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49 冒険者登録2

「平民どもッ、我はハイエク伯爵の五男であるジョン・ハイエクだ。列を開けよッ」


 ジョンの大声での呼びかけに、俺だけでなく列に並んでいた皆が振り向いた。

 それだけではない。ギルド全体が水を打ったように静まり返る。


 ハイエク伯爵家といえば、ここパレトを領有するミュルダール伯爵家と隣接する領地を支配する貴族だ。

 そこの五男坊。まだ10歳になるかならないかの幼い子どもだけど、甘やかされた貴族のボンボンそのものな高圧的な態度だった。

 平民を人と思わず、選民思想に凝り固まった振る舞いだ。


 俺も以前カーチャンに連れられて、王族や貴族に引き合わされたことが何度となくあるので、王侯貴族たちの中には一定割合こういった輩が存在することを知っている。

 もちろん、高貴な者としての誇りを兼ね備えた人もちゃんと存在する。この国の国王だって立派な人格者だ。


 だけど、このジョンとかいうガキは違う。

 カーチャンが嫌いな「典型的な腐れ貴族」ってヤツだ。

 もし、カーチャンがここにいたら、とっくにぶっ飛ばされていること間違い無し。


 それに、冒険者という生き方においては、平民も貴族も関係ない。

 その序列を決めるのは強さだけだ。

 その自由な気風には、俺も共感している。


 周囲の冒険者たちは権力を振りかざし、横車を押すジョンに見下した視線を向けるが、わざわざトラブルに首を挟むほど酔狂な者はいないらしく、遠巻きに状況を見守っている。


 列に並んでいた少年少女は皆平民らしく、貴族の恫喝に完全に萎縮してしまっている。

 ニーシャは思うところがあるのか、キッと鋭い目付きでジョンを睨みつけている。


「なんだッ、その反抗的な目はッ。切り捨てるぞッ!」


 睨みつけるニーシャに気づいたのか、ジョンの矛先が彼女に向けられた。


「貴族だろうがなんだろうが、順番くらい守りなさいよっ!」

「なッ!」


 ニーシャは負けずに言い返す。

 その瞳に恐れは全くない。

 ニーシャの言葉にジョンが激高し、腰に佩いていた剣を引き抜く。


「そんなこともママに教わらなかったの?」

「キッ、キサマッ!!」


 しかし、ニーシャはそれに怯むこともなく、更なる挑発の言葉を重ねる。


「冒険者になるより、お家に帰ってママのおっぱい吸ってた方がお似合いよ」


 フッと馬鹿にしたように鼻で笑うニーシャ。

 怒りに顔を真っ赤に染めたジョンは、剣を構えたままツカツカとニーシャに歩み寄ってくる。

 ニーシャまでの距離は5歩、4歩、3歩――。


 ここら辺が限界だろう。

 ニーシャは俺自作の『護身のアミュレット』を装備している。ジョンの腕前では何千回と斬りつけたところで、アミュレットの障壁に傷ひとつ付けることはできない。

 だけど、「斬りつけた」という行為自体が後々、問題になるだろう。

 「貴族が平民を斬りつける」ということは、それなりの意味を持つ。

 特に、切りつけられた平民が無傷だった場合には。

 それは、貴族のメンツを潰したことを意味する。

 どう考えても面倒くさい事態になるのは明らかだ。


 だから、ここは俺が動く。

 【虚空庫インベントリ】から、なんの変哲もない小指の先ほどの大きさの小石を取り出す。

 そして、それを人差し指で弾き飛ばす――。


 怒りにまかせ、今にも斬りかからんとしていたジョンは、突如、「うっ」とうめき、力を失ったかのようにその場に崩れ落ちる。


 俺はそっと駆け寄り、ジョンの身体を支え、「大丈夫ですか?」と声を掛ける。

 もちろん、返事はない。ジョンは完全に意識を失っているから。

 俺が弾いた小石は的確にジョンのあごの先端を捉え、その衝撃でジョンは脳震盪を起こし、意識を失った。

 返事ができるわけがないのだ。


 ここに至って、ようやく異常事態に気づいたのか、お付きの護衛騎士が2人、顔を青くして駆け寄ってきた。


「急に顔色を悪くして、気絶してしまったみたいですね。興奮しすぎたのでしょう。早く、落ち着ける場所で安静にした方がいいですよ」

「ああ、スマンな」


 2人の騎士たちは俺が気絶させたことには気づいておらず、素直に俺の言葉を信じこんだ。

 俺はジョンの身体を騎士たちに渡す。

 騎士たちが2人で両脇からジョンを抱え、ギルドから立ち去ろうとする。


「手間をかけたな」


 そこで残りの騎士のひとりが声をかけてきた。

 駆け寄って来ないで、静観していたひとりだ。

 3人のリーダー格と思われる。

 立ち振舞から察するに、相当の手練れだろう。

 それこそ、ボンボンの護衛をやっているのが勿体ないくらいに。

 ハイエク伯爵はよっぽどの過保護なんだろう。


「ハイエク伯爵家麾下、白銀騎士団のフレデリカだ。名を訊いても?」


 甲冑姿で髪を短く刈っているせいもあり、今まで気づかなかったけど、意外なことにもその騎士は女性だった。


 フレデリカがじっと俺を見つめる。

 どうやら、彼女には俺がやったことはバレているみたいだ。

 だけど、それを咎める気はないようだ。


「俺はアルです」


 俺も彼女を見返す。

 疚しい気持ちはまったくないから、まっすぐの視線で。


「アルか。そうか。覚えておこう。若様にはイイ薬になった。感謝する」


 そう言い残して、フレデリカもきびすを返し、この場を去って行った。


 やがて、静まり返っていたギルド内が元の喧騒を取り戻す。

 列に並んでいた少年少女も、無事に済んだことにホッと安堵している。


「あんたがなにかやったんでしょ?」


 ニーシャがそっと耳打ちしてくる。


「さあ? 急に体調が悪くなったんじゃない?」


 俺がすっとぼけると、ニーシャはそれ以上ツッコんではこなかった。

 念の為に護衛について来て正解だったな。


「ありがとね。アルが助けてくれたんでしょ?」

「なんのことだ」


 俺はとぼけ続ける。


「アルが隣にいたから、つい、無茶なことしちゃった」


 ペロッと舌を出し、悪びれた様子もないニーシャ。


「ああいう貴族は許せないから……」

「…………。一人のときは無茶するなよ」

「うん」


 ニーシャは嫌いな貴族に意趣返しが出来たからか、満足気な顔つきで頷いた。

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