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46 セレス教会パレト本部

 ニーシャと別れ、俺は教会を目指す。

 そもそも、この世界には12の神様が存在する。

 それぞれの神様を信奉する12の宗派があり、それぞれが各教区ごとに教会を構えているのだ。

 パレトくらいの大都市になると、教会は大小さまざま、都市のあちこちに存在している。


 俺の目的地は、セレスさんを奉ったセレス教会。その中でもパレトで頂点に位置するセレス教会パレト本部だ。


 ちなみに、教会本部はご近所さんだった。

 ウチが一等地に居を構えているので、当たり前っちゃあ当たり前の話だ。

 5分も歩かないうちに教会に辿り着いた。


 荘厳な建物だ。

 大きさではギルドや領主邸に負けるが、精緻な装飾がなされた白亜の建物は、立派さでは引けをとらないものだった。

 俺は手近なシスターに声をかけ、セレスさんからの手紙を見せる。


「こっ、これは…………」


 シスターは腰を抜かさんばかりの驚きっぷりだった。


「どうかしました?」

「いっ、いえ、少々失礼いたします」


 シスターは近くにいた他のシスターになにかを告げると、慌てて俺の下へ戻ってきた。


「先程は取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」

「いえいえ、大丈夫ですよ。お気になさらずに」


 そりゃあ、自分が信仰している神様からの手紙なんて見たら、気が動転するのも当然だろう。


「司祭長には連絡を入れましたので、すぐにお会いできるかと思います。応接室にご案内いたしますので、そこでお待ちください」


 そう言われ、応接室まで案内される。

 ソファーに座って待っていると、数分のうちに一人の女性がやって来た。


「お待たせしました。セレス教会パレト本部司祭長を務めておりますアンナ・カレットと申します」


 部屋に入ってきたのは清楚で美しい顔立ち、長い黒髪を上品に結い上げ、純白の法衣を身にまとった若い女性だった。

 俺が思っていたよりもずっと若い。

 司祭長といえば、ここで一番偉い人だ。

 もっと年配の方を想像していたのだが、目の前の美しい女性は二十代、いや、十代と言っても通じる若々しさだ。

 長命の亜人種の血が入っているのかもしれない。


「ノヴァエラ商会のアルです。パレトには最近越してきたばかりですが、これからはこの街で商売をやっていきます」


 正式にはまだノヴァエラ商会は設立されていない。

 今頃ニーシャが商人ギルドで手続きをしているはずだ。

 だけど、こう名乗っても問題ないだろう。


 簡単な自己紹介を済ませ、セレスさんからの手紙をアンナさんに手渡す。

 シスターから既に連絡を受けているのだろう。

 アンナさんは封筒を手にしても、驚いた様子はない。

 大事なものを扱うように、アンナさんは丁寧な手つきでペーパーナイフで開封する。


 中に入っていた手紙に目を通し、アンナさんの目が大きく見開かれる。

 手紙を読み終えたアンナさんは、「ふう」と大きく息を吐いてから尋ねてきた。


「セレス様とお会いになられたのですね?」

「ええ、まあ……」


 俺は言葉を濁す。

 一瞬、「目が覚めたら枕元にその手紙があったんです」と誤魔化そうかとも思ったけど、セレスさんの教会関係者に嘘をつくのは良くないだろうと思ってやめておいた。

 かといって、「生まれてからずっと一緒に暮らしていました」なんて本当のことを言えるわけもない。


 セレスさんは勇者時代のカーチャンと行動をともにしていた。

 そして、カーチャンが雲隠れするのと同時に、セレスさんも人前から姿を消し、それ以来、姿を表していない。


 ここで正直に言ったら、俺がカーチャンの息子だってすぐにバレてしまうだろう。

 まあ、セレスさんからの手紙を持ってきた時点でバレているのかもしれないけど……。


「詮索するのは失礼でしたね」


 そう言って、アンナさんはクスリと笑う。

 真面目でお堅い人なのかと思っていたけど、意外と親しみやすい人なのかもしれない。


「セレス様からの神託は拝読させて頂きました。なにか当教会にご用件がおありかと」

「ええ、そうですね」


 俺は【虚空庫インベントリ】から2体の神像を取り出し、テーブルに乗せる。


 神様たちは時折、人前に顔を出す。

 セレスさんのようにこの世界に長期滞在しているのは例外だけど、神様たちは気まぐれで人の前に現れたりする。

 夢の中に現れてお告げを下したり、スキルを与えたりというのが一番多いパターンだけど、実際に姿を現すことを好む神様もいる。


 セレスさんはそれまではあまり人前に姿をあらわすことがないタイプの神様だったけど、カーチャンを勇者に任じて以来、ほぼずっとカーチャンと行動を共にしている。

 だから、セレスさんの姿は広く知れ渡っており、俺が作った神像を見れば、よほどの不信心者でもないかぎり、すぐにセレスさんの像だと気づくのだ。

 ましてや高位の聖職者であるアンナさんにとっては一目瞭然だろう。


「こっ、これは…………」


 アンナさんが息を呑む。

 実は昨日のうちに、神像には【女神セレスの加護(中)】を付与しておいた。

 チラシのときとは反対に、全力で付与したら『極弱』ではなくて『中』の効果が付与できた。

 ニーシャが言うには、加護が付与されたことによって神像の価値は何十倍にも高まったらしい。

 具体的な値段はあえて聞かなかったけど、ニーシャの驚きぶりからすると、またとんでもない値打ちなのかもしれない。


 アンナさんはじっと神像に見入っている。

 そして、そっと目を閉じ、両手を胸の前で組んで、神像に祈りを捧げる。

 閉じられたその目から一筋の涙がこぼれ、頬を伝う。

 彼女の敬虔で神聖な姿に俺は心を打たれた。


 彼女が祈りを捧げる中、部屋は神聖な静寂に包まれていた――。


 やがて、アンナさんは目を開け、ゆっくりと話し始めた。


「ここまで精巧な神像はなかなかありませんね。それに中級の加護まで付与されていますね。信徒アルの敬虔な信仰とセレス様への深い思い、そして、真っ直ぐな人柄が伝わってきます。素晴らしい作品ですね」


 アンナさんが素敵な笑顔を向けてくる。

 ここまでストレートに褒められると少し気恥ずかしい。

 彼女は褒めてくれたけど、良い像を作れたのは俺の成果ばかりではない。

 確かに俺のセレスさんへの愛情は他の人より強いだろう。

 なにせ、生まれてからずっとお世話になってきたのだ。

 セレスさんが俺に絶え間ない愛情を注いでくれたからこそだ。

 俺はその感謝の気持ちを形にしただけだ。


 それよりも、実際に会ったことのないセレスさんに祈りを捧げ、信仰の道に生きるアンナさんたち聖職者の人たちの方がよっぽど崇高な生き方だと俺は思う。


 祈りは力だ。ひとりひとりの力では弱いかもしれないけど、その力を重ね、世界をより良いものへと導いていく。


 それはとても素晴らしいことだと思う。

 だから、俺はその一助となれば、そう思ってこの神像を教会に奉納することに決めたんだ。


「この神像は教会にお納めします。どうぞ、布教に役立てて下さい」

「それはできません」

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