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26 金銭感覚

 ファンドーラ商会での取引を無事に終え、俺たちは宿屋に戻ってきた。

 結構長居してしまったようで、今は午後4時過ぎ。夕食までは少し時間がある。


「さあ、これが今回の売上よ」


 ニーシャがテーブルの上に白金貨を並べていく。

 全部で20枚だ。


「おお」

「あれっ? 反応薄いわね。2千万ゴルよ? 白金貨よ?」

「まあ、お年玉とか、お小遣いとかで、見慣れてるしなあ」

「……………………」

「なんか、すまん」


 ぽかんと大きく口を開けるニーシャに俺は謝ることしかできなかった。


「ねえ、アル、これがどれくらいの額かわかる?」

「そう。分かんないんだよ。俺にはそれが分かんないんだよ」

「はいっ?」

「俺の金銭感覚がおかしいことは薄々気づいていた」

「そうなの? 自覚はあったんだ」

「ああ。それで、今日の取引で実感した。俺はちゃんとした金銭感覚を身につけなければならない」

「自分でそれに気づくなんて、スゴいじゃない」

「ああ、俺はいろいろと常識を知らない。普通がなにか分からない。でも、馬鹿じゃあないつもりだ。知らないことは教えてもらえばいい。そう思ったんだ」

「すごいすごい」

「だから、ニーシャ、俺に庶民の金銭感覚を教えてくれ」

「ええ、いいわよ。喜んで。みっちりと叩き込んであげるから」


 そこからニーシャ先生の金銭感覚講座が始まった。

 子どもが2人いる家庭の平均的な年収は20万ゴル。

 つまり、俺たちは今回の取引で平均的家計収入100年分を手にしたのだ。

 二人で山分けしても50年分。

 遊んで暮らすというわけには行かないが、十分な金額だ。

 一週間もかけずに、これだけの大金を稼げてしまったのだ。大した苦労もせずに………。


 それ以外にも、様々な物価を教えてもらった。

 この宿の部屋は一泊で700ゴル。平均より少し高い価格。

 食事は一食50〜100ゴル。

 屋台の軽食なら、30〜60ゴル。

 初級薬草1株で10ゴル。

 初心者用冒険者装備が一式で15,000ゴル。


 とこんな感じだ。


 説明にあったように泊まってるのはそこそこ良い宿だ。

 せっかく、大金も入ったことだし、もっと良い宿に移ろうか、とニーシャに提案したところ、


「本来なら、セキュリティ上、良い宿に泊まるべきなのよね。でも、【共有虚空庫シェアド・インベントリ】があるから、その心配はないのよね。だったら、このままでいいんじゃない?」

