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50 冒険者登録3

 貴族のボンボンが乱入するという一波乱はあったものの、その後は特に問題も起こらなかった。

 30分ほど列に並び、ようやくニーシャの番がやってきた。

 受付嬢に呼ばれる。


「いらっしゃいませ。冒険者ギルドのパレト支部、登録受付係のリコットと申します。本日は新規登録でよろしいでしょうか?」


 半猫人ハーフキャットと思われる年若い受付嬢が立て板に水のようにすらすらと話しかけてきた。

 顔には営業用のスマイルを浮かべ、身体にはギルド職員の制服をまとっている。


「いえ、再発行の手続きをお願いします」

「お連れの方は?」

「俺は持ってるんで結構です」

「そうですか」

「では、女性の方の再発行ですね。以前ご使用のカード番号がお分かりでしたら、データの引き継ぎが可能となっておりますが、番号はお分かりでしょうか?」

「いいえ」


 おや?

 俺はニーシャのその言葉に疑問を感じた。

 「自分のカード番号は死んでも忘れるな」というのが冒険者の鉄則だ。

 冒険者カードには今までの自分の攻略履歴が記録されている。


 番号さえ覚えておけば、カードを失くしてもそのデータを引き継いで再発行してもらえるのだ。

 なにがあっても、忘れてはいけないもののはず。

 現に、俺だって自分の番号は覚えている。


 賢明なニーシャがそう簡単に番号を忘れるとは思えないのだが……。

 本当に忘れただけなのか、それとも…………。


 だが、そんな俺の思案はよそに、二人のやり取りは続いていく。


「それでしたら、新規の発行となります。以前のデータは全て無効になりますが、よろしいでしょうか?」

「はい。構いません」

「再発行に千ゴルかかりますけど、よろしいでしょうか?」

「はい。結構です」


 ニーシャが千ゴルを支払う。


「それでは、新規発行の手続きに移らせていただきます。こちらの用紙に名前と年齢をご記入下さい」


 用紙を受け取ったニーシャが必要事項を記入していく。

 カーチャンに「女性に年齢を尋ねたらダメ」と骨の髄まで(物理で)叩きこまれているので、俺はそっと視線をそらす。

 その間にニーシャはスラスラとした筆致で書き込んでいく。

 今まで何度かニーシャが書いた文字を見てきたけど、やはり、ニーシャは高度な教育を受けている。

 筆跡からもそれが伝わってくる。


「では、こちらの水晶に手を当てて下さい。どちらの手でも構いませんので、片手を当てて下さい」


 台座に乗った水晶を受付嬢が指し示す。

 受付嬢に言われたようにニーシャが水晶に手を当てると、水晶がぼんやりと光った。


「はい、手を離していただいて結構です」


 ほどなくして、一枚のカードを手渡される。

 手のひらに乗るサイズのカードだ。


「こちらがニーシャ様の冒険者カードになります。今度は失くさないで下さいね」


 ニーシャは受付嬢からカードを受け取った。


「この後は普通でしたら、カードやギルドの仕組みについての説明を行うのですが、ニーシャ様は再取得者ですので省略も可能です。いかがなさいますか?」

「ええ、大丈夫よ。使い方は分かっているわ」


 本来なら、ここで冒険者ランクやクエストの受け方などのレクチャーがあるのだろう。

 だが、ニーシャは一度カードは取得済みだし、そこら辺は知っているのだろう。

 もし、知らなかったら、後で俺が教えればいいだけだ。


「それと、登録者は初心者向けのダンジョン講習にも参加可能で、できる限りそちらの受講もおすすめしているのですが、どう致しましょうか?」


 ニーシャがこっちを見てきたので、俺は首を横に振る。

 俺たちの目的はニーシャのレベリングと深層での遺物アーティファクト探しだ。

 真っ当な冒険者を目指すわけではない。

 参加するだ時間のムダだろう。


「それも結構よ。ここにエキスパートがいるから」


 ニーシャが俺を指差して軽く笑みを浮かべる。

 受付嬢が一度こちらに視線を向けるが、表情を変えずに口を開く。


「でしたら、手続きは以上で完了となります。お疲れ様でした。ダンジョン攻略の無事をお祈りしております。決して無理をなさらないように」


 受付嬢が定型文を読み上げるように、淡々と口を動かす。

 これで手続きが終わったようだ。


