51 紅の暁
ニーシャの冒険者登録とダンジョンの情報収集。
俺たちがギルドでの用事を済ませた頃には、ちょうど昼前になっていたので、俺とニーシャはギルド併設の酒場で昼食を取ることにした。
俺もニーシャもギルド酒場での食事は未体験。
せっかくなので、挑戦してみようという運びになったのだ。
朝は空席が目立っていたのだが、今では8割方埋まっている。
空いている席を見つけ、そこに向かおうとしたところで横から声をかけられた。
「なあ、ちょっと話がしたいんだけど構わないか? メシなら奢るからさあ」
俺たち、いや、俺に声をかけてきたのは真紅の甲冑に全身を包み、燃えるような赤い長髪を波立たせた大柄な女性だった。
俺より頭ひとつ大きい。
その頭には小さな2つのツノが生えている。鬼族の女性だろう。
顔立ちは整っているが、その身体から発せられる威圧感のせいで、気軽に声をかけられる男性は限られるだろう。
俺はジッと彼女を観察する。
歴戦の冒険者だろう。
強いし、自分の強さに自信を持っている。
粗野な印象を受けるが、すぐに暴力に訴えかけるような野蛮な人には見えない。
俺たちになんの用があるのかは判断しかねるが、彼女から悪意は感じられない。
ニーシャの顔を見ると、俺に任せるといった態度だ。
まあ、話を聞くくらいなら問題ないだろう。
俺たちはこの街にほとんど知り合いがいない。
良い縁が結べる相手なら、積極的に繋がりを持っておきたいところだ。
「ええ、話くらいは構いませんよ。でも、奢ってもらう必要はありません。自分たちの食い扶持くらいは稼げますので」
見知らぬ相手に借りを作りたくはないので、奢りは断っておく。
「そうかそうか。つきあってくれて、ありがとな。こっちのテーブルにおいでよ」
奢りを断ったことを気にすることもなく、女性は豪快な調子で答えた。
彼女の後についていくと、そこには5人の冒険者がいた。
「うちのクランメンバーだ」
彼女の紹介に彼らは「よろしく〜」などと気安い挨拶をしてきた。
「名乗りが遅れたな。私はナタリア。このクラン『紅の暁』のリーダーだ」
「アルです」
「ニーシャです」
冒険者のクランか。
皆、リーダーのナタリアに劣らず、中々の腕前がありそうだ。
揃いの「真っ赤な炎」をかたどったエンブレムを装備品に取り入れている。クランのシンボルなんだろう。
そんなことを思いながら、俺も自己紹介を返す。
他の面々も順に名乗ってくるが、俺は考えに夢中で聞き流していた。
「まあ、座ってくれ」
ナタリアの向かい、空いた席に座り、店員に注文を頼む。
俺はサンドウィッチ、ニーシャはハンバーガーを頼んだ。
「ウチのクランは知ってるか?」
「いえ、3日前にパレトに来たばかりなので」
「そうか。ウチはここパレトを拠点とするダンジョン探索専門のクランで、総勢82名。ここにいるのは中でも精鋭のパーティーで皆Aランク持ちだ。ダンジョン攻略も最先端を行っているし、規模でも実績でも実力でもパレトでトップのクランだ」
俺が知らないと言っても、ナタリアは気を悪くした様子で教えてくれる。
器が大きいようで安心した。
自分で勝手に名乗っておいて、相手が知らないと不機嫌になる奴いるからな。貴族とか。貴族とか。貴族とか。
「それで一体なんの用なんですか?」
「単刀直入に言おう。二人ともウチのクランに入らないか?」
「俺たちはまだ駆け出しですよ。今日、登録したばかりの。なあ」
ニーシャを促すと、ちゃんと察したようで発行したてのFランクの冒険者カードを取り出して見せつける。
「ああ、彼女が今日登録したばかりだということは知っている」
「だったら――」
「だが、キミは違う。だろ?」
「…………」
ちょうどそこで、食事が運ばれてきた。
