52 紅の暁2
うん。良い人だ。俺は彼女のことが気に入った。
ナタリアのために良いものを作ってあげたいと、そう思った。
そうだ!
俺はひとつ良いことを思いついた。
「お近づきの印じゃあないですけど、これ買いませんか? 俺の自作の品です」
俺は【虚空庫】から一本のミスリルナイフを取り出す。
いつも俺が使っているナイフと同じ型のスタンダードな形状のやつだ。
同型のヤツが【虚空庫】に20本ほど入っている。
これなら、一本くらい渡すのにちょうど良いだろう。
ニーシャと出会う以前の俺だったら、タダであげていたところだけど、それはお互いにとって良くない行為だってちゃんと学習した。
だから、売却を持ちかけたのだ。
俺はナタリアにナイフを手渡す。
「ふむ。私はナイフの良し悪しは分からん。ライラどうだ?」
大柄なナタリアは腰に立派な大剣を帯びている。
豪腕で敵をなぎ倒す戦闘スタイルだろう。
彼女はパーティーメンバーの一人、ライラに声を掛ける。
呼ばれて近寄ってきたライラは、小柄な少女だった。
この状況でナタリアに呼ばれるのだから、きっと彼女はナイフ使いなのだろう。
活発そうな緑色髪のツインテールで、年齢は俺とあまり変わらない。あどけない顔つきで、軽装のレザーアーマーを身にまとっていた。
ラージ・バジリスクの革だろうか。軽さの割になかなかの強度を持つ鎧のようだ。
素早い動きで敵を撹乱し、手数の多さで勝負する戦闘スタイルなのだろう。
だとしたら、きっと俺のナイフは気に入ってくれるはずだ。
「どれどれ。うわっ、軽っ。これ、ミスリル?」
ナタリアからナイフを渡されたライラは、その軽さに驚いたようだ。
「ああ、純度100パーセントの総ミスリル製だ」
「へえ」
敵とガンガン打ち合うタイプの人には総ミスリル製の武器は敬遠されがちだ。頑健さを得るため、総ミスリルよりも鋼が一定割合含まれた合金製の方が好まれる。
しかし、ライラはそういうタイプではなさそうなので、軽い総ミスリル製を気に入ってくれるだろう。
それに総ミスリル製にしているのには、軽さ以外にもちゃんと理由があるのだ。
「少し小ぶりだね」
「俺の体格に合わせて作ったからな」
「私にはちょうどいいかも」
ライラは俺より少し小さい体つきをしている。
成人男性向けの標準サイズよりはこちらの方が取り回し安いだろう。
「切れ味も中々良さそうね」
刃先に軽く指を添わせながら、ライラが評する。
「握りもしっくりくるし、重心も良い。うん。なかなか良いナイフね」
それなりに気にはいってくれてるみたいだが、どうしてもこのナイフが欲しいというわけではなさそうだ。
80点ってところだろうか。
まあ、仕方がない。自分でも作りの甘さは理解している。12歳の頃に作った品だしな。
正直、俺は熟練の鍛冶師ほどの腕前にはほど遠い。
なにせ、鍛冶に関しては基礎の基礎を習っただけなのだ。
ちゃんとした自作の武器はこのミスリルナイフくらい。
だけど、基礎だけは誰にも負けないくらいやった。
その成果がこのミスリルナイフだ。
だから、こうやって自信を持って他人に見せられるんだ。
「ちょっと魔力を込めてみてもらえる?」
「え。うん」
そう。拵えはイマイチでも、俺が自身を持って勧められる理由がこれだ。
ライラがミスリルナイフを片手に持ち、軽く魔力を込める。
それにつれて、ナイフの刀身が青白い光を帯びる。
「なにコレッ!?」
ライラの顔が驚きに染まる。
ナタリアも「ほう」と感嘆の息をもらし、他のメンバーも真剣に見入っている。
「こんなにスムースに魔力が流れるなんて……。これだったら、硬い敵だってスパスパ斬れそうだよ」
興奮した様子でライラがはしゃぐ。
「確かに凄いな。魔力が淀みなく流れてる」
ナタリアも感心している。
魔力伝導率。
これだけが俺が胸を張れる点だ。
なにせ、これだけは師匠に死ぬほど叩きこまれたからだ。
12歳の頃、とある鍛冶職人の師匠に1ヶ月ほど弟子入りしたことがある。
そのとき師匠に命じられたのが魔武具づくりの基礎中の基礎――魔ならしだった。
炉に入れて赤熱したミスリル・インゴットを、魔力を込めながら槌で叩いて伸ばす。
おおよそ倍の大きさになったら、再度炉に突っ込んで加熱する。
炉から取り出したそれを半分に折り返して、もとの形に戻す。
そして、それを再び叩いて伸ばしていく。
これが魔ならしと呼ばれる工程だ。
これを繰り返していくことで、インゴットのムラがなくなり、魔力が流れやすくなっていくのだ。
回数をこなすほど、ムラは均一になり、魔力の通りも均一になっていく。
武具に魔力をまとわせて用いる魔武具づくりには必須の工程だ。
この工程が魔武具の性能の大半を決定すると言っても過言ではない。
それゆえに、師匠はひたすら俺にこれをやらせた。
師匠に課されたノルマは1万回。
