39 屋号
「もう、食べられないわ」
「ああ、食ったな」
二人並んで、街の風景を眺めながらお茶を啜る。
食事中は柑橘系のソーダ割りでさっぱりと肉の油っこさを中和させていたけど、今は炭酸も苦しい状態。
今飲んでいるのは満腹感を抑え、消化を促進させる作用があるお茶だ。
それくらい、二人とも食べ過ぎたのだ。
少し残るかもと余裕を持って準備していたのだが、綺麗サッパリ二人のお腹の中へと消えてしまった。
晴れた日の屋外でやるバーベキューは格別だった。新居祝いともなれば尚更だ。
おかげで、バーベキューの後片付けをする余裕もないほどだったので、すべて【虚空庫】に放り込んで後回しにしたくらいだ。
ろくに思考ができる状態でもなく、柔らかい午後の微風に吹かれながら、ぼんやりと二人並んで屋上からの眺めに見入っていた。
この街は高層の建築物が少ない。殆どが平屋か二階建てだ。
その中での例外が、視界の真正面に入っている冒険者ギルドだ。
街の中央、冒険者たちを誘うかのようにポッカリと大きな口を開けたダンジョン。
その隣に並ぶ5階建ての大きな石造りの建物――それがこの街随一の大きさを誇る冒険者ギルドの建物であった。
ダンジョンと並ぶ冒険者ギルド。
まさに、この街の象徴だ。
俺たちはこれからこの街でやっていくんだ。
ならば、この2つは避けて通れない。
むしろ、この2つがあるからこの街にやって来たんだ。
ニーシャの店が少しでも成功するために、俺も物づくりを頑張っていこう。
とくに、これからは遺物をいじっていく予定だ。
遺物はダンジョンからしか出土しない。
遺物が出土するダンジョンと、それを持ち帰る冒険者が集まる冒険者ギルド。
この2つがこれから俺の物づくりにおいて中心的な役割を果たすことになるだろう。
ギルドを眺めながら、俺はそんなことを考えていた。
「これからどうするんだ?」
「まずはなにより、屋号を決めましょう」
「屋号?」
「お店の名前よ」
「ニーシャ商会じゃマズいのか?」
「あのね、私は思うんだけど、これから私たちはとんでもない成功を収めると思うの」
「成功?」
「ええ。そして、それは主に私じゃなくてアルの力のおかげよ。確かに、私にしか出来ない仕事もある。でも、それはアルが作り出すものがあってこそなのよ」
「…………」
「今までは私の名を冠したニーシャ商会でやってたけど、これからはアルの名前も入れたいと思うの。私だけじゃなく、二人の商会としてやって行くべきだと思うのよ」
「でも……俺は名前を知られたくないんだ」
「ええ、そう言うと思ったわ」
「だったら――」
「だから、二人で新しい商会の名前を考えましょ。一緒に考えて、二人ともが納得する名前を考えましょうよ」
「名前……」
「普通は創業者の名前を付けるのが定番だけど、中には扱う商品から取ったりするのもあるわ。たとえば、異世界さん商品を扱うチキウ商会なんかは、それこそ異世界『チキウ』から名前をとっているし、他にも、飛竜の畜産を専門とする竜飛商会なんかもあるわね」
「ふむ……」
「だから、アルもあまり先入観にとらわれずに、自由に発想してみたらいいんじゃない」
「うーん、そう言われてもなあ。ニーシャはなにかアイディアないの?」
「うーん、私も考えてみたんだけど、いまいちパッとしないのよね。一応候補はあるんだけど、アルのを聞いてみたいのよね。アルのアイディアでいいのがなければ、私のも伝えるわね」
「うーん……」
俺はじっと考え込む。
店の名前。
俺たちを象徴するような名前。
「別に、今すぐってわけじゃないから、二、三日考えてみてよ」
「いや、大丈夫だ。閃いた」
「本当!?」
「ああ」
考えだして、すぐにひとつの言葉が頭に浮かんだ。
これなら、俺たちの店にぴったりな気もする。
「それで、なんて名前?」
「ノヴァエラ。古代ワコク語で新しい時代って意味だ。どうかな?」
俺のバイブルである『錬金大全』。
その冒頭にこんな言葉がある。
――錬金の道を究め、新しき時代を拓かん。
そこから頂戴した言葉だ。
「いいじゃないっ!!!」
「そうか?」
「ええ、素敵よ。私たちの店で時代を変えちゃおうよ。それくらいの意気込みでやっていきましょうよ」
「ああ、そうだな。よろしく頼む」
「こちらこそ、あらためてよろしくね」
ニーシャと固い握手を交わした。
「じゃあ、それで看板を注文しちゃうわね」
「看板?」
「お店の看板よ。ファンドーラ商会に腕の良い職人を紹介してもらっているから、最高の看板を作ってもらいましょう」
「俺が作ってもいいけど?」
「アルのセンスを疑うわけじゃないけど、こういうのはちゃんと専門家に任せたほうが良いのよ」
「そうなのか?」
「どういう看板だったら、お客さんが入りたがるか分かる? どういう看板だったら、格式高い店だって伝わるか分かる? どういう看板だったら、新進気鋭でこれから時代を変えちゃうような店だって伝わるか分かる?」
「…………いや」
「同じ言葉を書くにしろ、書体だったり、文字の大きさだったりで、人に与える印象は全然違ってくるのよ。看板職人はその道の専門家よ。こういう看板が欲しいって伝えれば、ちゃんとそういう物を仕上げてくれるのよ」
「そうか、分かった。やっぱり、物づくりって奥が深いんだな」
「ええ、ちゃんと私とアルの思いがたっぷりと詰まった看板を作ってもらいましょう」
「うん、そうだね。立派な看板を作ってもらおう」
看板なんて何が書いてあるか伝わればそれでいいかと思っていた。
俺はまだまだ物づくりを始めたばかりなんだ。
少しポーション作りが上手く行ったからって、浮かれていたらダメだな。
これからも慢心せずに謙虚な気持ちでやっていこう。
話が決まってからは早かった。
お腹も落ち着いてきた頃合いを見計らい、二人で歩いてファンドーラ商会を訪れる。
不動産担当のケインズさんに看板の件を伝えると、既に職人さんには手配をしていたようで、この後家まで来てくれることとなった。
家に帰って少し待っていると、程なくして二人の職人さんがやってきた。
一人はいい年した貫禄のあるガッシリとした体型の職人さん。
もう一人は俺と年が変わらない若い弟子のような職人さんだ。
ニーシャと二人で、看板に対する要望を伝えていく。
「ノヴァエラ」という屋号。
看板の設置場所。
看板のサイズ。
この店で新しい時代を切り開いていきたいという意気込み。
そういったことを伝える。
お金は値切らないので、最上級の物をお願いすること、急いでいないのでキッチリと仕上げてほしいことも伝える。
「ふむ、わかった。ファンドーラ商会からも是非にと言われておる。この店に負けない、一級品を仕上げてみせるわい」
職人さんは一週間で仕上げることを約束し、三十分ほどの滞在で帰っていった。
実際に看板を作るところを見たかったけど、どうやらあちらの工房で作るそうなので、残念ながらその願いはかなわなかった。
なんにしろ、店の屋号も決まり、看板も発注した。
後は開店準備だ!