「ニーシャは良い宿に泊まってみたいとは思わないの?」


 俺は過去に、カーチャンといろんな宿に泊まった経験がある。

 基本的に、どの宿もその街で最高級と呼ばれる宿だった。

 そういった場所は寝具も快適だし、料理も美味しい。

 見たこともない料理が出てくることもあるし、料理人としては参考になるから、俺としてはそういう場所に泊まりたい気持ちもある。

 だけど、今のオレはそういった宿に泊まりたくない。


「そういう気持ちもないわけじゃないけど、今は贅沢より開店資金を貯めたい気分よ」

「そうか、俺もここでいいと思ってるよ」


 この宿に不満があるわけじゃない。

 できればここを動きたくなかった。


 なぜなら、高級ホテルの従業員はオレの顔を知っているからだ。

 ホテルマンの記憶力はハンパない。

 数年ぶりに泊まったのに、ちゃんと覚えているからね。

 だから、身バレを恐れるオレとしては安全なここにいたいのだ。


「わかったわ。じゃあ、住居が手に入るまではこのままここに泊まりましょう」

「今回の儲けじゃ足りないのか?」

「買えないわけじゃないけど、もっと良い立地に店を構えたいのよね。それには足りないわ」

「そうなのか」


 高いな家。


「私たちは商人としての実績がないでしょ。だから、目抜き通りに店を構えないとならないのよ」

「洋服やアクセサリーで着飾るのと一緒か?」

「そうそう。飲み込みが早いわね」


 良い場所に建っている。

 それ自体がステータスになるんだな。


「じゃあ、今回の収入を分けましょう。ほとんどがアルの手柄だったから、アルが9で私が1。それでいいかしら?」

「いいわけないだろう。二人の稼ぎなんだから、【共有虚空庫シェアド・インベントリ】に入れておけばいいだろう。それで必要になったら、そこから使えばいいじゃないか」

「本気?」

「ああ。俺は金儲けに興味もないし、才能もないだろう。俺は必要な素材や道具を買う金さえあれば、それで十分だ。残りはニーシャが上手に使ってくれよ」

「…………」

「俺はニーシャを信頼しているし、それ以上に自分を信頼している。ニーシャがその金を持ってトンズラするより、俺と一緒にいる方が価値がある。そうニーシャに思わせるだけの自信がある。だから、【共有虚空庫シェアド・インベントリ】に入れておいてくれ」

「ええ、わかったわ。そこまで信頼されるならそうしましょう。ありがとう、アル」

「いいや、こちらこそ、ありがとうだ。ニーシャなしでは短期間にこんな成果が得られるなんてできなかったよ。俺一人だったら、完成したポーションの山を抱えて途方に暮れてたよ」


 二人見つめ合い、お互いの信頼を確認しあう。


「アルは明日からどうしたいの?」

「そうだなあ…………」


 ニーシャに話題を振られ、俺はしばし考え込む。

 やはり、気になっているのは中級回復ポーションだ。

 初級ポーションは飽きるまでとは言わないけど、それなりに作り尽くした感がある。

 だから、もう次の物に移ってみたいと思っている。


 『錬金大全』によれば、初級回復ポーションをマスターした調合士の進む道は2つある。

 1つ目は他の種類の初級ポーション――例えば、初級マナポーションや初級解毒ポーションなど。

 幅広くポーションを扱えるジェネラリスト向けの道。

 2つ目は回復ポーションにしぼり、より上位の中級回復ポーションを作る道。

 こっちはスペシャリストを目指す道だ。


 今の俺が目指したいのは後者だ。他の初級ポーションも中級回復ポーションも、俺はどちらでも作れる。

 だけど、このタイミングで中級回復ポーションの依頼が入るとは、なんか運命を感じる。


「やっぱり、中級回復ポーションにトライしてみるよ。明日はその原因の森に行ってみる」

「そうね、分かったわ。私はどうにかこのお金を増やしてみるわ。お金があったらやりたい事いっぱいあったのよね。先立つものがなくて、我慢してたのよ」


 ニーシャは嬉しそうに目を輝かせている。

 俺にとって物づくりが生きがいなのと同様、ニーシャにとってはお金儲けが生きがいなのだろう。


「お金の運用はすべてニーシャに任せるよ。失敗しても気にしないで、俺がなんか作ってすぐに取り戻すから」

「ありがとう、アル」


 ニーシャが喜びのあまり、飛びついてくる。

 おっと、俺はニーシャを受け止める。

 細くて、柔らかい。

 少し力を入れたら折れてしまいそうな、その身体。

 間違いなく女の子の身体だった。

 暖かさといい香りが伝わってくる。

 心臓がトクンと大きく鳴る。


「あっ、ごめんなさい。つい、嬉しくなっちゃって」


 ニーシャは慌てて身体を離す。

 感情が高ぶって、思い切った行動に出てしまったようだ。


「あっ、うん」


 どぎまぎするオレは、そう返すのが精一杯。

 二人して赤い顔して見つめ合ってしまった。

 お互い気まずい。沈黙が流れる。


 オレは耐え切れずに口を開いた。


「ご飯食べに行こっか」

「うん」

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