5 剥ぎ取りタイム
剥ぎ取り――武具や道具を作成するための素材を得るために、倒したモンスターの死体を解体する行為だ。
互いの生命を奪い合う戦闘という非生産的行為とはまったくの正反対。
新たな存在を作り出す生産行為の一環だ。
俺はモンスターとの戦闘自体は好きでも何でもないが、倒した後の剥ぎ取りの時間は採取と同じくらい大好きだ。
採取する薬草を傷つけるのが嫌なのと同様に、剥ぎ取り素材を傷つけるのも大嫌いだ。もったいない。
だから、俺はムダが出ない方法でファング・ウルフを倒そうと試み――上手くいった。
馬や牛といった普通の獣と違って、魔獣は体内に魔石を持っている。
それゆえに、その身体は魔力と親和性が高く、良質な素材となる。
一般的に、大きな魔石を持つ魔獣ほど、より良質な素材が取れるのだが、その分だけ戦闘力も高い。良い素材を手に入れるには、それだけ強い魔獣を倒さなければならないのだ。
ファング・ウルフはそこまで強い魔獣ではない。
だが、強さの割りには良い素材となる。
そう――肉が旨いらしいんだ。
焼いて良し。煮て良し。
生で喰うのが一番だっていうちょっとアタマがおかしい奴もいる……カーチャンのことだけど。
傷ついた薬草が劣化し始めるのと同じように、ファング・ウルフの肉も傷がつくと痛み始める。
傷口から血が流れるとともに、魔力も流れ出る。
素材の良さを保つには、必要以上に傷つけるべきではない。
だから、肉の劣化を防ぐために最良の方法は、俺がさっきやったように、首筋を一刀両断することだ。
その際に、魔力を多めに込めると尚良。
そうすれば、切断面を魔力でコーティングすることが出来、失血を最小限に抑えられる。
美味しいお肉を確保するために頭部は後回し。まずは胴体からだ。
まずは、倒した24匹のファング・ウルフの胴体を、首の断面が揃うように向きを合わせて山積みにする。
今はまだ魔力で断面が覆われているから、少々乱雑に扱っても血が垂れることはない。
積み上げたら、次は血抜きだ。コツは一気にやること。
死体の山から少し離れたところに立ち、指先に魔力を集める。
そのうちの一体を目標に定め、切断面のコーティングを解除すると同時に水魔法の【創造魔法水】を発動させる。
魔力が込められた水――マナ・ウォーターを首にある一番太い血管から勢い良く流し込んだ。
マナ・ウォーターを全身に循環させ、血液を全部流し出させる寸法だ。
流れ出る液体の色が透明になれば血抜きは完了だ。
同じ要領で、全ての個体の血抜きを終わらせる。
続いて、肉の切り分けだ。
【虚空庫】から再度、ミスリルナイフを取り出す。
草を刈って良し、首を切って良し、肉を切り分けるにも良し、の万能ミスリルナイフ様々だ。
ちょっと多めに魔力を込めれば、鉱石採掘にも使えるし、これ一本で大抵の事ならこなせる。本当に便利なシロモノだ。
血抜きの済んだファング・ウルフの毛皮を剥がし、硬い腱を断ち切り、筋に沿って肉を切り取り、適当なサイズに切り分ける。
コツが必要で、慣れるまでは中々難しい魔獣の解体だけど、魔獣の身体の構造を理解し、力の入れ方を覚えてしまえば、それほどでもない。
獣型魔獣の身体構造は、魔石があることを除けば、普通の獣と一緒だ。
ファング・ウルフを下ろすのは初めてだったけど、似たような魔獣は散々バラしてきた経験があるから、サクサクと進めていくことが出来た。
戦いの最中に敵を切るのは、ちっとも面白くない。
でも、倒した敵を肉片にバラしていくのは、なんでこんなに楽しんだろ。
骨から綺麗に肉を剥がせた時とか、均等なサイズに切り分けられた時とか、すげー快感だ。
そんな感じで、ノリノリ気分で解体を進めていき、仕上がったものを片っ端から【虚空庫】に放り込んでいく。
この時に、ちょっと時空魔法の【熟成】を用いて特殊な魔力を肉に通しておくのがポイントだ。ちょっと高度な料理スキルの応用で、裏ワザみたいなものだけど、こうしておくことによって、魔物肉の熟成が進み、より一層美味しくなるんだ。
そういえば、空の上で昼食をとって以来、何も食べてなかったな。
剥ぎ取りが終わったら、食事にするか。
