53 ファンドーラ武具店
食事を済ませ、ナタリアたちと別れた。ギルドを後にした俺たちは、午後の目的、市場調査に向かうことにした。
場所は冒険者向けの商店が並ぶ区画だ。
ここで遺物、武器防具、ポーション類、その他ダンジョン攻略に必要な物品の調査を行うつもりだ。
実際に冒険者たちにどのような品々が人気なのか、また、それらの価格はどれほどなのか。
それを実地調査するのだ。
この調査は俺の物づくりにも参考になるとニーシャが言っていた。
俺とニーシャのノヴァエラ商会は遺物を中心に取り扱うつもりだけど、それを専らにはしないつもりだ。
遺物を目玉にしつつも、ダンジョン攻略に必要な物品全般を取り扱うことにしたのだ(幸い、それが可能なだけ店舗には十分な広さがある)。
二人で話し合った結果、そういう結論に落ち着いた。
ニーシャはその方が儲かるから、俺としては色々なものを作りたいから、という別々の理由からではあるが、目指すところでは意見が一致したのだ。
だから、俺は冒険者が何を必要とするのかを知っておく必要があるとニーシャに諭された。
剣を一本作るとしても、好き勝手に作れば良いというわけではない。
その剣を誰に向けて作るのかを考えなければならない。
例えば、中層向けの攻略者用の剣であれば、どれだけの性能でどれくらいの価格であればいいのか。
そのためには、どれだけの材料費と製作時間をかければいいのか。
それをちゃんと把握しておかなければならない。
商売をやる上では、それは最低限知っておかなければならないことだとニーシャに教えられた。
誰もが皆、『紅の暁』のように俺のミスリルナイフを買える懐事情ではないのだ。
俺はまたしてもニーシャに感謝した。
俺は物づくりについて、軽く考えすぎていた。
勝手気ままに好きなものを作って、適当な値段で売り捌いていけば、それでいいものだと思っていた。
だが、それじゃダメなんだ。
それは只の自己満足だ。
物を売るからには、買う相手がいる。
その相手の満足度が最大になる物を作るべきなのだ。
俺の作った剣を買った人がダンジョン攻略で成果を上げれば、その分市場も潤う。
そうやって、人々が豊かになっていくんだ。
俺が作った剣で、みんなが幸せになるんだ。
昨晩、ニーシャの長い話を聞いて、俺はガツンという衝撃を受けた。
物を作ることの意味がやっと分かった気がした。
だから、今後の俺は買い手のことを考えて物を作ることを固く決心した。
そのための第一歩が市場での情報収集なのだ――。
まず、最初に訪れたのは中央通りに面したこの街で一番大きな武具屋だ。
「相場を知りたいときは、まずはその街で一番大きな店よ。そこの価格を参考に価格の振れ幅を調べるのよ」
とニーシャが言っていた。
店の名前は『ファンドーラ武具店』。そう、俺たちがお世話になっている『ファンドーラ商会』が経営する武具屋だ。
ニーシャの話では、他の小さな店に比べて、価格は少し割高だが、品揃えが豊富で、なおかつ、品質にも信頼がおけるそうだ。
俺たちは早速、店の扉を開け中に入る。
広い店内には剣、斧、槍など様々な武器が何百本も並べられている。
どうやら、店舗は2階もあるようで階段脇に『2階防具』という看板が掲げられていた。
「いらっしゃいませ。ニーシャ様」
店に入るとすぐに若い店員が声をかけながら歩み寄ってきた。
ニーシャのことを既に知っているようだ。
「今日はなにかご入用ですか?」
「いえ、今日は見せてもらうだけよ」
「ご案内はご必要でしょうか?」
「いいえ、結構よ。勝手に見せてもらうわ」
「それでは、ごゆっくりご覧になってください」
「ええ、そうさせてもらうわ」
店員は一礼すると、ゆっくりと俺たちの側から離れて行った。
「ここに来たことあったの?」
「ええ、昨日、顔つなぎにちょっとだけね」
そういえば、俺が教会に行っている間に、色々と回ってくるって言ってたな。
「じゃあ、順番に見ていきましょう」
「ああ、そうだな」
店内には様々な武器がジャンルごとに区分けされて陳列されていた。
まずは入り口近くの短剣が並べられた一角を覗いてみる。
俺はニーシャと並んで陳列棚を眺める。
「豊富な品揃えでしょ」
「ああ」
陳列棚には百本ほどの短剣が並べられているが、種類自体は十数種類ほどだ。一点ものではなく、量産品のようだ。
それぞれの短剣の側には、製作者名、値段、素材、長さ、重さ、ダンジョンの推奨階層が書かれた紙が貼られている。
短剣は安いものから高いものへと価格順に並べられていた。
一番安いので5千ゴルからだった。
これくらいなら駆け出しの冒険者でも手の届く値段だろう。
「どれくらいの物が大体いくらの価格か把握しておくくらいで構わないからね」
「そうなのか?」
「ええ、具体的な価格は私が覚えておくから平気よ」
「平気って、これ全部覚えるのか?」
「ええ」
「まじか……」
「商人としてそれくらい出来て当たり前よ」
やっぱり、ニーシャは凄いな。
俺は気を取り直して、棚を見ていく。
武器には使われている素材が表示されているが、最高級のものは純度100パーセントの総ミスリル製だった。
価格は50万ゴル。最安のナイフに比べて百倍の値段だが、『紅の暁』に売った俺のナイフの半額だ。
武器の相場を知らない俺にとっては、これが妥当な値段なのかどうか分からないが、ファンドーラ商会が付けている値だから、それほど相場から外れていることはないのだろう。
俺はそのミスリルナイフを1本、手に取ってみる。
なかなか確りとした作りだ。
量産品ではあるが、鋳造品ではなく鍛造品。
俺が作ったのよりは一回り大きい。標準的な成人男性の体格に合わせたものだろう。
切れ味も鋭そうだ。
持ち手には装飾もほどこされており、俺が作ったナイフなどよりもよっぽど良質の一品だ。
こうやって他人が作ったものと比較すると、自分の至らなさがはっきりと分かる。
一度、腰を据えて、鍛冶の修行に打ち込みたいなあ……。
自分の力量を自覚したところで、問題は――。
俺は手に持ったナイフに魔力を込めてみる。
いつもと同じ感覚で魔力を流してみたけど、所々でつっかかる感じがして、スムーズに魔力が流れない。
いつもより2割ほど多めに魔力を込めて、ようやく刀身全体が青白く光った。
「こんなもんか…………」
俺は少しがっかりしたが、値段と俺のナイフを手にしたときのライラの喜びようからしたら、当然の事なのかもしれないと思った。
魔武具を作るのは大変なのだ。
作業自体は12歳の素人でも作れる簡単さなのだが、1本の魔武具を作るのには膨大な魔力を必要とするのだ。
生まれと育ちのせいで人並み外れた魔力量を持つ俺だからこそ、師匠の気違い地味た修行を乗り越えられたし、高度な魔ならしも可能なのだ。
やはり、俺が武具を作るなら、そこを売りにしていくべきだな。
量産品の品質について、だいたい分かった。
物自体は悪くない。ただ、魔武具として取り扱えるレベルではないということか。
魔武具であれば、きっと値段は跳ね上がるんだろうし、そういうのを取り扱うのはまた別の店なんだろう。
そんなことを考えていると、1本のナイフが目に止まった。