44 実家4
「アルくん、スゴいじゃないっ!」
家を出てからのことを語り終えると、カーチャンに褒められた。
実家で暮らしていた頃は、修行の合間に「アルくんスゴい」「アルくんエラい」と毎日のように褒められていた。
それがあったから、苦しい修行の日々もなんとか乗り越えることが出来た。
まあ、修行がツラすぎて、何度か逃げ出したけど。
だから、こうやって半月ぶりにカーチャンに褒められるとくすぐったいような嬉しさを感じてしまう。
カーチャンは俺の隣に来て、俺の頭を撫でてくる。
たった半月ぶりなのに、ずいぶんと久しぶりに感じる。
嬉しいのは嬉しいのだけど、隣でニーシャに見られているので少し気恥ずかしい。
「ニーシャちゃんもスゴいじゃない」
ひとしきり俺のことを褒めると、カーチャンの矛先はニーシャに向かった。
椅子に座ったままのニーシャを後ろから抱きしめる。
「ひっ」
ニーシャが声にならない小さな悲鳴を上げた。
カーチャンは俺や同性に対してはスキンシップが過剰だ。
慣れていないニーシャは戸惑っている。
「カーチャン、ニーシャが嫌がってるだろ。離れろよ」
「え〜、嫌じゃないよね〜?」
ニーシャはどう応えていいのか分からず、混乱気味に首を振るばかり。
「リリア、それくらいにしておきなさい」
「はーい」
セレスさんの鶴の一声で、カーチャンは名残惜しそうにニーシャから離れた。
土産も渡したし、近況報告もできた。
これで一応、帰省の目的は果たしたわけだ。
後は雑談して帰ろうかな。
「カーチャンはパレトのダンジョンって潜ったことある?」
「パレト? どこだっけ?」
「王都エルディアの北側。馬車で3日くらいの場所」
「うーん、覚えてない」
「カルーサ王国で一番大きいダンジョンだよ」
俺たちが滞在していた王都エルディアも、店を構えるパレトもカルーサ王国の領内だ。
「あー、だったら行ったことあるかも」
「なんか覚えていることない? どんな敵がいたとか、どんな特徴があるダンジョンだったとか」
「ううん。全然覚えてない」
「そっか……」
パレトのダンジョンに潜る予定だから、なんか情報でも得られればと思ったんだけど……。
カーチャンのことだし、あんま期待していなかったけど、やっぱり覚えてなかった。
「でも、覚えていないってことは強いモンスターがいないってことだと思うよ」
「カーチャン基準で強いモンスターなんて、世界中見渡してもほとんどいねーよ」
なにせ、魔王を楽勝で倒したカーチャンだ。
ドラゴンなんかも完全に格下だし、カーチャンが強いと思うモンスターがいたら、そんなダンジョンとっくに入場規制がかかっている。
「リリアはパレトのダンジョンに潜ったことありますよ」
「本当?」
助け舟を出してくれたのはセレスさんだった。
「ええ。フェイダが残した攻略ログが書斎にありますよ」
無音殺戮機械フェイダ。
カーチャンが勇者をしていたときのパーティーメンバーの一人で職業は暗殺者。
俺を鍛えてくれた師匠たちのうちのひとり。
世界でも有数の暗殺者だ。
フェイダさんは俺に隠密行動やダンジョンの探索方法を教えてくれた。
彼女さんの修行は厳しかった。
カーチャンの修行も厳しかったけど、カーチャンのは厳しい中にも愛情を感じることができた。
しかし、フェイダさんの修行は過酷なだけだった。
「これくらいできないの? ふーん、じゃあ、死ねば」と無表情、無感情で極限状態を突きつけてくるスパルタぶりだった。
彼女の場合、それが脅しでもなんでもなく、ほんのちょっとでも油断すると本当に死んでしまう修行ばかりだった。
彼女との修行中は24時間、一瞬たりとも気が抜けなかった。
最大限の警戒を怠っていないはずなのに、気がつくと耳元で「はい、死んだ」と彼女の無感情な囁き声が聞こえて、その度に心臓が止まるほど驚かされる。
寝不足で意識が朦朧としてようが、彼女のスパルタは容赦なし、強制的に徹底的に鍛え上げられた。
