36 迷宮都市パレト
迷宮都市パレトは王都とはまた違った猥雑な活気に溢れたいた。
街の中心にはこの街の顔ともいえるダンジョンが存在している。
いや、正確には、ダンジョンを取り囲むようにして街ができたと言うべきであろう。
街の主役はダンジョンへ潜る冒険者たち。
その冒険者たち相手に商売を行う者たちが住民の大半だ。
俺とニーシャはこの街で店を構え、暮らしていくつもりだ。
もっとも、週に一度は【転移】で王都に戻る予定。
ファンドーラ商会とジェボンの店に定期納入があるからだ。
なにはともあれ、パレトに着いた俺たちは適当な宿をとり、旅の汚れを落とす。
それから俺たちが目指したのはファンドーラ商会のパレト支店だ。
俺もニーシャもパレトは初めて訪れる場所。右も左も分からない状態なので、ファンドーラ商会が頼みの綱だ。
宿の者に場所を聞き、俺たちはファンドーラ商会を訪ねたのだ。
「これを」
ニーシャが店頭にいた男にスティラから貰った推薦状を見せる。
「上の者を呼んでまいりますので、こちらで少々お待ちください」
推薦状の力は偉大で、誰何もなく、立派な応接室に通された。
立派でセンスの良い調度品がファンドーラ商会の隆盛ぶりを表している。
「お待たせして申し訳ございません。ファンドーラ商会パレト支店の支店長を努めておりますマーシャルと申します」
すぐにやって来たのは恰幅が良く、ヒゲをたくわえた中年男性だった。
「ニーシャ商会のニーシャです」
「同じくアルです」
「これを」
ニーシャと俺も挨拶を返し、ニーシャがスティラから預かった手紙を差し出す。
マーシャルが封を切り、中身を読み始める。
「ニーシャさん、アルさん。あなた方には最大限の便宜を図らせていただきます。なんでも気軽にお尋ね下さい」
手紙を読み終えたマーシャルは、腰低くそう告げた。
「私たちはここパレトに店舗を構えるつもりです。手頃な物件を紹介してもらいたいのですが」
「それでしたら、不動産部門の者を呼んでまいります。おい」
「はっ」
控えていた小間使いの少年が人を呼びに出て行った。
「お二方の業績は【電信】で伝え聞いております」
「ええ」
ニーシャは自信満々な態度で、鷹揚にうなずく。
「中級回復ポーションの不足は、この街でも大きな問題でしてね。ダンジョン中層の攻略が活気づくのは間違い無し。当商会はその対策に追われているところですよ」
スティラに中級回復ポーションを卸してから、まだ一週間も立っていない。
「もう現物は届いているのですか?」
「ええ、先日」
なんとも、フットワークの軽いことだ。
いや、それくらいじゃないと、大商会としてやって行くことなどできないのか。
「まことに、嬉しい悲鳴です。商売人として、こんなに興奮することなど、滅多にない。お二方には感謝してもしきれないです」
「それはなによりです」
ニーシャは余裕の笑みを浮かべている。
「お待たせしました」
一人の男性が部屋に入ってきた。
マーシャルより少し若く、神経質そうな痩せぎすの男性だ。
腕には幾つもの書類を抱えている。
「当商会の不動産部門を担当しておりますケインズと申します」
お互い挨拶を交わすと、ケインズは早速、商談を切り出してきた。
「どのような物件がご希望でしょうか?」
「そうね。1階が店舗、2階が住居になってる物件ね。遺物屋をやるから、それに適してるのが良いわね。場所はダンジョン近くの一等地が良いわ。それなりの予算はあるから、いい場所を見繕って頂戴」
「かしこまりました。ちなみにご予算はどれくらいでしょうか?」
張り付いたような笑顔のままケインズが尋ねてくる。
「そうね、5000万ゴルってところかしら」
本来なら、8000万ゴル以上の資金があるから、もう少し高くても構わないのだが、こういう時は本当の予算より少なめに伝えるものだと、馬車の中でニーシャから教わった。
「でしたら、3件ほど候補がございます」
抱えていた書類の中からピックアップした3枚を、こちらに提示してきた。
「実際にご覧になって、お選びいただくのが良いかと思います」
「そうね。そうしましょう」
ファンドーラ商会を後にした俺たちは、ケインズに案内されるまま、3件の物件を確認することになった。
1件目は少し手狭過ぎる。
2件目は立地が悪い。
ということで、いざやって来た3件目。
立地はバツグンなのだが、俺たちが満足する物件なんだろうか。
「あら、なかなか良い物件じゃないの」
「先月廃業したばかりの店を当商会で買い取った物件です。居抜きでそのまま使えるかと」
ケインズの言う通り、大した改修をする必要もなく、すぐにでも店を開けそうな状態だ。
採光も良い状態で、明かりを付けなくても、十分に明るい。
「こちらが店舗部分になっており、そちらの扉の先がバックヤードになっております」
ケインズの説明が続く。
「こっちも結構広いのね」
バックヤードは倉庫の役割を果たしていたのだろう。
だだっ広い空間が広がっていた。
【虚空庫】があるから、俺たちには倉庫は必要ないのだが――。
「ここはアルの工房にピッタリね」
「そうだね、ちょっと広い気もするけど、良いのかな?」
「当たり前じゃないの。アルには頑張って稼いでもらわないとね」
ケインズに案内され、2階に上がる。
「そして、こちらが住居部分になっております」
2階の部屋数は8つ。
二人で暮らすには広すぎるくらいだ。
どの部屋も家具類は設置してあり、今日からでも暮らせる状態。
調度品もそれなりに高級なものだと分かる。
「アルはこの物件どうだと思う?」
「悪くないんじゃないか? 俺は結構気に入った」
「そうね。私も同意見よ。じゃあ、ここにしましょうか
」
「うん、そうしよう」
「こちらは現在5000万ゴルで売りに出している物件です。手続き等の諸経費諸々込みで5000万ゴルでいかがでしょうか?」
「あら、負けてもらって構わないの?」
「ええ、上から便宜を図るよう言われてますので、そこは勉強させてもらいますよ」
「じゃあ、よろしくね」
「諸手続きがありますので、書類の記入と物件の引き渡しは明日以降になりますが、それで構いませんか?」
「ええ、それじゃ、明日商会に伺わせてもらうわ」
「では、そのようにお願いいたします」
こうして、俺とニーシャの店が手に入った。
実家を出てから半月足らず、こんなに早く店を持つことになるとは想像してもいなかった。
すべてニーシャのおかげだ。感謝してもし切れない。
明日からどうなっていくのか、楽しみでしょうがない。
興奮した俺はその夜、なかなか寝付くことができなかった――。