47 セレス教会パレト本部2
「この神像は教会にお納めします。どうぞ、布教に役立てて下さい」
「それはできません」
アンナさんが断りの言葉を口にする。
意外な返事に俺は驚いた。
「なぜですか?」
「セレス様の神託に書かれているのです。『この者が教会に物品を持ち込んだ際には、正当な対価を支払うこと』と。ですので、この神像はきちんと買い取らせていただきます」
「…………わかりました」
タダでいいですよ、と反論しようかと思ったけど、彼女にとってセレスさんの言葉はなによりも優先されるのだろう。
セレスさんの手紙に書かれている以上は、俺がいくら言ってもムダだろうと、俺が折れることにした。
「では、お金の方を用意させますね」
アンナさんは控えていたシスターに耳打ちする。
それを聞いたシスターは驚いた表情をするが、すぐに切り替え、部屋を後にした。
「他にもご用件はおありですか?」
「ええ、そうですね……」
俺は【虚空庫】から一枚の紙切れを取り出し、アンナさんに手渡す。
「これは?」
「ウチの店のチラシです。そのチラシに加護を付与したのですが……」
「面白いアイディアですね」
「このチラシを宣伝に配るのって、教会としては問題ないですか? 金儲けに神様を利用してけしからんとか」
「いえ、そのような心配はご無用ですよ。使っていただいてまったく問題ありません」
アンナさんは簡単に許可を出してくれた。
「神の名を騙って悪事を働くのなら問題ですが、信徒アルがそのような不届きな行為をなすとは思えません。真っ当な商売を行うのですよね?」
「ええ、それはもちろん」
「チラシを配るということは、それだけセレス様のことが世間に広まることでもあります。それは教会としても望むところです」
「そうですね。許可いただき、ありがとうございました。怒られたらどうしようって心配していたので、一安心です」
「ふふふっ、そんなことは絶対にありえませんよ」
愉快そうに笑うアンナさん。
誰もを惹きつける魅力的な笑みだった。
「なにせ、セレス様からの神託には『この者に対して、教会は最大限の便宜を図ること』と書かれておりますので」
「そうなんですか……」
セレスさんの過保護っぷりが発揮されていた。
俺としてはありがたいけど、なんか子ども扱いされているみたいだ。
まあ、神様から見たら、我々人間なんてみんな子どもみたいなもんだしな。
「他にもご用件は? できる限りのことはお応えいたしますよ」
「いえ、今日お伺いしたのはこの2件です」
「そうですか。お金の準備ができるまで、もう少しかかりそうです。それまでお話させていただいてもよろしいですか?」
「ええ、こちらとしても望むところです」
さっそく、俺は疑問に思っていたことを尋ねてみる。
「そういえば、俺が納めた神像ってどう使われるんですか?」
「そうですね…………」
アンナさんは少し考え込んでから、口を開く。
「1体はこの教会に置かれ、もう1体は総本山に送られることになると思います」
「総本山って隣国のマルサス聖国にあるんですよね?」
マルサス聖国は俺も何度か訪れたことがある。
セレス教だけでなく、いくつかの宗派の総本山があり、ここカルーサ王国より宗教が盛んな国だ。
「総本山でどのような扱い方をされるかは私には分かりかねますが、ここでは一般に公開し、参拝者が観覧できるようにしたいと思っています。これだけ立派な神像ですから、一人でも多くの人に見ていただくべきだと思います。総本山の方も似たような扱いになるのではないでしょうか」
大勢の人に俺が作った神像を見てもらえるのか。
嬉しいような恥ずかしいような。
いずれにしろ、俺の像で少しでもセレスさんの信者が増えることの助けになるなら、セレスさんへの恩返しになる。
そう思えば、俺としても望ましいことだ。
「わかりました。説明していただいてありがとうございます。俺としても、みんなに見てもらえるのは嬉しいです」
「そうですか。そう言ってもらえると、こちらとしても助かります」
なにせ、セレスさんが俺に対して『最大限の便宜を図ること』って、言ってるくらいだ。
もし、俺が首を横に振れば、今の話はなかったことになるのだろう。
まあ、そんなことはしないけど。
「あの、こちらからもお願いしてよろしいでしょうか?」
「はい。なんでしょうか?」
「もし都合がよろしいのであれば、これからも神像を教会に納めていただけないでしょうか? もちろん、正当な対価はお支払いしますので」
「……………………」
これからもか…………。
軽い気持ちで作った神像だけど、実は作るのが結構大変なのだ。
ガラスを加工して神像を作るのにもそれなりに時間がかかるし、なにより大変なのが加護を付与する過程だ。
チラシのような低級の加護なら大したことないのだが、今回の神像みたいに中級の加護を付与するためには、膨大な魔力が必要だった。
昨日は2つの加護を付与するだけで、魔力がほとんど空っ欠になってしまったのだ。
なので、神像作成に力を注ぐと、その分他の物が作れなくなるのだ。
「ご無理にとは申しません」
俺が考え込んでいたら、アンナさんが遠慮気味にそう言った。
神像作りは確かに負担だ。
でも、俺が神像を作ることによって教会の為になり、ひいてはセレスさんの為になるとあらば、是非とも協力したいという気持ちだ。
さすがに今回作ったほどのクオリティーのものを毎日作るというわけにはいかないけど、俺にできる範囲内でやっていこう。
「いえ、分かりました。量産というわけにはいきませんが、神像を作った際には教会に納めさせていただきます」
「そうですか。ありがとうございます」
アンナさんはホッとしたように、安堵の笑みを浮かべる。
やっぱり、素敵な笑顔だ。
この笑顔が報酬だと考えれば、より一層やる気が出てくるな。
会話が一段落したところで、先ほど退出したシスターが戻ってきた。
シスターは小袋をアンナさんに手渡す。
受け取ったアンナさんは小袋から中身を取り出しテーブルに乗せる。
「こちらが神像の代金になります」
白金貨が10枚。千万ゴルだ。
「こんなに?」
「ええ。これが正当な対価です」
多すぎて受け取るのを躊躇うほどの額だったけど、遠慮するのも失礼だろう。
「わかりました。受け取らせていただきます」
白金貨を小袋に戻し、【虚空庫】にしまい込む。
「今後とも、お付き合いのほど、よろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
アンナさんが頭を下げ、俺も合わせて頭を下げる。
こうしてアンナさんとの会談は終了し、俺は教会本部を後にした。




