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3 北の森

「さーて、これからどうしたものかな……」


 大地に降り立った俺は、ひとりつぶやきながら思案を巡らす。

 現在地は王都エルディアの北側。深い森の間を抜けるようにして通っている、王都へと向かう街道を歩いているところだ。

 急ぐ旅でもないし、目的も定まっていない。

 考え事をしながら、王都へ向けてゆっくりと歩みをすすめる。


 前々からカーチャンの元を離れて、一人でモノづくりしながら生きていきたいとは思っていた。

 けど、その日が本当に実現するとは思ってもいなかった。

 後悔は全くしてないけど…………これから具体的にどうして行くかはノープランだ。


 この一週間いろいろと考えては見たが、結局いいアイディアも浮かばなかった。

 作りたいものがいっぱいありすぎて、どれからにするかを決めかねていたのだ。

 決まっているのはとりあえず王都を目指すということだけ。

 それからなにするか、成り行きに任せて決めていこうと思う。

 やりたくないことははっきりしてるんだけどね。例えば――。


 俺は勇者になるつもりはない。

 世界を救おうなんて思っていない。

 誰かのために生きるつもりはない。


 俺は自分のために生きるんだ。


 また、冒険者をやって、モンスターを倒して生きてく生活を選ぶつもりはない。

 カーチャンに鍛えられたおかげで、俺の戦闘力はそれなりだ。

 幻獣や神獣ならともかく、魔獣ごときには遅れは取らない。

 モンスターを狩ってお金を稼いで生きていくことは簡単だろう。

 でも、それはしないつもりだ。

 必要な素材を得るためにモンスターを倒すことはあるだろう。だけど、それを生業にしていく気はない。

 俺はモノづくりで生計を立てていきたいんだ。

 自分の作った物を売って生活費を得るんだ。


 そして、モノづくりのためとはいえ、誰かに使われる気もない。

 誰かに命じられてモノを作るなんてまっぴらだ。

 俺は自分のためだけに、自分が作りたいものを、自分のチカラで作りたいんだ。


 それに――。


「カーチャンのコネは使いたくないなあ……」


 あんなカーチャンでも一応は元勇者だ。その人脈はハンパない。

 冒険者ギルドのギルドマスター、大商会の元締め、魔法学院の学院長、果てには諸国の王侯貴族までまで。

 この世界の超大物たちが勢揃いだ。


 カーチャンの名前を出せば、そんな大御所たちが二つ返事で力を貸してくれるだろう。

 楽をして生きてくなら、そうすべきなんだろうけど……。

 一人でやっていくって飛び出したのに、カーチャンの力を借りるのは親の七光でカッコ悪いな。

 大変かもしれないけど、俺だけの力でどうなるか挑戦してみるつもりだ。


 それに、できれば俺が勇者の息子だってことは知られたくない。

 勇者の息子として見られるのは……正直もうウンザリだ。


 俺がカーチャンの息子だと知った人はみな、俺にも期待する。

 「アルベルト君も勇者になるのかい?」と聞いてくる。

 「世界を救ってくれよ」と頼まれる。

 そうでなかったとしても、期待を込められた目で見られる。

 俺が勇者になることをみんな期待する。


 勇者になる気なんてこれっぽっちも持ち合わせていない俺にとっては、人々の無責任な期待は苦痛以外のなにものでもなかった。


 そういうわけだから、できるだけ勇者の息子だってことは隠していこうと思う。

 実のところ、さっき言った大御所たちには既に顔が割れている。

 けど、あまり目立ったことせずに、ひっそりと生きていけばバレないだろ。

 別に俺は名を上げたいわけじゃない。

 誰にもジャマされずに、落ち着いてモノづくりができれば、俺は幸せだ。

 最悪、バレタとしても、他人の空似で押し切ればいいことだしな。


「よしっ。今日から俺は、ただのアルだ。勇者の息子アルベルト・クラウスじゃない。ただのアルだっ!」


 そう決心したら、なんか気持ちが楽になり、足取りまで軽くなった気がする。


「あっ、いいもの見っけ」


 浮かれ調子で歩いていた俺は、街道沿いの木々に特徴的な傷がいくつも付けられているのを発見した。

 太く曲がりくねったウルカの木。その幹には、人間の腰ほどの高さの位置に深く抉られた二本線があった。ファング・ウルフの噛み跡だ。


