43 実家3
「ところでセレスさん、信徒ってなんなんですか?」
俺は疑問に思ったことを口に出した。
「信徒というのは私への信仰が厚く、その信仰の象徴たる証を私に捧げた者のことです。アルベルトは生まれてからこの方、私への信仰を貫いてきました」
「信仰ですか?」
俺は初恋が敗れるまで、セレスさんが女神だったなんて知らなかったから、仲の良い年上のお姉さんという接し方しかしていなかった。
それに、セレスさんが女神だと知った後も、とくに態度を改めることなく接してきた。
セレスさんもそれを望んでいたし。
だから、優しい年上のお姉さんとして尊敬はしているし、セレスさんへの愛情は変わらず抱き続けていた。
だが、それは親しい隣人への愛情といったもので、神に対する信仰とは違うんじゃないかな、と自分では思う。
「信仰には色々なかたちがあるのですよ」
俺の疑問が顔に出ていたのか、セレスさんが優しく微笑む。
「アルベルトの私への思いは十分に届いていますよ。若き日の期待には答えられませんでしたが」
俺がセレスさんに告白した時のことだろう。
当時のことを思い出して顔が赤くなる。
俺としてはもう割りきったつもりなんだけど、やはり、俺の心の片隅にセレスさんへの慕情が残っているのだろう。
だからといって、この思いをどうにかしようと言う気はないし、どうにかできるとも思っていない。
このまま、若い日の淡い思い出として、胸の片隅にかかえて生きていくんだろう。
「だから、私はアルベルトの信仰は十分なものであると考えます。そして、今日、立派な信仰の証を捧げました。それゆえ、あなたを私の信徒として認めるのです」
「信徒ってなんなんですか?」
「信徒は私の加護を授かった者。そして、物に私の加護を付与することができる者です」
「加護?」
「ええ、ステータスに補正が入ります」
「加護の付与というのは?」
「一般の付与魔法と同じようなものですよ。アルベルトでしたら、説明するよりやってみせた方が早いでしょう」
言うなり、セレスさんはテーブル上の布ナプキンを一枚手に取る。
純白のナプキンを広げ、セレスさんの手が光る。
すると、ナプキンの片隅に5センチ四方くらいの刺繍のような模様がほどこされていた。
「はい、どうぞ」
セレスさんがナプキンを俺に手渡してきた。
俺はそれを注意深く観察する。
目で見るだけではなく、【魔力解析】を使用し、魔力の流れも確認する。
確かに、セレスさんが言う通り、微妙な違いはあるけど、普通の付与魔法に非常に似た魔力の流れを感じ取ることができる。
「信徒となった今のあなたならできますよ」
セレスさんがもう一枚の純白ナプキンを渡してくる。
頭の中にセレスさんが刻んだ模様を浮かべ、内包された魔力の流れ道を意識する。
そして、それを再現するように純白のナプキンに魔力を注いでいく。
「【付与】女神セレスの加護」
――瞬間、魂の奥底が激しく揺さぶられる。
剥き出しになった魂が、セレスさんに優しく包み込まれるような暖かい感覚。
ほとばしる全能感と充足感。
永遠とも思われる甘美な時間は、しかし、一瞬で通り去っていってしまった。
何だったんだ、今のは……。
今まで味わったことのない多幸感だった。
生まれてからこれまで、こんな幸福感は味わったことがない。
まるで、セレスさんとひとつに結ばれたような満ち足りた感覚だった……。
「どうしたの、アル?」
「あっ、ああ、大丈夫だ」
呆けていた俺を心配して、ニーシャが声をかけてきた。
それで俺は我を取り戻した。
手に持っていたナプキンに視線をやる。
そこにはセレスさんが刻んだのと寸分違わぬ模様が刻まれていた。
成功したのか?
セレスさんの方を見ると、視線が合う。
いつものように穏やかに微笑んでいるだけだ。
「ちょっと、これを鑑定してくれ」
「ええ、いいわよ」
俺はナプキンをニーシャに手渡した。
「確かに【女神セレスの加護(弱)】が付与されてるわね」
「ということは成功したのか」
「ええ、凄いわね」
それから俺はセレスさんからこの加護について色々と教わった。
加護を付与する対象は、魔力を通しやすい素材であれば割となんでも大丈夫であること。
今の俺ではまだ【女神セレスの加護(弱)】しか付与できないけど、信仰を深めていけばより強い加護を付与できるようになること。
加護を付与した物を量産したり、売りさばいたりしても問題がないこと。などなど。
説明の最中にカーチャンが絡んでくるかと思ったけど、自分の彫像に夢中になっているようでそんなこともなかった。
カーチャンの妨害がなかったおかげで、スムーズに話を進めることができた。
カーチャンの彫像も作っておいて正解だったな。
「ところで、セレスさんの像はもう2体つくったんですけど、どうするのが望ましいのかな?」
俺はインベントリから残りの2体の彫像を取り出し、テーブルに乗せる。
「1体は教会に持って行ったら喜ばれるでしょう。もう1体は二人のお店の入り口に飾ったらいいんじゃないかしら。いい宣伝になると思うわ」
以前ニーシャに相談したときは、「お金のためにファンドーラ商会に売るか、教会との結びつきを強めるために教会に持っていくか」と教えてくれた。
だけど、セレスさんが言うように店先に飾るというのもいいアイディアのように思える。
ニーシャに視線をやると、彼女も賛成のようで頷いてくれた。
「あ、でも、お店の入口に置くのだったら、もう少し大きいサイズの方が良いかもしれませんね」
「たしかに……」
この彫像は20センチくらいの大きさだ。
目立つようにするにはもっと大きい方がいいだろう。
「大きい像を作っても大丈夫?」
「ええ、構いませんよ。アルベルトは既に信徒になったのですから、私の像や加護が付与されたアイテムを作るのに私の許可をとる必要はありません。アルベルトたちのお店でしたら、1メートルくらいの像がちょうどいいかしらね」
セレスさんからの許可がおりた。
ニーシャはこれで客寄せのひとつの手段を手に入れたとホクホク顔だ。
それにしても、やっぱりセレスさんには俺たちの行動は丸見えのようだ。
確認のために俺は尋ねる。
「セレスさんは俺たちの店を知ってるの?」
「ええ、アルベルトの行動はずっと見てましたから」
さすがは女神様。
これからもセレスさんに見られても恥ずかしくないような生き方をしていかないとな。
「ねえねえ、アルくんのお店ってなあに?」
カーチャンが口を挟んできた。
いい切っ掛けだ。
今回の帰省の一番の理由は、これまでのことを二人に報告すること。
まあ、予想していたようにセレスさんにはすべて筒抜けだったけど、カーチャンは知らないようなので、ちゃんと伝えておこう。
俺はカーチャンと別れてから、今日までの出来事をひとつづつカーチャンに語っていった。




