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32 ジェボンの店2

「こちらが本日のデザート、アニーンドゥフになります」


 いよいよ、コースも締め、最後のデザートだ。

 透明なガラスの器に入った白く透き通るようなアニーンドゥフ。

 その上に紅一点、ゴジベリの実が赤くチョコンと乗っかっている。

 白く柔らかいアニーンが満腹な胃袋の隙間を通り抜けるように、するすると入っていく。

 食後に出された暖かいザスミン茶とよく合い、もう一杯食べたいような名残惜しさを残しつつ、完食してしまった。


「どう、美味しかった?」


 そのとき、丁度ジェボンさんがやって来た。

 エプロンもコック帽も外している。


「ええ、相変わらず、ジェボンさんの料理は素晴らしいですね。大変満足しました。ごちそうさまでした」

「ええ、とても美味しかったです。ごちそうさまです」

「どういたしまして」


 俺とニーシャがそう答えると、ジェボンさんがウィンクで返してきた。

 そんな姿がとても様になっている。


「アル坊には、いろいろ聞きたいことがあるんだけど」

「ええ、なんでしょう?」

「アル坊がこの前来たのって、一年前くらいだったよね?」

「はい、そうですね。その時は母と一緒でしたね」

「この一年でだいぶ、大人っぽくなったね。もう成人したんだっけ?」

「来年、成人です」

「まだ成人してないんだ」

「ええ」

「そちらの素敵な女性は? アルの彼女?」

「ちっ、違うよ。仕事仲間だよ」


 思わず、慌ててしまう。


「ええ、アルと一緒に仕事をしている商人のニーシャです」


 俺とは対照的に落ち着いた所作でそう答えるニーシャ。


「改めまして、アルの兄弟子のジェボンです。アルは僕の弟みたいなものだから、よろしく頼むね」

「はいっ。お任せ下さい」


 ニーシャが胸を張って、自信満々に告げる。


「その調子だと、アルはいろいろやらかしてるんじゃない? ちょっと常識はずれなとこがあるから、心配だよ」

「大丈夫ですよ」


 二人合わせてクスリと笑い合う。


「アル、いい子と出会えたね。大切にするんだよ」

「それほどじゃあ…………」

「はいっ!」


 ニーシャは謙遜するけど、彼女が信頼できるいい仲間だってことは、俺が一番良く知っている。

 俺は力強く頷いた。


「アルはなにしているんだい?」

「一週間ほど前に、王都に出てきたんですよ。物づくりで生計を立てようと思って。それでニーシャと出会ったんですよ」


 俺はニーシャと知り合ってからの出来事を話す。


「…………相変わらず、呆れちゃうほどの破天荒ぶりだねえ。さすがはリリアさんの息子だ」


 王都についてからのアレコレを話したら呆れられてしまった。


「それで、顔見せだけじゃないんだろ? なにか用があるんだろ?」

「ああ、そうでした。ジェボンさんから師匠に伝えてもらいたいことがあるんですよ」

「なんだよ、直接言えばいいじゃないか」

「まだ、身を立てていないですから。師匠には一人前になってから会いに行こうと思ってます」

「そういう生真面目なところは昔から変わってないんだな。いいよ、伝えておくから。なんなんだい?」

「ジェボンさんはダイコーン草やニジーン草はご存知ですよね?」

「ああ、ポーションの原料だろ?」

「ええ。それで、ダイコーン草などの薬草は、適切な処理を施せば、食用になるんです」

「ほう」

「上手く毒抜きをする必要がありますけど。師匠やジェボンさんならなんとかしちゃいそうな気がするんですよね」

「たしかに、師匠ならそうしちゃいそうだな」

「俺が試した限りだと、ひたすら苦いだけだったんですけど、師匠やジェボンさんなら上手く料理に合わせられるかと」

「なるほどな」

「ということで、俺が試してみた処理方法を書いてまとめたんですよ」


