42 実家2
「おかえりなさい、アルベルト」
「ただいま、セレスさん」
緩やかな金髪を風に靡かせ、颯爽と登場してきたのはもう一人の住人、セレスさんだった。
相変わらず神々しい美しさだ。
女神様なんだから、当然なんだけど。
それでも、慈愛に満ちた笑顔を向けられるとやはりドキリとしてしまう。
ニーシャもセレスさんの美しさに見惚れて、ぽーっとしている。
「アルベルトが困ってますよ、リリア」
「えー、もっとー」
「それにお客人もいらっしゃいますし」
「え?」
セレスさんの言葉でようやく気がついたのか、カーチャンはニーシャに視線を向ける。
セレスさんに見惚れていたニーシャも、カーチャンと目が合い再起動。
慌てたように挨拶をするのだが――。
「おっ、お初にっ、お目にかかります。わっ、わたくしはニーシャともっ、申します。アルベルトさんとはいっ、一緒に商売をさせていただいてます」
ニーシャはガチガチに緊張していた。
彼女のこんな姿を見るのは初めてだ。
カーチャンがようやく俺の身体を離してくれた。
カーチャンはニーシャに向き合い、声をかける。
「ニーシャちゃんって言うの?」
「はっ、はいっ」
尋ねながら、カーチャンはニーシャに詰め寄る。
緊張のあまりか、ニーシャはプルプルと震えている。
カーチャンは一歩一歩近づき、ニーシャの目の前で立ち止まる。
そして――。
「かわいい〜〜〜〜〜〜」
勢い良くニーシャに抱きついた。
「えっ!?!?」
ニーシャは想定外の事態に動転している。
「小っちゃくって、可愛くって、お人形さんみたい〜」
女性にしては大きめのカーチャンに対して、ニーシャは小柄で華奢だ。俺よりも頭ひとつ小さい。
どうやらそれが、カーチャンの好みのツボにハマったらしい。
元勇者という肩書ながら、カーチャンは意外と可愛い物好きだ。
良い年してって言ったら、ぶっ飛ばされるけど。
「あわわわわわ」
状況を把握できず、ニーシャは完全にパニクっている。
そこに救いの手が。
「立ち話もなんですから、お家に入りましょうか?」
セレスさん、ナイス提案!
「そうだな。ほら、カーチャンもニーシャから離れて」
「ちぇ」
口ではぶーたれながらも、カーチャンは素直にニーシャから身体を離した。
「ニーシャも楽にしなよ」
「え、ええ……」
ニーシャはいまだ動揺の最中のようだ。
セレスさんのお茶を飲めば落ち着くだろう。
「ニーシャちゃん、よろしくね」
「はっ、はいっ、よろしくお願いします」
そんなこんなで再会と初対面を済ませた俺たちは家の中へと場所を移すのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「二人にお土産があるんだ」
リビングに移動し、セレスさんの淹れてくれたお茶で一段落をしたところ。
ニーシャもだんだんといつもの調子を取り戻してきたところだ。
俺は【虚空庫】から2体の彫像を取り出し、テーブルに乗せる。
ポーション容器作りの合間に作った、セレスさんとカーチャンをモデルにして作ったガラス製の彫像だ。
サイズは全長20センチくらい。
ガラス製とはいえ、【硬質化】の魔法で固くしてあるから、ちょっとやそっとじゃ傷つかない硬質ガラス製だ。
セレスさんは腕を胸の前で組んで、祈りを捧げているポーズ。
カーチャンは剣を構えて、これから攻撃に移ろうっていうダイナミックなポーズだ。
さすがに長年一緒に暮らして見慣れている二人だけあって、本人そっくりの中々の出来栄えに仕上がったと自負している。
「すごーい。これ私がモデルよね。かっこいいいいい」
カーチャンはすぐに自分がモデルだと気づいたようだ。
気に入ってくれたようで、像を抱え込んでは色々な角度から観察している。
「へー」とか「ほー」とか唸りながらだ。
満面の笑みを浮かべている。
どうやら、喜んでくれているようだ。
「こちらの像は私にですか?」
一方のセレスさんはいつもどおり落ち着いた様子で像に見入っている。
二人とも、予想通りの反応だった。
「俺からの二人へのプレゼントなんだ。今までもお世話になったし、今回も俺の好きなように家を出て生活することを許可してくれた。そのお礼の気持ちだよ」
「アルくん〜」
感極まったといった感じで、カーチャンが俺に抱きついてくる。
ガラスの彫像がゴツゴツとあたって痛い。
ひとしきり、俺への愛情表現が済み満足したのか、カーチャンは俺から離れる。
「少し話があるのですが、よろしいですか?」
可し困った感じ、真剣な表情でセレスさんが告げる。
「はっ、はい」
いつもとは違った雰囲気に俺は緊張してしまう。
「あらためて確認しますが、これは私への贈り物ということでよろしいのですね?」
「ええ」
俺はコクリと頷く。
「素晴らしい像ですね。私への愛情が細部にまで宿っているのが分かります」
セレスさんが像を優しく撫でる。
いくらもう吹っ切ったとはいえ、初恋相手だった人にそんなふうに言われると、照れてしまう。
「こっちも凄いよ〜。お母さんへの愛情たっぷりだもんね〜」
カーチャンも嬉しそうにしている。
「アルベルト、私の下へ来て下さい」
「なんでしょう?」
俺は席を立ち、向かいのセレスさんの近くへ歩み寄る。
近くで見ると、より一層セレスさんの美しさが分かる。
俺がドキドキしていると、セレスさんから声がかかる。
「そこにひざまずいて、頭を垂れさない」
「はい」
言われた通りに従う。
セレスさんが俺の頭の上に手をかざす。
「女神セレスの名において、汝アルベルト・クラウスを我が信徒として受け入れ、その力の一端を授けましょう」
セレスさんが語りだすと、眩いばかりの光が俺を包み込み、語り終えるとその光は俺の身体に吸収された。
今までにはなかった暖かさが身体の中からあふれているような感覚がする。
これがセレスさんの力の一端なのか……。
「立ち上がりなさい、アルベルト」
「はい」
「今日からあなたは私の信徒となりました。私は常にあなたとともにあり、あなたも常に私とともにある。そういう関係になりました。アルベルトよ、これからも真っすぐに生きなさい」
「はいっ!」
「アルくんおめでと〜」
席に戻って、俺は考える。
信徒がなになのか?
俺にはわからなかったけど、その後に続く言葉はなんとなく理解できた。
だから、俺は力強く頷いた。
「えっ、信徒って、女神って、セレスって……」
ニーシャがぶつぶつ呟きながら、困惑した様子だ。
「自己紹介が遅れましたね。私は十二神のひとり、女神セレスです。よろしくね、ニーシャ」
「しっ、しかしっ……」
ニーシャは慌てたように椅子から飛び降り、床にひざまずいて頭を下げる。
「あらあら、そんなにかしこまらなくても結構よ」
「しっ、しかしっ」
「アルベルトの友達なんでしょう? だったら、私の友達でもあるわ。普通の友人として接してちょうだい」
「はっ、はい……」
ニーシャはカーチャンと出会った時以上にガチガチに緊張している。
「よろしくね、ニーシャ」
「はい、セレス様」
「セレスでいいわよ」
「はい、セレス……さん」
やはり、まだ呼び捨てにするには抵抗があるようだ。