強くならないとホント死んじゃうからね。
そんなこんなで一ヶ月の修行期間を終えたとき、フェイダさんは驚いた様子でこう言った。
「まさか、生き残るとは思ってなかった。アルベルトは凄い」
どうやら、フェイダさんは本気で俺を殺す気で修行していたらしい。勘弁して欲しい。
修行が終わってからしばらくの間は、「はい、死んだ」と耳元で幻聴が聞こえるほどのトラウマだった。
今でも、フェイダさんのことを思い出すと身体が震える。
俺は大きく深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
よし、気持ちも落ち着いた。
「勇者様の攻略ログですか?」
ニーシャが興味津々で食いついてきた。
「ええ、リリアが勇者として活動していた時期の行動記録はすべてフェイダが書き留めてあるの」
「――――」
それは凄い。
勇者マニアが知ったら、天井知らずの値がつくだろう。
ニーシャの商売人としての血が騒ぐのも当然だ。
「アルベルトたちだったら、見せてもいいわよね?」
「うん、もちろん、オッケーだよ」
かーちゃんの閲覧許可もおりた。
さて、どうしようか。
「ニーシャ、ごめん」
「えっ?」
「ニーシャが見たいっていう気持ちはよく分かっているつもりだ。でも、今回は我慢して欲しい」
本当は俺だって見てみたい。
カーチャンの活躍は、話では断片的に聞いている。
その活動全部を網羅している記録があるというなら、俺だって知りたい。
カーチャンが勇者としてなにをして、なにを考えたのか。
かーちゃんの行動記録を読み、追体験してみたい。
「俺とニーシャの冒険は俺たちだけの力でやっていきたいんだ。ネタバレなダンジョン攻略じゃなくて、手探りでやっていきたいんだ。その方がワクワクするだろ」
「うん、分かったわ。アルの気持ちを尊重するわ」
「ありがとう、ニーシャ」
「立派ですね、アルベルト」
「アルくん、エラい」
ニーシャは俺の気持ちを汲んでくれた。
セレスさんとカーチャンも褒めてくれた。
「もし機会があったら、そのときはニーシャにも見せるから、その時まで我慢しててくれ」
かーちゃんの活動記録。
読んでみたいという気持ちもあるけど、今はまだそのときじゃないという気もする。
俺が一人前になったら、そのときに読んでみたいんだ。
ニーシャには我慢を強いるかたちになるけど、そこは耐えてもらおう。
「もともと、アルくんが成人したらあげる予定だったしね」
「そうなの?」
「うん、そのつもりだったんだ。アルくんが勇者になるにしろ、ならないにしろ、私がなにをしてきたか、アルくんには知っておいて欲しいんだ」
「カーチャン……」
ということで、カーチャンの記録を見るのは、成人するまでオアズケだ。
それまでになんとか一人前になれるように頑張らないと。
俺はあらためて決意を固くした――。
その後、雑談をしたり、昼食をともにしたりして過ごした。
そろそろ、帰っていい頃合いだ。
「それじゃあ、そろそろ俺たちは帰るよ」
「アルくん、いいお友達と出会えたわね。大切にするのよ」
「ああ、分かっているよ。ニーシャがいなかったら、こんなにトントン拍子に店を持つことなんて出来なかったしな。頼りになる相棒だよ。だから、ニーシャは俺が絶対に守る」
俺の言葉に、ニーシャがポッと顔を赤らめる。
さすがに、ストレート過ぎる物言いだったかな。
「アルベルト、貴方が思う道を真っ直ぐに歩みなさい」
「はい、セレスさん」
「ニーシャもアルベルトと二人、支えあって行くのですよ」
「はっ、はい」
「アルくん、ムカつく奴がいたら、すぐに教えてね。ぶっ飛ばしに行くからね」
「いや、来なくていいから」
俺の素気ない態度にむぅとほっぺを膨らませる。
「じゃあ、またしばらくしたら遊びに来るよ」
「また、お邪魔させていただきます」
「気をつけて」
「ばいば〜い」
こうして、俺とニーシャは俺の実家を後にした――。




