267 リンドワースと里帰り5
などと話していると、消失した山脈の向こうから、なにかがこちらに急接近――。
――って、カーチャン以外にあり得ないんだけどな。
ジャンプした(と言っていい距離か微妙だが)カーチャンがこっちに向かってくる。
だが、勢いがつきすぎている。
このままじゃ、ウチの家を巻き込む大惨事だが――。
カーチャンはセレスさんが貼った障壁にベシンと衝突。
普通の人間だったら、粉微塵。
死体も残らない勢いだった。
だけど、カーチャンは人間じゃないので、「いててて」とちっとも痛くなさそうに立ち上がった。
きっとひじの裏をつねった時と同じくらいの痛みなんだろう。
カーチャンがこっちを見る。
最高の笑顔をしている。
ここまでご機嫌なカーチャンは滅多にない。
よっぽどリンダールがお気に召したようだ。
「アル、リンドちゃん」
言うなりカーチャンは二人まとめてハグしてきた。
「にひひひ〜。ありがと〜。最高のプレゼントだよ〜」
「ちょっ!」「きゃっ!」
カーチャンのハグは強烈で、リンドワースさんの柔らかさといい香りがぎゅっと閉じ込められる。
俺はドキドキしてしまうが、それはリンドワースも同じようで顔を真っ赤にして「あわあわ」言っている。
尊敬している人物にハグされて、テンパっているんだろう。
やがて、飽きたカーチャンは俺たちを開放すると、出し抜けに言い出した。
「ちょっと、魔王のとこ行ってくるっ!」
「はっ? 魔王? ちょっ、待てよッ!!!」
俺が静止するより早く、カーチャンはまたどっかへ飛んで行った。
子どもかよ……。
「あらあら、相変わらずあの子は落ち着きがないわねえ」
セレスさんは孫を見るお祖母ちゃんみたいな物言いだ。
まあ、神様から見たら、俺たち人間は子どもか孫みたいなもんだろう。
確かにカーチャンの落ち着きのなさは一級品だ。
今までも、その時の思いつきだけで、あちこち連れて行かれた。
被害者の俺が一番良く知っている。
おかげで世界中、見て回った。
例外は魔族が住む魔大陸くらい。
それ以外の場所は大抵【転移】で行くことが出来る。
ふう。とため息をついて、リンドワースさんを見る。
まだ、夢うつつといった調子でぽぉっとしてる。
「リンドワースさん?」
「はっ!?」
呼びかけると、現実に帰ってきたリンドワースさんと目があったのだが……こちらを見つめ、一段と顔を赤くする。
「どっ、どうしたっ、アルっ」
なんか、慌てているリンドワースさんは見慣れなくてカワイイ。
「大丈夫ですか?」
「なっ、なにをっ、だっ、大丈夫だっ、私は大丈夫だぞっ」
慌て気味に噛み噛みで喋る様子はちっとも大丈夫じゃなさそうだ。
「でも、良かったですね。カーチャン、めちゃくちゃ喜んでましたよ」
「あっ、ああ。そうだな……、ほんとうに…………よかった」
リンドワースさんの瞳から綺麗な雫ががこぼれる――と思ったら、勢い良く抱きつかれた。
「ありがとう……ありがとう……アルのおかげだよ……」
泣きじゃくるリンドワースさんの頭を撫でる。
彼女の体格だと子どもをあやしている感覚だ。
リンドワースさんの温かさが伝わってくる。
ようやく俺も、自分が良い仕事をしたって実感できた。
「もう……大丈夫」
落ち着いたリンドワースさんが身体を離した。
そこにセレスさんがタオルを差し出す。
「あっ、ありがとうございます」
女神様からタオルを差し出され、恐縮している姿も可愛かった。
「なあ、アル」
「なんでしょう?」
「また、今度一緒に剣を打ってくれないか? 今回ほどの物ではないが……」
「ええ、そうですね。俺もやりたいです」
「アルと鍛冶るのは楽しかった……」
「ええ、俺も楽しかったです」
なんか「鍛冶る」という聞き慣れない単語が出てきたけど、気にしない気にしない。
「約束だ!」
「はいっ!」
「いつでもウチの工房に遊びに来てくれ! それと、また一緒に呑もう」
「ええ、喜んでっ!」
リンドワースさんがにっこり笑顔に戻ったところで、俺は切り出した。




