35 次の一歩
第3章スタートです。
ファンドーラ商会での取引きで大金をせしめた俺たち。
ニーシャが転売で儲けた分も含めると、この一週間で約8000万ゴルも稼いだわけだ。
これだけあれば、王都の一等地にも店を構えることができるだろう。
そう思っていたのだが……。
「ねえ、アル」
宿屋での夕食を済ませ、部屋へと上がってくつろいでいたところ、ニーシャが切り出してきた。
「なんだい?」
「私たちのお店のことで相談があるんだけど」
「相談?」
「ええ、迷宮都市パレトって知ってる?」
迷宮都市パレト。
王都から馬車で北に3日ほどの場所に位置する。
この国随一のダンジョンがあり、そのダンジョンを攻略する冒険者たちで成り立っている都市だ。
街の規模も多く、国内で五本の指に入る人口を誇る。
「ああ、知ってるよ。それがどうしたの?」
「私たちの店を出すのは、王都じゃなくてパレトにしない?」
「パレト? なんでまた?」
王都は他の街に比べて、人口も経済規模も格段だ。
だからこそ、俺は最初の目的地をここ王都に定めたのだ。
「アルの仕事ぶりを見ていた思ったのよ」
「なにが?」
「アルは特に『これを作りたい』ってものはないのよね?」
「ああ、そうだな」
分野ごとに多少の好き嫌いや得手不得手はあるけど、どれか突出してるものはない。
俺は物づくり全般が好きなんだ。
「それで、誰かに命令されて作るのは嫌なのよね?」
「うん」
それが嫌だったから、宮廷のお抱えやどこかの工房に所属するという道を選ばなかったんだ。
「その割には、中級回復ポーション作りは楽しんでいたみたいね」
「あっ、確かに……」
言われてみて自覚した。
ニーシャの言う通り、俺は中級回復ポーション作りを楽しんでいた。
あれこれ考えて試行錯誤するのが楽しかった。
人から言われた仕事なのに、十分に楽しんでやれたんだ。
「命令されるのとお願いされるのは違うんじゃない?」
「そうだね」
「アルは人にお願いされた仕事だったら嬉しいんじゃない?」
「ニーシャの言う通りだよ。俺は嬉しかった。俺の作った中級回復ポーションで助かる人がいる。そう思うとただモノを作る以上に張り合いが出たんだ」
「でしょでしょ、だから、パレトの街なのよっ!」
「…………?」
「パレトで遺物屋をやりましょうよ」
「遺物屋?」
「ええ。ダンジョンから出土する遺物を売買したり、修理改造したりするのよ」
遺物。
千年前に滅んだ古代文明の遺産とも、神々が我らに授ける恩賜の品ともいわれる、不思議な品々。
未だその謎は解明されておらず、世界に出回っている遺物はすべてダンジョンで発見されたものだ。
すべてのアイテム職人にとって「自分の手で遺物を作り出す」ことは、一度は憧れる夢であり、俺もその一人だ。
うん。面白い。
どうせ物づくりして生きていくなら、これくらい大きな夢をもってやっていきたい。
ニーシャの提案に俺の気持ちは決まった。
「どう?」
「どうって、ニーシャは良いの? ニーシャにとっては王都の方が都合が良いんじゃない?」
「私一人だったら、王都の方が良いわね。でも、アルと一緒にやって行くんだったら、アルが一番活躍できる場所が良いと思ったのよ」
「そっか。俺もパレトでいいと思うよ」
「それじゃあ」
「ああ、パレトで一緒に店を持とう」
あらためて、ニーシャと固く握手を交わす。
こうして俺とニーシャのパレト行きが決まったのだった――。
◇◆◇◆◇◆◇
迷宮都市パレトまでは王都から馬車で3日間。
俺はパレトには行ったことがないが、近くまでは行ったことがある。
そこまで【転移】するという手もあったけど、俺たちは馬車での旅路を選んだ。
豪華な貴族向けの高級馬車に乗ったことはあるが、一般向けの乗り合い馬車での長距離移動は始めてだ。
せっかくなので、ものは経験ということで、馬車の旅を俺が希望したのだ。
ニーシャの言葉では「あまり良いものじゃないわよ」とのことだったけど、はじめての経験に俺はワクワクしていた。
確かに、ニーシャの言う通りだった。舗装されてない道をガタゴトと揺られ、硬い床板のせいでお尻も痛くなる。
定期的に【快癒】をかけ直さないとたまったものではなかった。
ニーシャにもかけてあげたら、とても喜ばれた。
馬車に載っている乗客は俺たちを含めて8人。
それに馬車を操る御者が一人と護衛の冒険者が2人。
総勢11人の旅路だった。
街道は比較的安全ではあるが、それでもモンスターにや野盗に襲われる危険はゼロではない。そのための護衛だ。
装備や立ち振舞からすると、あまり強そうな護衛ではないように思えるのだけど、大丈夫だろうか?
俺の不安は的中した。
初日と2日目はなんのトラブルもなく過ぎた。
問題が生じたのは最終日である3日目のことだった。
森の中を通る道を馬車が進んでいるところだった。
この森さえ抜ければ、あとはパレトの街へ1時間ほどと御者の話だった。
そんな森の中で、俺の【索敵】に引っかかる存在があった。
まだ距離は少し離れているけど、こちらの存在には気づいているようだ。
伺うようにしながら、こちらへ近づいてきている。
その数23。
【魔力解析】で対象を判別する。
「ゴブリンたちか」
どうやら、ゴブリンの群れのようだ。
魔力反応からすると、ボスのゴブリン・リーダーが率いる群れのようだ。
馬車に随伴している冒険者にゴブリンの接近を伝える。
「ゴブリンがこちらに気づいたようです。向かってきますよ」
「なに?」
「全部で23体。ゴブリン・リーダーに率いられた群れです」
「はっ!?」
「どうしてそんなことがわかるんだ?」
若い方は驚いたようだが、もう一人の年嵩の冒険者は慎重に問い返してきた。
「俺の【索敵】に引っかかったからです」
「本当なのか?」
「はい」
「魔法使いか…………」
半信半疑ではあるようだが、二人とも警戒の姿勢をとった。
この二人に任せて大丈夫だろうか?
いくら雑魚モンスターのゴブリンとは言え、数が数だ。二人とも魔法は使えなさそうだし。ゴブリンの接近にも気づけない。
この二人に任せて大丈夫だろうか?
少し不安になった俺は助勢を申し出る。
「俺も手伝いましょうか?」
「…………ああ、頼む」
少し間があったけど、年上の冒険者は俺の提案を受け入れた。
そうこうしているうちにも、ゴブリンたちはこちらに近づいてくる。
右手の森から半包囲するかたちで取り囲んできた。
俺たちを逃がすつもりはないようだ。
「ちっ、本当だったのかよ」
ゴブリンたちの姿を目の当たりにし、年上冒険者が舌打ちする。
若手冒険者は少し怖気づいているようだ。
ゴブリンからはなんの素材も取れない。
ここは【火球】でさっさと片付けちゃおう。
「【火球】――」
俺は23個のファイアボールを浮かべ、ゴブリンどもに向けて放つ。
すべて着弾し、跡形もなく焼きつくす。
「退治完了です」
護衛の冒険者ふたりは「俺たち必要ないんじゃ?」といった顔で棒立ちになっていた。
とまあ、そんなトラブルはあったけど、とくに問題はなく、予定通りの時間に俺たちは迷宮都市パレトに到着した――。




