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31 ジェボンの店

 ついつい、素材収集に時間をくってしまった。

 まだ、晩飯時には少し早いが、一日を終えた街は夜の顔へと装いを変えながら、ひと仕事終えて浮かれる人々の喧騒で賑わい始めていた。


 俺はニーシャとともに、宿から街の中心部へ向かって歩く。

 目指すは貴族街に隣接する地域。

 平民の富裕層向けのエリアだ。

 王都にやってきた初日、ことごとく門算払いにされた大商会が並ぶ場所の目と鼻の先。

 市民街の一等地。

 そこに立つ、赤レンガ屋根の一軒家。瀟洒な造りの建物が目的の場所だった。

 華美ではないが、ムダがなく洗練された佇まいのお店――『ジェボンの店』だ。


「いらっしゃいませ。ご予約でございますか?」


 店の入口に立っていた立派な服装に身を包んだ品のいい男性が、俺たちに声をかけてきた。


「いや、予約はしてないよ。ジェボンさんに弟弟子おとうとでしのアルが来たって伝えてもらえるかな」

総料理長グランシェフにですか、はっ、かしこまりました。しばらくお待ちいただけますか」


 男性はくるりと踵をかえし、店内へと入っていた。


「なんで、あんたがこんな一流店のグランシェフと知り合いなのよ」

「今店員に伝えた通り、ジェボンさんは俺の兄弟子なんだよ。一時期ある人のもとで料理の修行させてもらったことがあるんだよ。そのとき知り合って、親切にしてくれたんだ」

「そうなんだ。確かにアルの料理はどれも美味しいものね。だったら、この店も期待できるわね」


 ニーシャが期待を込めて、嬉しそうに笑う。

 ニーシャの笑顔を見てるとこちらまで嬉しくなる。

 この店に連れて来て正解だった。

 食べる前からこの笑顔なんだから、食べ終わった後は極上の笑顔が見れることだろう。


 などと話し込んでると、店内から慌てたように誰かがやって来た。

 白いエプロン姿と高いコック帽が似合うスラリとした長身。男性ながらに綺麗に整った顔立ち。

 俺の兄弟子――ジェボンさんだ。

 会うのは一年ぶりだけど、変わらず壮健そうでなによりだ。


「アル坊〜、元気にしてたかっ?」

「ええ、おかげさまで」


 ジェボンさんが差し出してきた右手を力強く握る。


「ジェボンさんも元気そうでなによりです」

「そうかそうか。スマンが、今ちょっと立て込んでてな。デザートの頃には顔出せるから、先に食事の方を楽しんでくれないか」

「はい、わかりました」

「代金は気にせず、腹いっぱい食ってくれよ」

「でも、そういうわけには……」

「せっかく久しぶりに会いに来てくれた弟弟子にお金払わせるわけにはいかないよ」

「……ええ、わかりました」

「じゃあ、腕によりをかけるから、楽しんでいってよ」

「はい、楽しみにしてます」


 軽く手を振ると、ジェボンさんは厨房の方へと戻っていった。


 給仕の男性に案内され、我々は席につく。

 部屋の隅、周りを気にせず会話できる席へ案内してくれた。

 混みあう時間帯を外したのに、それでも結構な客の入りだ。


「おまかせコース2つで」


 給仕がメニューを渡そうとする前に、そう告げる。


「かしこまりました」


 給仕が頭を下げ、去っていった。


「ずいぶんと慣れてるのね」

「カーチャンと何回か来たことあるからね。それに知り合いの店だし」

「山奥で暮らしてたって言ってたのに」

「王都にはちょくちょく来てたんだ。【転移トランスポーズ】があるからね」

「ほんとに便利よね。【転移トランスポーズ】は」


 ニーシャが羨ましそうにこぼす。

 商人にとっては【虚空庫インベントリ】と並んで、羨ましい2大スキルなのだと。

 確かに2つの魔法とも魔力を大量に消費するので、普通の人が簡単に使える魔法ではない。

 俺は親譲りの膨大な魔力量があるから、気にせずに使っているけど……。


「それにしても、ずいぶんと気安い店なのね」


 先付けの魚介のゼリー寄せを食べながら、ニーシャがそう呟いた。


「一等地の高級店っていうくらいだから、マナーとかうるさいのかと思ったけど、ここは違うのね」

「師匠が堅苦しいの嫌いだからね。『気を使ってたら、美味いものも美味く食べられんだろ』ってね」

「ずいぶん砕けた人なのね。そのアンタの師匠ってのは」

「まあねえ、『手づかみで食べなきゃ美味くない』って王様にスッシーを手で食べさせるくらいだからね」

「……一体何者なのよ、アンタの師匠は?」

「ランガースさんだよ。宮廷料理長のランガースさん」

「宮廷料理長!?」

「ランガースさんは本当にスゴい人でね。料理の腕だけじゃなく、人間としても尊敬できる人なんだよ。料理の常識を覆すような新料理を生み出すし、食わず嫌いの王様にピマーンを食べさせるために、十種類以上のピマーン料理を開発しちゃうし。そして、8歳の子どもを弟子に取ってくれるし。本当に師匠には頭が上がらないよ」


 話が弾む中、食事も進んでいく。

 吸い物と5種のサッシーミ盛りを平らげ、次いで出てきたのが串揚げだった。


「串をお手にとって、そのままかぶりつき下さい」


 給仕の男性がそう告げる。


「ほらね?」

「ホントなのね」


 手づかみで食べるのは屋台など。

 こういったかしこまった店では厳禁。

 それが世間一般のマナーだ。


 だけど、師匠の血潮はちゃんと弟子に伝わっている。

 「笑顔で美味しく食べる」――マナーはそれ以上でもそれ以下でもない。それが師匠の信条だった。


 俺たちもその流儀に習い、串揚げにかぶりつく。

 甘辛いソースが絡みつき、具材の美味さを引き出す。


 季節の具材を中心にした5本の串揚げ。

 どれもが極上に美味しい。


「おいしい〜」

「うん、美味しいね」


 今日何度目か。

 ニーシャの笑みが溢れる。


 本当、師匠の言うとおりだ。

 笑顔で向かい合って美味しい物を食べれば、これ以上の幸せなんか存在しないんじゃないかって思う。


「ほんと、いいお店ね。教えてくれてありがとう」


 ゼリー寄せから始まったコースだったけど、遂に締めのおこげあんかけ。

 ニーシャは完全にこの店の虜になったようだ。


「この味だったら、貴族街でも出店できるんじゃない?」

「そうだね。でも、ジェボンさんは貴族以外でも誰でも食べられるお店にしたいんだって。庶民にちょっと高めの値段設定だけど、『この店で食べられるように頑張って働こう』って思ってもらいたいらしいよ」

「へえ、素敵な考えね」


 最初から最後まで、どれも大変に手の込んだ品々で、ニーシャも大満足だったようだ。

 俺ももちろん、大満足。少しでも美味しいものを提供しようと、手間暇をかけた苦労が伝わってくる。

 ジェボンさんの人柄が伝わってくる優しい料理だった。

 俺たちは会話を弾ませながら、出てくる料理に舌鼓をうつばかりだった。

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