 無事に登録を済ませた俺たちが次に向かったのは情報窓口だった。

 ニーシャが仕入れた話によると、ダンジョンのマップやら出現モンスターやらの情報はここで購入可能だそうだ。


 カーチャンの攻略ログに頼るようなインチキはしたくないけど、お金を出せば誰もが入手可能な情報であれば、それを利用することは吝かではない。

 なにせ、俺たちは時間が限られている。開店までの1ヶ月以内にニーシャのスキルを上げて、希少な遺物アーティファクトを入手する必要があるのだ。

 そのためには、ダンジョンの深層に潜らなければならない。


 情報があるのとないのでは、攻略速度は段違い。

 お金で時間が買えるなら、それに越したことはない。

 幸い、俺たちは王都で大儲けしたばかり。新居を購入したけれども、それでも4千万ゴルほどの資金がある。

 ここは躊躇せずに情報を購入するべきだろうと、俺とニーシャの意見は一致していた。


 そういうわけで、俺たちは情報窓口の列に並ぶ。

 やはり、こちらでも少し待たされることになった。

 しばらく待ってから、俺たちの番が回ってきたので、窓口に向かう。

 ここの交渉はニーシャに任せている。

 俺は隣で突っ立っているだけだ。


「お待たせいたしました。冒険者ギルドのパレト支部、情報窓口係のトネリと申します。今日はどのような情報がお入用でしょうか?」

「こちらでは、どのような情報を扱ってるの?」

「はい。各フロアのマップ、出現モンスターの種類、モンスターの特徴、出現する遺物アーティファクトの種類です。マップに関しましては道順のみの簡易版と罠や宝箱トレジャー・ボックスの位置も記載された詳細版がごさいます。また、ボス・モンスターに関しては詳細な攻略情報もあります」


 ニーシャの問いかけに受付嬢が淀みなく答える。

 ここの窓口の受付嬢のトネリさんは普人種ヒューマンの女性だった。

 登録受付嬢と同じく十代の若い女性。

 ギルド職員になるためには王都の学院でダンジョンについて学び、卒業しなければならない。

 彼女たちは優秀な若きエリートなのだ。


「ちなみに、全部買うとしたらいくらなの?」

「えっ…………かなり高額になりますが」


 一瞬、驚いたように目を丸くするトネリさん。

 だが、すぐに元の表情を取り戻す。


「ええ、構わないわ。簡易版のマップとか重複しているのは省いていいから、全部の情報をお願いね」

「承知いたしました。少々お待ちください」


 トネリさんは手元の書類をめくりながら、反対の手でなにか機器をいじっている。

 多分遺物アーティファクトなのだろうが、どのようなものかは俺には分からなかった。

 2,3分ほど待たされ、トネリさんが口を開いた。


「お待たせ致しました。現在公開されている情報全てですと、総額96万8000ゴルとなりますが……」

「はい」


 ニーシャが背負っている鞄から小さな布袋を取り出し、そこに手を入れて白金貨を一枚取り出す。

 この動作はカモフラージュで実際には【共有虚空庫シェアド・インベントリ】から白金貨を取り出している。

 【虚空庫インベントリ】を使えることはあまり大っぴらにしない方が望ましいそうなので、わざわざこういった方法をとっているのだ。

 取り出した白金貨をトネリさんに手渡す。


「…………お預かりいたします」


 いきなり無造作に白金貨を出され、冷静沈着な受付嬢もさすがに動揺したようだ。


「まずは、こちらがお釣りの3万2000ゴルです。情報の方はこれから用意いたしますので、少々お待ちください」


 トネリさんは一旦席を外し、印刷機らしき機械に向かう。

 彼女が機械を操作すると、機械から次々と紙が吐き出されてくる。

 しばらくして機械が止まり、トネリさんはまとめた紙束を持って、こちらに戻ってきた。


「それでは、こちらがお求めの情報をまとめた資料になっております。複製及び他者への譲渡・転売はギルド規則で禁止されております。発覚した場合には重いペナルティーが課されますので、ご注意下さい」

「どうも、ありがとう」

「今後とも、ギルドの利用をお待ちしております」


 深々と頭を下げるトネリさんに見送られながら、カウンターから離れた。

 受け取った紙束は3センチほどの厚さ――かなりの分量だった。

 結局、ギルドでの用事を済ませるのに、午前中いっぱいかかってしまった。

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