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45 チラシ

 俺とニーシャは【転移トランスポーズ】でパレトの家に戻ってきた。


「すごいおウチだったわね……」


 帰ってきて早々、ニーシャが呆れたような感想をもらす。


「まあな。アレで常識的に育てってのは無理だろ?」

「ええ」


 俺が冗談めかして言うと、ニーシャもつられて笑う。


「でも、ニーシャには知っておいて欲しかったんだ」

「アル……」

「これからもよろしく頼む」

「ええ、こちらこそよろしくね」


 俺とニーシャは握手を交わした。


「とても貴重な体験をさせてくれてありがとうね。お母様もセレス様もとても素敵な方だったわ」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

「私もあんなにすんなりと受け入れてもらえるとは思ってなかったわ」

「ずいぶんと緊張してたもんな」

「当たり前でしょっ! 元勇者様ってだけでも緊張するのに、さらにはセレス様までいるだなんて、思ってもいなかったわよ」

「ごめん、俺にとっては姉みたいな存在で、家族の一員だったから……」

「女神様を家族扱いって……」

「そうだよな。それが普通の反応なんだよな……」

「そうよ、ほんと、心臓が止まるかと思ったわ」

「ああ、それなら大丈夫だ。セレスさんなら止まった心臓も動かすことできるから」


 そのおかげで修行中に何度命を救われたことか……。


「ばかっ、そういう意味じゃないわよっ!」

「ああ、すまんすまん」


 こんな他愛のないやり取りが無性に楽しい。

 ニーシャと出会えて本当に良かったなと、しみじみ思う。


 さて、実家への顔見せも無事済んだ。

 これからは開店に向けて、準備をしていかなければならない。

 開店まで1ヶ月。やることは山積みだ。

 万端の準備で臨みたい。

 少しも時間をムダにしている暇はないな。


 まずはチラシからだ。


「この前話していたチラシに関して、さっきアイディアを思いついたんだ。チラシの隅にセレスさんの加護を付与したらいいんじゃないかな?」

「あっ、それ、私も思ったんだよね。でも、紙に付与できるの? ってアルなら、簡単にできちゃいそうよね」

「ああ、大丈夫だ。普通の紙だと魔力をほとんど通さないから無理だけど、魔紙なら平気だ。さっきやってみた手応えからして、それほど高級なヤツじゃなくても問題ないと思う」


 セレスさんが言っていたように、魔力が通る素材であれば加護の付与は可能だ。

 実家のナプキンでそれが可能だった理由は、それがただの布製ではなく、魔糸で編まれたものだからだ。


 魔紙とは、通常の紙とは異なり、魔力の通りを良くする素材で作られた紙だ。

 高級なものは魔術書を作るさいに使用されたり、複数回使用可能な耐久性のある魔法陣を描いたりするのに使われる。

 低級なものでも使い切りの魔法陣に使える。

 魔法陣を用いることによって、詠唱の代わりとなるので、瞬時に魔法を発動できるメリットがあり、魔法を使う者にとって魔紙はなくてはならないものだ。

 俺のバイブルである『錬金大全』も最高級の魔紙が用いられている。


 今回のチラシに関しては、最低級の魔紙で十分だろう。

 強い効果の加護を付与するのであれば、ある程度高級な魔紙じゃないとダメだ。

 しかし、今回は不特定多数にタダで配布するチラシに付与するわけで、強い加護を付与するのは逆に問題になるだろう。


 俺は【虚空庫インベントリ】から一枚の魔紙を取り出す。俺が持っているやつで一番品質が悪いやつだ。


 先ほど実家でやったように、セレスさんとの繋がりを意識する。


「【付与エンチャント】女神セレスの加護」


 効果が強くならないように、最小限の魔力を込めて魔法を発動させる。

 初回ほどではないけれども、今回もセレスさんとの一体感を感じ、幸せな気持ちが満ち溢れてくる。


 込めた魔力は極少量だったけど、それでも十分だったようで、魔紙の隅に小さな付与の模様が現れた。


「どうかな? 鑑定してみて」

「成功よ。【女神セレスの加護(極弱)】が付与されているわ」

「上手く弱い効果を付与することができた。これでどうかな?」

「バッチシよっ! これなら受け取ったチラシをポイ捨てする人もいないはずよ。なにせ女神様の加護つきですものね。捨てたらバチがあたるわ」

「冒険者にとっては実利もあるしね」


 加護にはほんの少しだけど、保持しているとステータスがアップする効果もある。

 気休めかもしれないけど、この僅かな差が生死を分けるかもしれない。

 日々、命懸けの活動をしている冒険者にとっては、たった一枚の紙切れとはいえ、決して手放すことができない物になるだろう。

 お守りみたいなものだ。多くの冒険者たちがウチのチラシを胸元に忍ばせて冒険に向かうであろうことが想像できた。


「ちなみに、どれくらいの枚数を作ればいいんだ?」

「この街にいる冒険者がだいたい千人くらいだから、それと同数の千枚くらいは欲しいんだけど、大丈夫? 作れる?」

「ああ、それくらいなら平気だ。1日もあれば十分だ」


 さすがに加護は魔法を使って大量生産ってわけにはいかない。

 一枚一枚、セレスさんへの思いを込めて、付与していかなければならない。

 その分時間はかかるけど、1分で4,5枚は作れるだろうから、1日もあれば十分だ。


「それじゃあ、ファンドーラ商会に印刷頼んじゃうわね。多分一週間もあれば仕上がるだろうから、それが完成したら、付与の方はお願いね」

「ああ、任せろ」


 よし、これでチラシの件は無事に片付いた。

 次はと――そういえば、別れ際にセレスさんから一通の手紙を受け取ったんだった。

 ここパレトにある教会の司祭長――パレトの教会で一番偉い人だ――宛の手紙だ。


「ニーシャは午後の予定は?」

「ファンドーラ商会にチラシの発注やらなんやらをお願いして、商人ギルドに商会設立の手続きに行ってくるわ。その後も何箇所か寄ってくるけど、夕食には間に合うと思うわ」

「そっか。俺は教会に行ってくる。手紙と彫像を渡して来るよ」

「あっ、だったら、チラシのことも伝えておいてもらえないかしら?」

「チラシ?」

「ええ、セレス様の加護が付与されたチラシを配るわけだから、一応教会にも話を通しておいた方がいいかと思って」

「なるほど。分かった。それも伝えておく」

「お願いね。変なこと言って教会の怒りに触れないようにね」

「大丈夫だ。任せろ」

「ホントかなあ。少し不安。私もついて行こうか?」

「大丈夫だって。それより、夕食はどうする? 俺の方が早く帰ってくるだろうから、俺が作ろうか?」

「私は外食でもいいわよ。アルが物づくりしたいんだったら、わざわざ料理作ってもらうのも申し訳ないし」

「そうか。じゃあ、余裕があったら俺が作っておくってことで」

「そうね。そうしましょ」


 ということで、午後は別行動をすることになった――。

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