 言いながら、【虚空庫インベントリ】から一枚の紙を取り出す。


「俺が読んでも?」

「もちろんです。ジェボンさんを連絡役に使ってしまって申し訳ないですけど、よろしくお伝え下さい」

「ああ、構わないよ。可愛い弟弟子の頼みだ。快く引き受けよう」

「よろしくお願いします」

「これは難しそうだな」

「ジェボンさんでも大変そうですか?」

「まあな。俺はアルや師匠ほど魔力コントロールが得意じゃないからなあ。まあ、時間がある時に挑戦してみるよ。用事はそれだけかい?」

「それと食材を卸したいのですが」

「どうせ最上級なんだろ」

「ファング・ウルフとシルバー・ウルフが大量に」

「ほう」


 ジェボンさんの目が真剣なものになる。


「定期的に納入できるなら、正式に契約を交わそう。おい、シドーを呼んでくれ」


 ジェボンさんが人を呼び、ひとりのコック姿の若い女性がやってきた。


「こいつはシドー。ウチの料理人兼仕入れ長だ」

「シドーと申します。よろしくお願いいたします」


 シドーさんはペコリと頭を下げる。


「こっちは俺の弟弟子で、名前はアル」

「よろしくお願いします。シドーさん」

「こっ、こちらこそお願いいたします」


 弟弟子という言葉を聞いたからか、シドーさんは年下の俺に対しても、かしこまった態度で接してきた。


 仕入れ長という大事なポジションに女性を起用している。

 さすがはジェボンさんだ。師匠の教えをきちんと踏襲している。


 この国では、本来、料理人は男性のみ。女性厳禁というのがしきたりだった。

 市井では、女性が料理を作る店もあるけど、宮廷では女性の料理人は存在しなかった。

 そのしきたりをぶち壊したのが俺とジェボンさんの師匠で宮廷料理長のランガースさんだった。

 「料理作るのに、男も女もあるか」と、宮廷料理人に何人もの女性を雇い入れたのだ。


 師匠は差別をしない人だった。

 子どもだろうと、女性だろうと、亜人種だろうと、料理ができるかどうか、それだけで相手を判断した。


 だから、熱心に弟子入りを懇願する8歳の俺を邪険にすることなく弟子として認めてくれた。

 そして、勇者の息子という肩書を気にせず、他の兄弟子たちと同様ビシバシと厳しく躾けてくれた。


 おかげで、数ヶ月という短い期間ではあったけど、料理の基本をみっちりと叩きこまれ、それだけでなく、職人としての生き様をしっかりと身につけさせてもらった。


 師匠は俺が頭が上がらない相手の一人だ。

 だから、今のハンパな状態で会うことは出来ない。

 早く一人前になって、立派になった姿を見てもらいたい。


 師匠の教えは俺だけでなく、ジェボンさんにもしっかり受け継がれている。

 受付の男性や給仕の人たち、そして、シドーさん。

 みんなが自分の仕事に誇りをもっているのが伝わってくる。

 俺はそれが分かって、嬉しく感じた。


「アル、詳しい話は後でこのシドーとしてくれ」

「わかりました」

「シドー、値付けはお前に任せる。俺の知り合いだからといって遠慮する必要はない。適正価格で買い取ってくれ」

「はいっ、わかりました」

「シドーの値付けに間違いはないと思うが、もし、なにかあったら、遠慮無く俺に振ってくれ」

「ええ」


 商談が一段落する。


「じゃあ、俺は仕事があるから、ここで失礼するな。また、いつでも食べに来いよ」

「はい。あっジェボンさん、大切なことを言い忘れてました」

「ん? なんだい?」

「ごちそうさまでした。とても美味しくて、大変有意義な時間を過ごさせてもらいました」

「ごちそうさまです」

「いえいえ、お粗末さまでした」


 そう言ってジェボンさんは子どものように破顔させた。

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