1ヶ月の修行期間、ほとんどの時間は魔ならしに費やされた。
武具を作る師匠の傍らで、朝から晩までひたすらに魔力を込めた槌を振るう日々。
魔力量には自信があった俺だけど、さすがに夕方頃になるとシンドくなってくる。
集中しているつもりでも、手元がぶれ、込める魔力にもムラが出てくる。
そうすると、口よりも手が早い師匠だ、横から鉄拳が飛んでくる。
そうやって喝を入れられながら、俺は根性で1ヶ月の修行期間を乗り越えることができた。
ノルマも無事に達成し、実際に武器を作る許可もおりた。
そうして完成したのが俺が愛用しているミスリルナイフだ。
1ヶ月間叩きまくったインゴットから自分の手で武器を叩き出すのは感慨深かった。
出来上がったミスリルナイフを感無量で眺めていると、これまで一度も褒めてくれなかった師匠が「よくやったな。良い武器だ」と褒めてくれた。
1ヶ月やりきったという思いと、師匠に褒められたのが嬉しくて、俺は号泣してしまった。
そんな俺の頭を師匠はそっと撫で続けてくれた。
ちなみに、修行の副産物として、魔力量が2倍になった。
それくらい厳しい修行だったのだ。
師匠と別れた後も、俺は武器作りに励んだ。
魔ならしに関しても上達していき、1万回も繰り返さなくても、数十回で同程度の性能を出せるほどの腕前になった。
ミスリルナイフも何十本も作った。
ナタリアたちに売却を申し出たのは、そのうちの一本だ。
「ねえ、ナタリア、この武器買う〜。絶対買う〜」
ライラがナイフを胸に抱え、もう絶対に手放さないと態度で示す。
「なあ、ニーシャ、幾らだ?」
幾らの値段が妥当なのか、俺には分からないから、ニーシャに尋ねた。
「そうね。『紅の暁』の皆様とはこれからも良い付き合いをしていきたいし、キリの良い百万ゴルってところかしらね」
「高っ、でも、安っ」
ライラが二重の意味で驚いている。
「確かにナイフ一本の値段としては高い値段だが、この性能を考えると十分に安いと言えるな。よしっ、ライラ、ギルドから金をおろして来い」
「あいあいさー」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「どうした、レイン?」
レインと呼ばれた男が口を挟んできた。
「なあ、このナイフもう一本ないのか?」
「ありますよ」
「じゃあ、俺にも一本くれ。なあ、ナタリア、いいだろ?」
「しょうがないな。同じ値段でいいのか?」
「ええ」
「じゃあ、ライラ、二本分だ」
「あいよー」
ライラが浮かれた足取りでギルド窓口に向かう。
ギルドは銀行機能もあって、お金を預けておくことができるのだ。
大半の冒険者は現金をあまり持ち歩かず、ギルドに預けておくのだ。
俺はレインにもミスリルナイフを手渡す。
レインは「ありがとう。ありがとう」としきりに感謝し、握手してきた。
「なあ、他の武器はないのか? 長剣とか?」
他のメンバーも気になったようで、声をかけてくる。
「残念ですけど、『紅の暁』の皆さんに納得してもらえそうな出来のものはこれしかないんですよ」
他の武器も打ったことがないわけじゃないんだけど、ミスリルナイフほどの自信作ができたことはない。
恥ずかしくて他人に見せれるレベルのものじゃない。
俺が断ると、皆がっかりした様子だ。
ナタリアが一番落ち込んでいたりする。
「ごめんなさい。武器が本業じゃないんで。でも、武器も作れるようになりたいとは思っているんで、満足行く品が作れるようになったら、また、お知らせしますよ」
「ホントだなッ? 楽しみに待ってるからなッ」
ナタリアが食いついてくる。
「ええ。ご期待下さい!」
「それにしても、これだけのものを作れても武器作りが本業じゃないのか……」
「ええ、武器作りはまだ修行中の身です」
「じゃあ、なにが本業なんだんだ?」
「本業は遺物です」
「遺物っ!?」
「とはいっても、まだこれから始めるんですけどね」
俺とニーシャはナタリアにこの街にやってきた理由や遺物屋をやることなどを説明する。
「へえ〜。面白そうだな。ますます開店が楽しみになったよ」
ナタリアがキラキラした目でそう言う。
「おまたせ〜」
そこにライラが戻ってきた。
「はい。2百万」
テーブルの上に無造作に白金貨を2枚放り投げる。
ポンと即金で出てきたくらいだし、『紅の暁』クラスになると白金貨も珍しくないのだろう。
やっぱり、トップの冒険者たちはお金を持っている。
こういう人たちを相手に商売をしていくんだ。
上手く行けば、すぐにお金は貯まるだろう。
「じゃあ、開店を楽しみにしているよ」
「ええ。『紅の暁』の皆さんも冒険頑張って下さい」
こうして、迷宮都市パレトのトップクラン『紅の暁』と良い縁を結ぶことが出来た。
開店に向けて、幸先の良い出来事に俺もニーシャも喜んだ。




