドワースって人が気になって」

「へえ」


 ニーシャが意外だという顔をする。


「アルが気になった人っていうなら、会ってみる価値はありそうね」


 1階に戻ってきた俺たちに、入店時に声を掛けてきた店員が近寄ってきた。


「いかがでしたか? お眼鏡に叶う品はございましたか?」

「武器製作者のリンドワースという人に会いたいんだけど、今大丈夫かしら?」

「はいっ。リンドワースでしたら、裏の工房にいると思います。ただ今、連れてまいりますので、少々お待ちください」


 店員は一礼をすると、すぐに踵を返し去って行った。

 俺とニーシャは手近な短剣の売り場辺りで待つことにした。


「リンドワースって、このナイフの製作者でしょ?」


 ニーシャが棚からリンドワース作のナイフを1本取り出して尋ねてくる。


「ああ、そうだ」

「パッと見はなんの変哲もないナイフにしか見えないんだけど。特にハイランクの品ってわけでもないし……」


 ニーシャは手に持ったナイフを凝視する。

 きっと【鑑定眼】で精査しているのだろう。


「へえ〜。たしかに、この価格帯ではありえないほどの性能ね。素材自体は大したことないけど、加工がありえないレベルね」

「そうだろ?」


 やっぱり、ニーシャの【鑑定眼】でもその凄さが分かるようだ。

 それが分かるニーシャの眼も大したものだ。


「アルが気になったのも納得だわ。これを作った人だったら、私も会ってみたいわ」

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