 狼に似た魔獣のファング・ウルフ。だが、その体長は2メートルにも及び、その鋭い牙は革鎧程度なら軽く引き裂く。

 マーキングとも、伸びすぎた牙を研ぐためとも言われる、この噛み跡があるってことは、この辺りはヤツらの生息圏だってこと。

 そして、ファング・ウルフの縄張りには、とある()()()()がある可能性が高い。


「ヤツらは夜行性だったはず。それにざっと見た感じすぐそばには居なそうだな」


 群れをなして広い縄張りを巡回しながら、自分たちよりも大型のエモノであっても集団で狩ってしまうファング・ウルフ。

 その活動時間帯は主に夜。闇夜に紛れ、音もなくエモノに忍び寄るというのがヤツらの狩猟スタイルだ。


 とまあ、偉そうに語ったけど、俺自身はファング・ウルフに出会ったこともない。

 書物から仕入れた知識だ。


 念の為に周囲を風魔法で【索敵サーチ】してみたけど、1キロメートル圏内にヤツらの気配は感じられないので、俺は鬱蒼と茂る森の中に分け入っていくことにした――。


 折り重なる木々の枝を避けながら、森の中を進むこと暫し。

 ポッカリと開けた空間に、俺は探していたモノを発見した。


「おお、あったあった」


 期待していたとおりに、そこには薬草の群生地があった。


 居ても立っても居られなかった俺は、そこに駆け寄り【虚空庫インベントリ】からミスリル製のナイフを取り出しながら屈みこんだ。

 そっと草に手を伸ばし、よく観察してみる。

 ギザギザとした特徴的な形の葉っぱ。

 普通の植物からは感じられないマナの流れも、微弱ではあるが確かに確認できる。

 実物を目にするのは久々だけども間違いない。ダイコーン草だ。


 薬草という名前の草があるわけではない。

 最下級の体力回復アイテムである『初級回復ポーション』の原材料となる草々――ダイコーン草、ニジーン草など――を総称して『薬草』と呼ぶのだ。

 同じように回復ポーションの素材になるものでも、より効能が高いものとして『上薬草』や『特薬草』などがある。


 薬草はそれほど高価なものではなく、初級冒険者が採取の対象とするようなものだ。

 だけど、そんなものでも、久しぶりの採取とあって、俺にとっては十分に胸踊らせる存在だった。

 それに、旅立って最初の獲物が初心者向けのダイコーン草だってのも、なんかそれっぽい感じがして良いな。


 薬草に限らず、ポーション類の素材となる植物は、傷が付いてしまうと、その瞬間から劣化が始まってしまう。

 すぐにダメになるわけではないが、その薬効を十全に活かすためには、処置を行うその時まで傷がない状態を保っておくことが望ましい。


 そのために、俺は無属性魔法の【魔力解析アナライズ・マナ】を発動させる。

 こうすれば、ダイコーン草の微弱なマナの流れを感知できる。

 その葉や茎だけでなく、根っこにも傷を付けないようにと気をつけながら手を伸ばす。

 ナイフを握る手が、緊張と興奮のあまり小刻みに震えているのが自分でも分かった。

 「落ち着こう」

 そう言い聞かせ、大きく深呼吸してから、慎重に土を掘り起こし始めた。


 慎重にやりすぎたせいか、ひとつ目のダイコーン草を傷つけることなく採取するのに5分以上もかかってしまった。

 だけどそのおかげで、傷ひとつない完全な状態で採取できた。

 これくらいの群生地であれば、根ごと採取しても枯渇する心配はない。

 まだ採取には適さない未熟なダイコーン草がいっぱいあるのだ。

 だから、俺はより状態のいいものを取るために、根ごと採取したのだ。

 じっくりと最初の収穫物を眺めて満足した俺は、【虚空庫インベントリ】に放り込んだ。


 時空魔法のひとつ【虚空庫インベントリ】は、いろいろなモノを収納できる便利な魔法だ。

 旅をする際にも、大きな荷物を持ち歩く必要がないし、採取した素材を入れておけば劣化しないというメリットもある。

 一応は容量制限もあるけど、ここに生えているダイコーン草くらいなら、全部入れても誤差の範囲内だ。


 十分な広さがあるここならば、俺の採取欲を満たしてくれることだろう。

 思う存分採取するぞ、と俺は宝の山に向かい作業を続けることにした――。

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