48 冒険者登録
翌日。パレトに着いて4日目。
今日は一日、ニーシャと一緒に行動する日だ。
目的はニーシャのギルド登録と市場調査。
ダンジョンに潜るのは明日から。
そのための準備を今日一日で済ませてしまう予定だ。
「じゃあ、そろそろ出発しましょうか」
「ああ」
遅めの朝食を済ませた俺とニーシャは歩いてすぐの冒険者ギルドへとやってきた。
朝一番の混み合うピークの時間帯は外して来たのに、それでも大勢の冒険者たちが出入りしている。
ギルドの巨大な石造りの5階建ての建物を見上げる。
ニーシャの話によると、この街の富の7割以上がこのギルドで生み出されているそうだ。
まさに、ダンジョンによって成り立つ迷宮都市だ。
冒険者たちが命を賭してダンジョンに潜り、モンスターを退治して得られるモンスター素材や、ダンジョンから産出される遺物を持ち帰る。
それらが市場に出回り、富を生み出す。
ダンジョンと冒険者が存在してこその迷宮都市なのだ。
ダンジョンに潜るためには、ギルドで冒険者登録をする必要がある。
ギルドで冒険者登録をすると、冒険者カードを発行してもらえる。
このカードがダンジョンへの入場証になるのだ。
どこのダンジョンでも共通のカードで、一度どこかの冒険者ギルドで発行しておけば、どのダンジョンでも潜ることが可能になる。
俺は小っちゃな頃からカーチャンに連れられて幾つものダンジョンに潜ってきたから、もちろん、登録済みだ。
だけど、ニーシャは冒険者カードを持っていないので、今回こうやって登録しに来たわけだ。
昔は成人していないと取得できないという制限があったらしいのだが、その規制はだいぶ前に撤廃されたそうだ。
なんでも、自分の子どもを早いうちから育てたいという貴族や大商人の声によって、年齢制限は廃止されたのだと。
ダンジョンでモンスターを倒して経験を積めばスキルが成長するのだが、それは戦闘スキルだけではなく、【社交】や【算術】といった非戦闘スキルも成長するのだ。
そこで富裕層は護衛を雇い、その護衛とともに子どもをダンジョンに潜らせ、弱らせたモンスターに止めを刺させて育てる――いわゆる、パワーレベリングを行い、子どもの英才教育をするのだ。
俺もカーチャンに幼少の頃から、この英才教育を施された。
もっとも、護衛付きの生ぬるいパワーレベリングではなく、格上モンスターの前に「ほら、頑張って」と突き出される過酷で逃げ出したいほど、実際何度も死にかけた命懸けの修行だったけど……。
「ニーシャは初めてなんだよな?」
「実は、子どもの頃に一度カードは作ったのよ」
「あら、そうなんだ」
「でも、以前紛失してしまって」
気恥ずかしそうにニーシャが告げる。
やはり、ニーシャは良いところのお嬢さんなのかも。
本人が隠しているようなので、深くは詮索しないが。
「じゃあ、ダンジョンに入ったことも?」
「ええ、子供の頃に少しだけね」
ニーシャも英才教育組なのだろうか。
【鑑定眼】なんてレアスキルを持っていたら、子どものうちから育てようというのは、親として当然なのかもしれない。
俺が判断する限り、ニーシャの【鑑定眼】はそこそこ高いレベルだ。
ダンジョンでそれなりのレベリングを積んでいるのかもしれない。
「でも、戦力としては期待しないでね。私は戦闘はからっきしだから」
「ああ、大丈夫。ニーシャは俺が絶対に守るから。かすり傷ひとつ付けさせないよ」
「……ありがと」
そんな会話を交わしながら、冒険者ギルドの入り口をくぐる。
建物の扉は常に開かれていて、誰でも入れるようになっている。
物々しい装備を身にまとった冒険者たちが大多数の中、普通の町民といったいで立ちの俺とニーシャは少し浮いた格好かもしれない。
ニーシャが仕入れた情報によると、冒険者ギルドは地下1階の訓練場を含めて全6層。
3階以上はギルド職員以外は立ち入り禁止のフロア。
2階は資料室になっており、利用料を支払えば、モンスターや採取物に関しての資料を閲覧できるそうだ。
そして、冒険者でごった返すここ1階が冒険者ギルドのメインの場所だ。
1階の半分は酒場のようなテーブルと椅子がおかれ、食事を取ったり、酒を飲んだりできるようになっている。通称「ギルド酒場」と呼ばれる施設だ。
冒険者たちが待ち合わせに使ったり、相談したり、仕事後の打ち上げをしたり、といった場所だ。
朝のピークを過ぎたばかりの時間帯とあって、席は半分以上空いているし、酔っ払って騒いでいる輩もいない。
ただ、これから冒険に向かうだろう緊張感みたいなピリピリとした空気が伝わってくる。
ギルド酒場と残りのスペースを区切るように大きな掲示板があり、そこに様々な依頼が貼りだされている。
冒険者たちはそこから自分たちの力量にに見合った依頼を選ぶのだ。
そして、残りの半分のスペースは受付窓口だ。
一列に並んだカウンターの向こうには受付のギルド職員が座り、冒険者たちの応対をしている。
「さあ、いこっか」
「ええ」
ここパレトのは初めてだけど、他の街の冒険者ギルドには何度も訪れたことがある。
街は変わっても、冒険者ギルドの雰囲気はどこも似たようなものだ。
俺は少し懐かしく感じた。
俺とニーシャは二人、登録受付カウンターに向かった。
そこには既に4人並んでいた。
憧れの冒険者になれると興奮気味の剣を背負った少年。
街の人間らしい、二人組の少年少女。
田舎の農村から出てきたらしい、素朴そうでガチガチに緊張している少年。
皆、俺達と同じくらいの年頃の少年少女だった。
俺とニーシャはその後ろに並び、順番を待つことにした。
俺がニーシャに付いて来たのは護衛のためだ。
ニーシャには護身のアミュレットを渡してあるから、大抵のトラブルは回避できるだろう。
しかし、荒くれ者の多い冒険者たちが集まる場所だ。大事なニーシャに万が一があっては困る。
急ぎの用事もないし、念の為に俺がついてきたのだ。
俺が付いていてれば、いきなりドラゴンが襲ってきてもニーシャにかすり傷ひとつ付けさせない自信がある。
俺とニーシャが列に並んでいると、入口の方からガチャガチャと鎧の音を響かせながら少年が近寄ってきた。
「おいッ!」
真新しく傷ひとつない高価な装備で全身を固めた少年。
後ろには3人の護衛の騎士を引き連れている。
「平民どもッ、我はハイエク伯爵の五男であるジョン・ハイエクだ。列を開けよッ」
どうやら、厄介事に巻き込まれたようだ。




