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38 新居祝い

 久々に足を伸ばせる風呂に入って、すっきりした。

 やはり、シャワーと違って風呂はいいな。


 ひとっ風呂浴びた俺とニーシャは市場へと買い出しに出かける。

 この後、新居の屋上で新居祝いのバーベキューパーティーをやるのだ。

 まあ、パーティーとはいえ、二人きりなんだけど……。


 そのために必要な食材と木炭を購入するのだ。

 新居は立地が良いので、市場からもほど近い。

 5分も歩かずに、市場へ辿り着く。

 買い物はニーシャに任せっきり。俺は隣をついて歩いて行くだけだ。

 彼女が買い物する姿を見るのは初めてだったけど、やはり、彼女は買い物上手だった。

 適度に値切ったり、オマケを付けてもらったりしながら、次々と買い物を進めていく。

 天性の商売人気質なんだろう。俺には到底真似できない。

 さすがだな、と俺は改めてニーシャを尊敬する。


「やっぱ、ニーシャはスゴいな」

「なにがよ?」

「俺もこの前食材を自分で買ったけど、言われるがままに支払ってただけだったから。同じ買い物でもこうも違うもんなんだなって感心してたんだよ」


 王都にいた時、サンドイッチ作りのために食材を買いに出たことがあった。

 あのときは、ニーシャみたいに手際よくできなかった。

「これください」「いくらだよ」のやり取りで精一杯だった。


「そりゃ、私は商人だもの。素人のアルとは違うわよ」

「そっか」

「前に言ってたけど、今までロクに買い物もしたことなかったんでしょ?」

「まあな」

「だったら、必要なものをちゃんと買ってこれただけで上出来よ」


 そんな会話を交わしながら、買い物を進めていく。

 食材は買い終えた、後は木炭だ。

 食材を扱う区画から、少し離れた場所に歩いて行く。

 ちなみに、買い込んだ食材はすぐさま【共有虚空庫シェアド・インベントリ】に入れていくから、俺は荷物持ちの役割すら果たしていない。


「逆に、アルがやってる物づくりなんて、私には到底できないんだから。役割分担でちょうどいいんじゃない」

「そうか……」

「だから、買い物は私に任せてちょうだい。こうやって二人で回ってるだけで楽しいんだから、それでいいじゃない」

「そうだな」


 俺もこうやってニーシャと買い物をするのが、新鮮で楽しかった。

 市場を回るのも、生涯たったの二度目のことなんだ。

 前回は一人で緊張していて、楽しむどころじゃなかった。

 今回はニーシャと一緒で、彼女の買い物っぷりをみて参考にしたりするのが楽しいし、そうでなくても、彼女と二人で見て歩くだけでも楽しい。

 ニーシャの言う通り、それだけで十分だった。


 買い物を済ませた俺たちは新居に戻ってきた。

 二階に上がりリビング隣のキッチンで最後の下準備を行う。

 ニーシャは買ってきたばかりの野菜を水洗いし、手頃なサイズにカットしていく。

 俺は【虚空庫インベントリ】から取り出した肉を同じように手頃なサイズにカットする。


 食材の準備ができたら、それを鉄串に刺していく。

 詰め方が甘いと、間から肉汁が垂れてしまい、せっかくの旨味が逃げてしまう。

 だから、俺は隙間が無いようにしっかりと詰めて刺していった。


「よし、できたわね」


 大皿の上には40本以上の串が並んでいる。

 二人なら十分な量だろう。

 それに串焼きは冷めても美味しいから、作り過ぎということはない。

 大皿を抱えた俺たちは階段を登り、屋上へと出る。


 風が気持ちよかった。

 王都と違ってこのパレトは高層の建物が少ない。

 大抵が平屋か二階建てだ。

 だから、遮るものがない屋上には、おだやかで心地よい風が吹いていた。


「いい眺めね」

「ああ」


 街全体が見渡せる。

 たった少し上に登って見下ろすだけで、こうまでも街の印象が変わるものなのか。

 下を歩いている時はごみごみとした印象を感じたけど、ここからだとスッキリとした眺めで、遠くまで見渡すことができた。


 またひとつ、俺の好きな景色が増えた。

 仕事に行き詰まった時なんかはここに来て景色を眺めるだけでも、いい気分転換になるだろうなと思った。

 屋上付きの物件で大当たりだったな。


「さあ、始めましょうか」

「ああ」


 俺が眺めに見とれていると、ニーシャに声をかけられた。