俺は飲み物に口をつけてから、尋ね返す。
「なんでそう思ったんですか?」
「体重の動かし方や足の運び方が一般人のそれじゃない」
「ふーん」
やっぱり、それなりの相手には分かっちゃうもんなんだな。
「それに見てたんだよ。あのボンボンをやっつけるところ」
「…………」
まあ、あれだけ注目されてたらな。
さっきの女騎士の人もそうだけど、見える人には見えてたんだな。
「見事な腕前だよ。対処方法も含めて。是非、うちのクランでその実力を発揮して欲しい。こう見えてもウチはここパレトでトップのクランだ。アルの実力には見合ったクランだと自負している」
「さっき俺たちにって言ってましたけど、それはニーシャも含めてですか?」
「ああ。そうだ」
「なんでですか? 彼女は本当に素人ですよ」
「ああ。分かっている。アルが行動をともにしている。それも護衛といった関係性じゃあなさそうだし、恋人同士にも見えなかった。二人はきっと対等なパートナーなんだろう。だとしたら、アルが認めるなにかがニーシャにはあるんだろう。戦闘はダメでもそれ以外の才能が」
「…………」
すごい洞察力だ。
さすがはトップ・クランを率いているだけはある。
俺だけでなく、ニーシャも含めてのスカウト。
普通の冒険者だったら、飛びつくところなんだろうけど…………。
「もう一度頼む。二人でウチのクランに入ってもらえないだろうか? 二人が納得する待遇は保証するから」
ナタリアが深々と頭を下げた。
俺はサンドウィッチにかぶりつく。
味の方は…………可もなく不可もなく。
多分、二度とここを利用することはないだろう。
飲み物でサンドウィッチを流し込んで、俺は口を開く。
「俺たちは冒険者が本職じゃないんですよ?」
「えっ!?」
ナタリア含め『紅の暁』の面々が驚いて目を見開いた。
「確かに、それなりの戦闘経験は積みましたし、冒険者としての活動もしてました。でも、俺の本職は生産職です。これからも物を作って生きていくつもりです。ですので、お誘いはありがたいのですが、クランに所属することは出来ません」
「その年でそれだけ戦えて、生産職だって!?」
「ええ。頭オカシイ親に鍛えられたんですよ。強くなれってね。俺は物づくりがしたいだけなのに。ははは」
みんな驚きを隠せないようだ。
「じゃ、じゃあ。ウチのお抱えの生産職になるってのはどうだ? 給金は弾むぞ」
ナタリアは諦めずに、アプローチを変えて再度勧誘してきた。
だけど、俺の答えは決まっている。
「人に使われるつもりはないです。それに俺はニーシャと二人で店を出すんですよ」
「店だって?」
「ええ」
そこから、俺とニーシャの店について説明することになった。
俺が思った以上に、『紅の暁』の面々は興味を持ってくれたみたいで、色々と質問してきた。
「――ということで、勧誘は諦めてもらえますか?」
「まあ、そういうことならしょうがないな。良い職人と良い商人、二人にツテができただけで満足するとしようか」
ナタリアは豪快に笑い飛ばす。
「来月には開店しますので、ご贔屓にして下さいね」
「ああ、得意先になることを約束しよう」
ニーシャの営業にナタリアが快諾で答える。
「一週間もしたら、ここのギルドにもチラシが入荷されますよ」
「チラシ?」
「ええ。開店のチラシなんですけど、オマケ付きなので楽しみにしてて下さいね」
ニーシャが含み笑いをする。
「そうか、それは楽しみだな」
「数が限られているので、お早めに」
「なぬっ! それは死んでも手に入れないと。チラシ獲得班を編成しないとな」
ナタリアが子どものように目を輝かせる。
うん。良い人だ。俺は彼女のことが気に入った。
ナタリアのために良いものを作ってあげたいと、そう思った。