40 開店に向けて
「一ヶ月後の開店を目指しましょう!」
看板職人が帰り、夕食を食べている最中にニーシャが言い出した。
「一ヶ月後? 一週間後じゃなくて?」
看板ができるのが一週間後。
看板が出来次第、すぐにでも店を開けるものだと思っていた俺は、ニーシャの発言が意外だった。
「ええ、どうせだから、しっかりと準備して完璧な開店にしましょう」
「準備?」
「ええ。これからの一ヶ月でできる限りの宣伝をして、この店をみんなに知ってもらうのよ。開店時には行列ができるくらいにしましょうよ」
「なるほど」
「新規に店を開く場合ってのは、ほとんどの場合が繁盛している店の別店舗だったり、親方から暖簾分けしてもらって独立したりってケースなのよ」
「ふむ」
「そういう店は既に固定客がついているの。だけど、私たちはそうじゃない。ゼロからスタートしなきゃならないのよ」
「ああ、そうだな」
「ひっそりと開店した店はそのまま誰にも知られずにひっそりと閉店していくのよ。私はそういうのをいっぱい見てきたわ」
「…………うん」
そう言われると、少し不安になってきた。
本当に上手くいくんだろうか?
「大丈夫よ。ここは立地は文句無しだし。ファンドーラ商会の力添えもあるわ。しっかりと準備すれば成功間違いなしよ」
ニーシャが力強く言い切る。
そうだな。
ここまでトントン拍子でこれたのは、ニーシャの商人としての力量があったからだ。
そのニーシャが大丈夫っていうんだから、大丈夫なんだろう。
俺がすることは不安になって心配することじゃない。
俺にしか出来ない物づくりをきちんとこなしていくことだ。
「ああ、一緒に成功させよう」
「ええ、頼りにしてるわ」
俺はニーシャとグラスを合わせる。
「それで、準備って具体的にはなにをするんだ?」
「いくつか方法はあるんだけど、まずはチラシね」
「チラシ?」
ニーシャが一枚の紙切れを取り出し、俺に渡してくる。
「さっきちょっと書いてみたのよ」
俺はその紙切れを受け取り、読んでみる。
先ほど決まった「ノヴァエラ」という店名。
いついつに開店するという情報。
それに遺物を取り扱う店であることが記載されている。
「これはあくまで叩き台で、看板と同じ専門の業者に発注するつもりだけどね」
「なるほど」
「でも、これだけじゃ弱いのよね」
「弱い?」
「ただチラシを配っただけじゃ、受け取ってもらえるかわからない。それに受け取ってくれたとしても、ちゃんと中身まで読んでもらえるかわからないわ」
「確かに……」
「だから、なにかひと工夫欲しいのよね。チラシを受け取ってもらえて、なおかつ、このお店のことをちゃんと覚えてもらえるだけの何かが……」
「うーん……」
「私も考えておくけど、アルもなにか考えてみて。非常識なアルなら、非常識で素晴らしいアイディアを思いつくかもしれないじゃない」
「…………」
「期待しているわよ」
ニーシャがニヤッと笑う。
「それに客寄せにはもうひとつ考えがあるのよ。というか、むしろ、こっちがメインね」
「ほう、なになに?」
自信ありげに言うニーシャに俺も興味を惹かれた。
「オークションよ」
「オークション?」
オークションといえば、先日タイラント・グリズリーの毛皮をファンドーラ商会のオークションに出品したことを思い出す。
またなにか出品するつもりなのだろうか?
今のところ、タイラント・グリズリーの毛皮ほどのレア物はもってないはずだ。
俺の【虚空庫】に眠っている実家から持ち出してきたお宝なら話は別だが、俺はそれをオークションに出品する気は皆無だし、そんなことくらいニーシャは百も承知だろう。
「この街のオークションの花形は遺物よ」
「ほう」
さすがは迷宮都市らしいな。
「レアな遺物であれば、好事家たちがとんでもない値段を付けるわ。それこそ、タイラント・グリズリーの毛皮が霞むくらいのね」
「なるほど。そんなレアな遺物をオークションに出せれば、それだけで店の名前を売ることが出切るのか」
「ええ、そうよ。遺物屋の宣伝としてはもってこいでしょ」
「確かにな」
ニーシャの言うことは理にかなっている。
オークションの目玉となるような遺物を出品できれば、最大の宣伝効果があるだろう。
「ということで私たち二人でダンジョンに潜りましょう」
ダンジョンか。
この大陸にはいくつか有名なダンジョンがある。
この街パレトにあるダンジョンもそのうちのひとつだ。
俺たちはそれを目当てにこの街にやって来たわけではあるが……まさか、いきなり潜ることになるとは思ってもいなかった。
しかも、ニーシャと一緒にとは…………。
「二人で?」
「ええ」
「なんだったら、俺一人で行ってこようか?」
ひと通り戦闘の心得がある俺とは違って、ニーシャはただの商人。
戦闘経験がないだろう彼女がわざわざダンジョンに潜る必要性があるんだろうか?
「それでもいいんだけど、ダンジョンに潜るのにはもうひとつ理由があるのよ」
「理由?」
「ええ。これからのことを考えると、私もレベルアップしておきたいのよ」
そう言ってニーシャは自分の目に指を当てる。
「魔眼の強化か……」
ニーシャの魔眼は鑑定眼。
アイテムの品質や性能を鑑定する能力だ。
戦闘を行い、モンスターを倒して、経験値を得れば、様々な能力が強化される。
魔眼の能力に関しても同じだ。
ダンジョンで経験値を稼ぎ、魔眼を強化したいということか。
「ええ。そうよ。今後アルはどんどん凄いものを作っていくと思うの。だから、私の鑑定眼がついていけるようになりたいのよ。それに今の私じゃ遺物の鑑定もできないしね」
カーチャンと一緒に各地のダンジョンにはいくつか潜ったことがあるし、簡単なヤツならソロで踏破したこともある。
ここのダンジョンの難易度はまだ知らないけれど、そんなに深い階層まで潜るのでなければ、ニーシャのことを守りながらでも、たいした危険はないだろう。
しばらく考えてから、俺は頷いた。
「ああ、いいよ。ニーシャは俺が守るよ」
「えへへっ、ありがと」
嬉しそうに破顔するニーシャ。
「大事なパートナーだからな」
「えへへっ。アルも私の大事なパートナーよ」
ニーシャはそう言って、俺の両手をぎゅっと握りしめてくる。
「私の準備が調い次第、すぐにでもダンジョンに行きたいと思っているの。簡単にお宝に出会えるとは限らないからね。アルの都合はどうなの? また数日物づくりに没頭したいとかない?」
「それは大丈夫だ。連日のポーション作りで物づくり欲求はだいぶ満たされたよ。しばらくはのんびりで構わない」
「それじゃあ――」
「あー、でも、ダンジョンに潜る前にちょっと行きたいところがあるんだ」
「行きたいところ? どこかしら?」
「ああ、一度実家に帰ろうと思って」




