27 ワルスの森
翌朝。
朝食を済ませた俺は、一人で目的地に向かう。
目指すはワルスの森。
中級回復ポーションの材料となるホワイト・ギーネ草が生えていて、シルバー・ウルフの縄張りでもある森だ。
王都から東に馬車で半日と、少し離れたところにある森だ。
幸運なことに、俺は過去にこの森を訪れたことがあった。
目的は忘れたけど、カーチャンと一緒に数年前に来たのだ。
だから、【転移】の魔法でひとっ飛び。
俺は街道沿い――森の入り口付近へと転移した。
今回の目的は採取でも、討伐でもない。森の調査だ。
俺は無属性魔法の【隠密】で気配を薄くする。
それとともに、【身体強化】で身体能力を高める。
俺は森に入り、全力で走りながら、森を観察していく。
森の浅いところにホワイト・ギーネ草の群生地を幾つか発見する。
だが、どの群生地も近くにシルバー・ウルフの縄張りを示す爪痕が刻まれた木々がある。
ファング・ウルフが牙で攻撃してくるのに対し、シルバー・ウルフは爪で攻撃してくる。
その鋭さと強さはファング・ウルフの牙の比じゃない。
俺もシルバー・ウルフとは戦ったことがあるが、その強さは段違いだった。
その上、群れでの狩りもファング・ウルフより、タチが悪い。
頭脳が発達していて賢いのか、見事な連携で絶え間なく攻撃し、獲物を弱らせていくのだ。
そんなシルバー・ウルフの縄張り近くで薬草を採取するのは命懸けだろう。
こんな浅いところまでシルバー・ウルフの縄張りになっているとは……。
これは森中すべてがヤツらの縄張りかもな……。
俺はさらに森深くへと入っていく。
いるいる。シルバー・ウルフや他の魔物たちがごろごろと生息している。
俺は気配を消しているので平気だが、そうでなかったらとっくに取り囲まれているだろう。
たしかに、この森でシルバー・ウルフに見つからずに薬草採取するのは無理だろう。
俺はあちこち見まわり、モンスターを確認していく。
シルバー・ウルフ以外のモンスターはいるけど、どれも格下だ。
やはり、この森ではシルバー・ウルフが頂点の存在のようだ。
上位者がおらず、我が物顔でこの森を支配しているんだろう。
ファンドーラ商会のスティラさんの話では、シルバー・ウルフが増え出したのは数年前らしい。
その数年前になにがあったのだろうか……。
俺の疑問はしばらく森を探索した後に明らかになった。
森の中央付近だった。
そこだけポッカリと開けた土地だ。
下草だけが生えていて、木々は存在しない場所だ。
周囲の木は焼け焦げた跡がある。
俺はこの場所に見覚えがあった。
この場所に来てようやく思い出した。
俺がカーチャンと一緒にこの場所に来た理由を。
「パイロ・ヒュドラだ」
パイロ・ヒュドラ――巨大な胴体に9つの首を持つ大蛇。
当時10歳だった俺はどうしてもパイロ・ヒュドラの鱗が欲しかったのだ。
それで、カーチャンにねだってここに連れて来てもらったんだ。
森の主として君臨するパイロ・ヒュドラだったけど、カーチャンの前では形なしだ。
あっという間に9本の首を落とされ、ご臨終。
俺は欲しかった鱗が手に入って、めでたしめでたし。
…………って、俺のせいじゃねえかっ!!!
森の主だったパイロ・ヒュドラをカーチャンがやっつけちゃったから、二番手だったシルバー・ウルフが増殖しちゃったんだよ。
完全に俺の責任だ。
そして、俺はもうひとつ、ヤバい事態に思い当たる。
つーことは、北の森もやべーじゃんか。
先日ダイコーン草を狩りまくった北の森も主であるタイラント・グリズリーを倒してしまった。
ファング・ウルフも狩りまくったけど、全滅するまでは狩っていない。
今は個体数を減らしているけど、すぐに増殖してしまい、この森と同じように森中がファング・ウルフの縄張りになっちゃうじゃんかよ…………。
どうしよ?
降って湧いた困難に直面し、俺は混乱する…………。
「よし、ニーシャに相談しよう」
俺は問題を相談するべく、森を後にした――。
◇◆◇◆◇◆◇
「――――という次第なんだが」
「………………頭痛い」
相談を持ちかけた第一声がそれだった。
「アルの非常識っぷりには慣れたつもりだったけど、簡単に斜め上を越えて行くわね」
「なんかすまん」
「いいわよ、今に始まったことじゃないし。それより、どうするつもりなの?」
「うーん、どうしよっか。シルバー・ウルフを討伐するのは大した困難じゃないんだけど……」
「困難じゃないんだ」
「まあ、ファング・ウルフより少し強い程度だしね」
「騎士団が討伐に出るレベルなのに、その扱い……」
「でも、なんか違う気がするんだよな」
たしかに俺がシルバー・ウルフを討伐すれば問題は解決するだろう。
だけど、その方法はクラフターらしくない。
なんとか、物づくりで解決したいところだ。
「ねえ、アル。素人の意見だから、見当はずれなこと言うかもしれないけど、聞いてもらえるかしら」
「うん、もちろん」
今はどうしたらいいか、皆目見当も付かない状態だ。
なにかヒントになるものでもありがたい。
「あのね、アル。前も言ったけど、普通は初級回復ポーション1本作るのにはダイコーン草が5株必要だって話したわよね」
「ああ、覚えてるよ。それが普通らしいな」
「それに対し、アルの作り方だと1株で1本できちゃうのよね?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、アルの作り方で1株じゃなくて、5株使ったらどうなるの? より強力な回復ポーションが作れるんじゃないの?」
ニーシャの意見を聞き、俺は思考を巡らせる。
5株で1本……………………。
「ああ、それは無理だな」
「そうなの?」
「昔、試したことがあるんだ。ニーシャの言ったやり方で」
俺は当時のこと思い出す。
たしか、7歳ぐらいの頃だったろう。
初級回復ポーションを作れるようになった俺は、「薬草の量を増やせばもっと効能を上げれるんじゃないか」と単純にそう考えた。
だが、それはもちろん失敗に終わった。
「ダイコーン草にかぎらず、薬草ってのは必ず毒を含んでいるんだよ」
「それは知ってるわ」
「回復機能のある魔素と毒素は分離できないんだよ。だから、ニーシャが言ったように5株使った場合、効能も強くなる分、毒も強くなる。とても使用できる代物じゃないよ」
「なるほどねえ」
ニーシャは考え込む。
「じゃあ、魔素と毒素を分離して、毒素だけ取り除ければいいのね?」
「まあ、そうだな。でも、言うは易し。俺は分離する方法を知らない」
「なんとかならないかしら」
「うーん」
簡単に出来るなら、すでに誰かが思いついて実行しているだろう。
だから、出来るとしても、それは困難な方法なんだろう。
だからといって、諦める気はない。
出来ないっていわれると、よけいにやってみたくなる。
今回の騒動の発端が俺のせいってことで責任も感じてる。
クラフターとして生きようとした俺に与えられた試練な気もする。
「ダメかもしれないけど、いろいろ試行錯誤してみるよ」
幸い、素材のダイコーン草は山のように残ってる。
「うん、頑張ってね」
ニーシャの言葉に背を押され、俺はやってやるという気になった。