 大皿をニーシャに持たせたままだった。


「すまんすまん」


 俺は慌てて【虚空庫インベントリ】からテーブルとバーベキューセットを取り出す。

 実家に住んでた頃から何度もお世話になったヤツだ。

 勝手はよく分かっている。

 俺は手際よく組み立てていった。

 そして、木炭をセットして、火をおこす。


 魔石の火で焼いたのもマズくはないけど、やはり、炭火で焼いた肉は格別だ。

 しかも、今回の肉は完璧に熟成させたシルバー・ウルフとファング・ウルフの肉だ。

 これを俺の師匠である宮廷料理長直伝のタレに漬け込む。

 タレは師匠に頂いてからつぎ足しつぎ足ししてきたものだ。

 製法は師匠のレシピ通りだけど、もう俺のオリジナルと言ってもいいかもしれない。


 だけど、その味は格別だ。きっと師匠のタレにも引けをとらないだろう。


 最高の相手、最高の眺め、最高の食材、そして最高のタレ。

 最高のバーベキューになるのはまちがいなしだ。


「じゃあ、並べていくよ」

「うん、お願い」


 十分に熱せられたグリルに串を並べていく、タレが滴り、ジュウという音とともに、香ばしい匂いが伝わってくる。

 つられて、お腹の虫も鳴き出しそうだ。


 ふと、ニーシャの顔を見ると、焼かれる串を凝視したまま、口の端から涎が垂れそうになっている。

 俺は思わず、吹き出してしまった。

 ニーシャは、はっと表情を改める。


「しょうがないでしょ、もう、この匂いは反則よ」

「ごめんごめん。そうだよね、待ち遠しいよね」

「ええ、もう待ちきれないわ」


 じれったく思えるこの時間。

 だけど、「この時間こそが最高のスパイスになる」。


 師匠の言葉だ。


 師匠は王様が相手でも、バーベキューのときは焦らすって言ってた。

 焦らされてる王様は不機嫌になるけど、散々にいい匂いをかがされながらオアズケを喰らった後、許可が出てかぶりついた際には満面の笑顔になるってね。

 王族という立場も忘れて、ただの腹ぺこの男になるって言ってた。

 それが楽しくて、つい、焦らす時間が長くなってしまうとも。


 ともかく、師匠は料理には妥協しない人だった。

 どんな料理でもそれが最高の状態で食べられるように全力を尽くす人だ。

 その教えは俺にも受け継がれている。


「もうちょっとで焼き上がるから、少し待ってね」


 だからだろうか、俺もニーシャにちょっとイジワルしたくなってしまう。


 ニーシャがもう我慢できなくなり、串に手が伸びそうになったところで、ようやく俺はオッケーを出す。


「よし、ちょうどいい、食べよう」


 俺の言葉を待ってましたとばかりに、ニーシャは串を奪うように手に取る。

 俺も同じように串を手に取り


「「いただいまーす」」


 二人の声が重なった。

 そして、二人同時に串にかぶりつく。


「おいし〜〜〜〜い」

「うん、うまい」


 パクパクパクと一気に食べてしまい、次の串に手が伸びる。

 ニーシャなんか、両手に串を抱えてかぶりついている。


 俺も満足のいく出来だった。

 やはり、熟成は大事だ。

 完璧に熟成されたシルバー・ウルフの肉はタレとからみ合って、噛みしめる度に、肉汁が滴り落ちる。

 文句のつけようのない、最高の味だ。


 新鮮な野菜もいいアクセントになっており、肉の味を引き立てている。

 そして、ファング・ウルフの肉だ。一般的には、ファング・ウルフの肉はシルバー・ウルフの肉の格下という扱いだ。

 濃厚な甘みのあるシルバー・ウルフの肉と違って、ファング・ウルフの肉は若干の臭みがある。

 だけど、俺はその独特の獣臭い風味が割と好きだったりする。

 特に、バーベキューのような濃い味のタレと絡めるとシルバー・ウルフとはまた違った味わいが出ると思う。

 だから、ファング・ウルフの肉も使用してみたのだ。


「うん、こっちも美味い」


 予想通り、ファング・ウルフの串も別の方向性で美味しかった。

 ニーシャにもファング・ウルフの串を進めてみる。


「おいし〜い。こっちも美味しいわね。サンドイッチの時よりも美味しく感じる」

「クセがあるから、こういう濃い味の料理の方が合うんだね」

「そうね、ほんとおいし〜」


 そんなこんなで、新居祝いのパーティーは無事に満足で満腹なまま、終わりを迎えることができた。

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