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4 ファング・ウルフ

 どうやら、採取に没頭しすぎてたようだ……。


 採取に夢中になっていた俺が、「ウウウゥ」と威嚇するような声にふと顔を上げると、すっかりとファング・ウルフの群れに取り囲まれていた。


 よく見てみたら、すっかり陽も沈んでる。ファング・ウルフの活動時間帯になってたようだ。

 カーチャンの修行の一環で身につけた無属性魔法の【暗視能力】のせいで、そんなことにも気づかなかった。

 暗い場所でも作業できるし、どこでも本が読めるから便利だな、くらいにしか思っていなかったけど、思わぬ弊害があったもんだ……。


「これはちょっとマズい状況だな……」


 カーチャンだったらこれくらいの群れ、簡単に消し去ることができる。

 倒すじゃない。「消し去る」だ。肉片ひとつ残らず消滅させてしまう。

 ついでに辺り一帯も更地に変えてしまう。


 俺はもちろん、そんな人外じゃない。

 この状況は……うーん、ちょっと困ったな。さて、どうしよう。


 油断せずに、もう一度注意深く周囲を観察する――。


 人を背に乗せて疾駆できそうな立派な体躯。

 月の光に照らされる濃紺の艷やかな毛並み。

 その名の示す通り、小型ナイフ並みの長さを持つ2本の鋭い牙。

 魔獣の証である赤く輝く瞳が、こちらを睨みつけていた。


 ――全部で24匹か。

 俺を中心にして、円周上に二重になって包囲している。

 そして、正面にはひときわ大きな体格の個体が控えていた。

 あいつが群れのボスだな。


 ボスの一声を合図に、ファング・ウルフたちがゆっくりと近寄ってくる。

 簡単にエモノを逃がす気はないようだ。


 俺は採取していた薬草を【インベントリ】に仕舞い込みつつ、立ち上った。

 ヤツらはこのまま包囲網を狭め、一気に飛びかかって来るつもりだろう。

 そうなる前に――先手必勝だ!


 俺は踵を返し、真後ろにいた一匹に向かって駈け出す。

 虚をつかれて動けずにいるファング・ウルフたちを尻目に、大きく跳躍した俺は包囲網を突破――そのまま、森の中へと駆け込んだ。


 背中越しに聞こえてくる、威嚇するボスの大声。

 その命令に従うファング・ウルフたちが一斉に俺を追いかけて来た。


 乱れ立つ木々の狭い間を駆け抜け、森のある程度奥まで入り込んだ俺は、戦闘に適した場所を見つけて立ち止まった。

 別に、ここまで逃げてきたわけではない。

 あそこで戦いたくなかっただけだ。

 ヤツらの血でダイコーン草を痛めたくなかっただけだ。

 モンスターの血は毒だ。人間にとっても、薬草にとっても。

 だけど、ここならそんな心配は無用。思う存分戦うことができる――いや、狩ることができる。


 さて、後はどうやって狩るかだけど――多少は動きまわるスペースがあるとはいっても、長剣を振り回せる程ではない。

 それに、ヤツら相手に大層な武器に持ち替えるまでもない。

 さっきまで薬草採取に使っていたミスリルナイフで十分なのだが、ヤツらの巨体を相手にするには少々刀身が短い。

 ちょっと楽をするか――。


 使用するのは無属性魔法の【剣強化エンハンス・ソード】。

 この魔法は刃の切れ味を高めたり、刀身の長さを伸ばしたりできる魔法だ。

 込める魔力によって、カスタマイズが可能なので、俺が好きな魔法のひとつだ。


 俺は右手に持つミスリルナイフに魔力を流し込む。

 ミスリルは魔力を通しやすい素材だ。

 俺の魔力がナイフ全体をすっと包み込み、元々の刀身の倍ほどの長さの青白く光るマナ・ソードの出来上がりだ。


「よし、これくらいでちょうど良いだろ」


 ようやく、ヤツらが追い付いて来た――。


 先頭を駆けてきた1匹が俺を目がけて飛びかかる。

 俺は気負うことなく上体を傾けてそれをかわしつつ――首筋を一刀両断。

 2つに別れたファング・ウルフの死体が、飛んできた勢いのまま太いウルカの木に衝突してなぎ倒し、動きを止めた。


 陣形が乱れて包囲することを諦めたのか、ヤツらは次々と飛びかかる波状攻撃に切り替えたようだ。

 悪くない作戦だけど、俺には通じない。

 連続で向かってきた7匹を、最初の1匹目と同じ様に斬り落とす。


 少し間をおいてから、第2陣が襲ってくる。

 さっきより数は増えたけど、問題なく対処する。


「残り6匹か……」


 あまりにも一方的な展開に驚いたのか、ファング・ウルフたちが動きを止めた。


 さて、今度はこっちから、と俺が動こうとした時――ボスが大声で吠え、ファング・ウルフたちは一目散に逃げ出した。


 ちょっとギアを上げるか。

 せっかくの素材だ。逃すのはもったいない。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 ――その数分後。狩りの時間が終わった。


 手持ちのミスリルナイフを【インベントリ】に仕舞い、地面に横たわるファング・ウルフ24匹の死体を眺め見る。

 全て頭部と胴体を2つに切断済みだ。


 俺の方は怪我ひとつなし、軽く身体を動かした程度の運動量で疲れもまったくない。

 ただ、少し返り血を浴びてしまったのが減点だ……。


 俺が着ている服は、見た目は普通の旅人が身につけるような質素な安物なのだけど、実はカーチャンの知人からのプレゼントでかなり高性能なものになっている。

 その機能のひとつのおかげで、返り血くらい難なく弾いてしまう。

 だから、服は汚れひとつない綺麗なものだ。

 また、ミスリルナイフもこれまた頂きモノで中々の業物。長年俺が愛用している一品だ。ひと振りすれば、付いた血や脂はサッと落ちてしまう。

 綺麗になったミスリルナイフを【虚空庫インベントリ】にしまい込む。


 そんな装備品ほど高性能じゃない俺は、顔や手に向かってくる返り血すべてをかわしきることは出来なかった。

 ファング・ウルフを斬る瞬間には多めに魔力を込めておいたので、ムダに血が飛び散ることはなかったのだが、それでも皆無ではなかった。


 モンスターの中には毒性が高かったり、金属を溶かしたりする体液を持つものも存在する。

 だから、「できるだけモンスターの体液を浴びないようにする」っていうのは戦闘の基本ではある。

 だけど、そういうモンスターを相手にする場合、フツーなら近接戦闘は挑まない。距離を保って、遠くから攻撃するのがセオリーだ。そういうのをまったく気にしないで、ボコスカ殴って平気なのはカーチャンくらいだ。


 ファング・ウルフの血液には、微弱な毒性がある。

 大量に浴びない限りは問題ないので、そんなに神経質になる必要はない。

 しかし、やっぱり皮膚に付着した返り血が多少不快ではある。

 それもこうやって聖魔法の【浄化ピュリファイ】の魔法で洗い流せば、きれいサッパリだ。


 この戦闘結果、うちのカーチャンだったら許してくれない。

 勝ち方まで完璧じゃないと怒られる。

 返り血を浴びてるようじゃ許してもらえない。

 こんな姿をカーチャンに見られたら、オシオキされるのは間違いない――けど、カーチャンの下を離れた俺にはカンケーないね。勇者なんか目指してないし。そんな常人離れした戦闘スキルなんか、俺には必要ない!

 怪我なくムダなく退治できれば、それで十分だ!!!


 さてと…………邪魔者もいなくなったことだし。


「よーし、お楽しみの剥ぎ取りの時間だ!」

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