30 再度ワルスの森
『どうしたのアル?』
中級回復ポーションが作れた喜びの中、作業を続けていると、ニーシャから【通話】があった。
『作戦成功だ』
『えっ、できたの?』
『ああ、中級回復ポーション作れたよ』
『ホントっ!? じゃあ、急いで帰るわね』
『まだ、いろいろ試してる最中だから、そんなに急がなくてもいいよ』
『じゃあ、こっちもキリがいいところで引き上げて帰るわね』
『うん』
『遅くとも昼食までには帰るわ』
『分かった。気をつけてね』
俺は一本目の中級回復ポーションが作れた後も、試行錯誤を続けていた。
どうやったら、より効率的に早く、大量のポーションが作れるかだ。
魔素ボールの大きさを変えてみたり、個数を増やしたり。
大きくするのはやはり、効率が悪かった。体積に対する表面積が小さくなるので、余計に時間がかかってしまう。
色々なサイズで試した結果、1つの魔素ボールを2つに分けてやるのが一番効率がいいことが分かった。
ということで現在は大型のミスリル鍋に変えて、その中で数百個の小さな魔素ボールがクルクル回っている状態。
しかも、すぐに毒素を分離できるので、次から次へと投入しなきゃならない。
そして、分離できた魔素ボールは隣のミスリル鍋へ投入。
撹拌は風魔法でオートになっている。
いったい、いくつの魔法を同時に使っているのか、分からなくなるほどだけど、まあ、まだ許容範囲内だ。
「ただいま〜」
「おかえり〜」
「って、スゴいことになっているわね!」
ニーシャが驚きの声を上げる。
いろいろ同時進行しているせいで、狭い部屋の中は足の踏み場もない状況だ。
テーブルの横には山と積まれたダイコーン草。
そこからひとかたまりが【飛翔】で浮き上がり、そろって根っこが【空斬】で切り落とされる。
ダイコーン草の束からは魔素が抽出され、小さな魔素ボールに成形される。
そして、それはテーブルの上の赤黒い液体の満たされた鍋に移され、コロコロと液面上を転がされる。
そして、毒素を抜かれた魔素ボールは隣の鍋――マナ・ウォーターで満たされた鍋だ――に投入される。
鍋は風魔法で撹乱されている。
そして、十分に色濃くなった鍋の中身はポーションプールに移される。
「コレ全部中級回復ポーションなの?」
「そうだよ。多分間違いないと思うけど、一応鑑定してもらえる?」
「ええ、いいわよ」
ニーシャが鑑定眼でポーションプールを凝視する。
「うん、間違いなく中級回復ポーションね。しかも最高品質」
「よかった。お墨付きが貰えて安心したよ」
「すごいわね〜、ほんとにやったのね」
「まあね、苦労したけど、なんとかできたよ」
「それで、この隣のは毒薬よね?」
さすがニーシャの鑑定眼だ。
ひと目で正体を明らかにした。
「そうだね。ポーション作りの副産物でできちゃったんだ。何かに使えないかと思って、一応取ってある。ニーシャの鑑定だとどうなの?」
そう、ファング・ウルフの血液はダイコーン草の毒素をたっぷりと吸い込み、極めて毒性の高い液体へと変貌したのだ。
「そうね、初級毒薬だわ。こっちも需要あるわよ」
「へえ、そうなんだ」
「ええ、武器に塗ったり、後は農地の柵に塗って魔獣除けにしたりね」
「なるほど、じゃあ、こっちも瓶詰めしたほうがいい?」
「ポーションとは違っていくつか規格があるから、まだ詰めなくていいわ。後で調べておくから」
「うん、わかった。後少しでキリがいいから、それが終わったら一緒にご飯にしよう。二人でお祝いだ」
「ええ、わかったわ」
「せっかくだから、今夜はご馳走を食べに行かないか?」
