261 リンドワースと共同制作12
いよいよ、魔ならしが終わった玉鋼の板を剣の形に整えていく工程――打ち出しだ。
剣の形状はそのまま剣の性能に直結するので、一番大切な工程とも言える。
しかし、今回は話が別だ。
今回に限っては、一番楽な工程だ。
普通の刀剣作りの場合は気を使わなければならないポイントがいっぱいある。
長さ。
幅。
厚さ。
切っ先の形状。
刃の鋭さ。
重心。
などなど……。
しかし、今回作る形状は極めてシンプル。
――刃を厚く。
――剣先がとんがっている必要もない。
――要するに分厚くて細長い板に持ち手をつければいい。
これが今回打つ剣の形状だ。
刃身(刃がないのでそう呼んでいいのか疑問だが)の厚さを均一に平たく形を整え、グリップを作れば良いだけだ。
寸法については――。
刃渡り2メートル。
幅30センチ。
厚さ4センチ弱。
グリップの長さが30センチ。
柄頭は直径5センチの球形。
重量に至っては360kg。
前回リンドワースさんが打った『最高傑作』が80kgなので、重さは4.5倍になっている。
とても剣と呼べるものじゃない。
極重玉鋼板(持ち手付き)と呼んだ方が適切だ。
普通の人には無用の長物。
重たくて場所を取るだけで、なんの使い途もない。
間違いなく、これを使いこなせるのはカーチャンだけだ。
しかも、カーチャンがこの剣を使ったからといって、なにが変わるわけでもない。
武器というのはそもそも、勝てない相手に勝つための道具だ。
しかし、カーチャンは武器を持たずとも、素手で世界最強だ。
鬼に金棒じゃないが、世界最強がますます最強になるだけ。
世界にメリットはない。
唯一のメリットは、カーチャンが喜ぶくらいだ。
こんなバカげた物を作ろうって言うんだから、リンドワースさんは大馬鹿だ。
そして、それを手伝おうっていう大馬鹿がいる。
技を盗もうと真剣に観察している大馬鹿がいる。
酒を呑みながら楽し気に見ている大馬鹿がいる。
大馬鹿の集まりだ。
こんな楽しい経験は人生に何度もないだろう。
作業も山場に差しかかり、俺は楽しくてしょうがなかった。
さっきの魔ならしは俺が主役だった。
そして、次の打ち出しはリンドワースさんの出番だ。
鍛冶師が生涯最高の一品を作り出す瞬間。
彼女の人生で、間違いなくこの瞬間が一番のハイライトだ。
そんな場面に立ち会えることの貴重さ。
しっかりとこの目に焼き付けよう。
ナナさんも俺と同じように、真剣な眼差しで師匠を見つめている。
バッカス様も「酒が旨いで〜」と楽しんでいる。
そんな中、リンドワースさんは鎚を振るい始めた――。
静かな工房内にリンドワースさんが玉鋼を叩く音と、バッカス様の鼻歌だけが響き渡る。
真剣な場面にその鼻歌はどうかと思うが、相手が神様なので、言っても始まらない。
それに、集中しきっているリンドワースさんには届いていないようだ。
それにしても、まったく無駄のない見事な鎚さばきだ。
この前、見学させてもらった時よりも、凄く見えるのは集中力のせいだろう。
一世一代の大仕事。命を削るかのごとく、一心不乱に鎚が振るわれる。
覚えよう。
この鎚さばきを覚えよう。
筋肉の動きを覚えよう。
戦闘訓練で師匠たちの動きを覚えたように、リンドワースさんの動きを覚えよう。
玉鋼は本来あるべき形に戻るかのように、完成形に近づいていく。
鎚のひと振りごとに、玉鋼に命が吹きこまれていく。
ただの金属から、生きた武器へと変わっていく。
リンドワースさんの魂が、武器に宿っていく。
そして――。
「できたあ〜〜〜!!!」
飛び上がって喜ぶリンドワースさん。
見た目と同じく、まるで少女のような喜びぶりだ。
厳密にはまだ完成ではない。
まだ、いくつかの工程が残っている。
しかし、それは簡単な工程。
ミスのしようがない。
そういう意味では、これで完成と言ってもいいかもしれない。
「アル、ありがとう。君のおかげだ」
「まだ喜ぶのは早いですよ。さあ、残りを終わらせちゃいましょう」