折角なので、さっそくファング・ウルフの肉を食べてみたいところだけど……どうせなら、ちゃんと熟成させて美味しくなってから食べてみたい。
そう思って我慢することにし、ファング・ウルフの肉は全て【虚空庫】に収納した。
数日後には熟成され、ちょうど食べ頃の状態になるだろう。今から楽しみだ。
肉を全てバラし終わったら、次は内臓だ。
獣型魔獣の新鮮な内臓は、これまた美味だ。
好き嫌いが別れるものだが、俺は結構好きだ。
鮮度の良いものしか食べられないので、なかなか市場には出回らない。
そのせいで、高値で取引されているそうだ。
強い魔獣の場合は下処理も難しく、希少なものは金貨で取引されるほどらしい。
カーチャンの大好物のひとつなので、色々と食べさせられたし、下処理の仕方も覚えさせられたな。
ファング・ウルフの肝を食べるのは初めてだけど、さて、どんな味がするか楽しみだ。
取り出した内臓から食べられる部分だけを切り分け、マナ・ウォーターでもう一度入念に流し、手揉みしながら血や脂などを完全に洗い落とす。
綺麗になったモツはツヤツヤと輝いて、食指が動かされる。
肉と違ってモツは熟成させる必要がない。
むしろ、痛みの進行を遅らせるには、冷やした方が良い。
【創造氷】の魔法で生み出した薄い氷の膜で包み、さらに魔力で包み込んでから、モツを【インベントリ】に仕舞い込む。
モツの方は、この後に食べる用に一食分だけ残しておくことにした。
残された骨や毛皮は、ファング・ウルフの場合は大した素材にはならないけど、一応念の為に【虚空庫】に保管しておこう。
いつか役に立つ日が来るかもしれないしね。
胴体の処理が済んだら、後は頭部の処理だけだ。
ファング・ウルフの頭部から取れる素材は牙と魔石だ。
魔石は時間が経っても劣化しないので、先に牙から取りかかる。
とは言っても、肉やモツの場合と違って、牙の場合は面倒な手間はない。力任せに引っこ抜けば良いだけだ。
ナイフを楔のようにして歯茎に打ち込み、反対の手で掴んだ牙を引っこ抜く。
ファング・ウルフの牙は錬成魔法によって【硬質化】できるので、ナイフや槍の穂先などの武器素材になる他、研磨することによって白く輝くので、細工物にも重宝される。
成人男性の手首から指先までと同じくらいの長さがあるから、引っこ抜くには力が必要だが、無属性魔法の【身体強化】を使えばどうということはない。
抜き取った牙にこびりついた血肉を削ぎ落とし、マナ・ウォーターで洗い流せば、牙の剥ぎ取りは完了だ。
ちなみに、ボスの牙は他の個体よりも二周りほども大きいものだった。
これは色々と使い出があるな。
なにに使おうかと考えると、自然とニヤけてしまった。
最後に残されたのは魔石だ。
ファング・ウルフに限らず、全てのモンスターが魔石を持つ。
むしろ、「魔石を持ち、魔力を動力源として動く存在のことをモンスターと呼ぶ」と言う方が正確な表現だ。
モンスターは様々な形態をしている。
スケルトンやゾンビなどのアンデッド系、ゴーレムなどの無機物で出来ているもの、スライムなどの不定形なモンスターも存在する。
その中でも、実際に存在する獣と同じような姿形をしたモンスターのことを魔獣と呼ぶことが多い。
まさに、狼みたいな姿をしたファング・ウルフが適例なのだが、他にも頭を2つ持つ犬のようなヘルハウンドや、豚人間といった容姿のオークなども魔獣と呼ばれる。
魔獣と普通の獣の違いは只ひとつ、魔石を持っているかどうか、それだけだ。
俺はファング・ウルフの頭蓋骨を叩き割る。
普通の狼なら脳みそがあるはずのその場所に、紫に輝く拳大の魔石があった。
「結構大きいな」
魔石はモノづくりにおいて、様々な用途で役立つ。
大きくて透明度が高いものほど、良い魔石だ。
一般的に強いモンスターほど、大きな魔石を持っている。
ファング・ウルフは大して強くなかったので、もう少し小さいかと思っていたからラッキーだ。
魔石も全部取り終わって、剥ぎ取りはこれで終了だ。
ファング・ウルフたちの残骸を積み上げ、【ファイアボール】を放つと大きく炎が燃え上がった。
一時間以上かかった剥ぎ取りだったけど、俺にとっては、あっという間だった。
やっぱり、楽しい時間は過ぎるのが早いな。
「まあ、いいや。食事にしよう」