「いいわねえ」
「いい店を知ってるんだ。ちょっと値は張るけど、味は保証するよ」
「値は張るってまさか、白金貨じゃあないでしょうね。」
「大丈夫。金貨数枚だよ。俺ってそんなに非常識だと思われてるの?」
「だって、今までが今までだから、しょうがないじゃない」
とまあ、そんなやり取りはあったけど、俺とニーシャは今夜は俺のオススメの店で打ち上げを行うことになった。
◇◆◇◆◇◆◇
昼食を宿で済ませ、俺はワルスの森をひとり再訪していた。
中級回復ポーション作りが上手くいったので、もうひとつ試したいことがあるのだ。
森の中心部へ飛び、【魔力探知】を発動する。
今回の目的は2つ。
ホワイト・ギーネ草とシルバー・ウルフの血液だ。
【隠密】と【魔力探知】をかけ、こちらの存在を気づかれないようにしたまま、奇襲で殲滅する作戦だ。
ちょっと実験したいことがあるので、群れではなくはぐれ個体をまずは探す。
――居た。
すぐ先の数十メートル付近を具合よく、1頭のシルバー・ウルフがうろついていた。
【身体強化】で強化した俺は高速でそいつに襲いかかる。
気づかれる前に背後に回りこみ、【剣強化】で刀身を伸ばしたミスリルナイフで一刀両断。
シルバー・ウルフを絶命させる。
断面をマナでコーティングし、血液の流出は防いでおく。
問題はこの後の剥ぎ取りだ。
上手に血液を採取できるか?
午前中の方法ではファング・ウルフの胴体から血液を力技で絞りとった。
この方法だと確実に血液を採取することは出来るけど、欠点がひとつある。
肉ごとに絞ることになるので、肉に血液が染みこんでしまい台無しになるのだ。
せっかく、美味と評判で俺も好物のひとつであるシルバー・ウルフの肉なのだ。
どうせなら、肉もムダにしない方法で血液を採取したい。
まずはミスリル大鍋を地面に置き、血を受ける準備をする。
そして、【飛翔】の魔法でシルバー・ウルフの胴体を鍋の上に浮かす。
首の断面を下に向けたままの体勢だ。
首周りのマナコーティングを解除すると、断面から血液が滴り落ちる。
このまま、放っておけば、自然と血抜きが出来る。
肉もムダにならない方法だ。
しかし、やたらと時間がかかる上、どうしても肉に血が回るのを防げない。
そこで、魔法の出番だ!
俺は【重力】をファング・ウルフの胴体にかける。
胴体自体は、【飛翔】を強めて、動かないようにしておく。
こうすると、血液が強く下に引かれ、噴水のように血液が噴出。みるみるうちに、大鍋に血液が溜まっていく。
「よしっ、成功だ」
大した時間もかからずに、血抜きに成功した。
【魔力解析】で見る限り、肉にはほとんど血液が回っていない。上質なシルバー・ウルフ肉もゲット出来た。
肉や皮をバラすのは後にして、そのまま【虚空庫】に放り込んでいく。
「うん、上手くいった。この調子でガンガン狩っていくか」
あたりを【魔力探知】。
丁度いい群れを発見した。
15頭の群れだ。
俺は群れに向けて音もなく走りだした。
司令塔と覚しきボスのウルフに背後から忍び寄り、ミスリルナイフで一刀両断。
頭部と胴体を切り離し、シルバー・ウルフのボスを躯に変える。
ゴトリというシルバー・ウルフの頭部が地面に落ちる音に数頭が振り向くが、その時にはもう遅い、俺は2頭目、3頭目と次々に切り落としていく。
15頭の群れを殲滅するのに、一分もかからなかった――。
こうして、シルバー・ウルフの群れを狩りまくり、ホワイト・ギーネ草を刈りまくっているうちに日が暮れてきた。
俺は大量の戦利品の山を抱え、ニーシャの待つ宿へと帰還を果たした。




