258 リンドワースと共同制作9
「なあ、アル」
「はい?」
リンドワースさんは真剣な顔で問いかけてきた。
「うちの工房に来ないか?」
「はいっ?」
さっきは穴ぐら亭で料理人になれって言われたばっかだが、今度は工房へのスカウトだ。
リンドワースさんは副業で就職斡旋人でもしてるのか?
「もちろん、弟子入りなんかじゃない。アルは私と対等だ。工房の共同責任者になってくれ」
「鎚も満足に振れない俺がですか?」
俺みたいなへっぽこな鎚さばきしか出来ない人間がトップに立ったとしても、誰もついて来ないだろう。
職人とはそういう人種だ。
リンドワースさんとこの工房の職人とは友好的な関係だけど、それは対等な関係だからだ。
上下関係になったときに、上手くやれるかは話が別だ。
それに、共同責任者の話なら、ノヴァエラ商会で十分に間に合っている。
これ以上仕事を増やしたら、好きなことをやる時間がなくなってしまうぞ。
「確かに鎚さばきに関してはまだまだ至らぬ点がある。だが、アルの魔力操作はそれを補って余りあるレベルだ。魔力操作の技だけで匠を名乗っていいくらいだ」
「ホントですか?」
「ああ。私が認める。古いドワーフたちの中には未だに鎚さばきこそ全てだと思っている輩が多い」
「いや、やっぱり鍛冶師としては、やっぱり鎚さばきが大部分を占めるのでは?」
鍛冶師は鎚を振ってナンボだしなあ。
「否ッ。鎚さばきと魔力操作は鍛冶の両輪。それこそが新しい時代の価値観だ。そして、そのように価値観を変えた者というのが――我らがエノラ師、その人だ」
「エノラ師がっ?」
「ああ、そう教わっていないのか?」
「いえ、俺が習ったのは魔力操作の鍛冶への応用だけで、鎚さばきに関してはロクに教わっていないです」
だから、俺の鎚さばきは自己流でへっぽこなのだ。
最近、リンドワースさんたちの鎚さばきを真似するようになって、多少マシになったけど、まだまだ毛が生えた程度だ。
「そうか。確か、アルの修行期間は短かったんだよな」
「ええ、一ヶ月で」
「たった一ヶ月であれだけの武器を打てて、魔力操作もエノラ師に匹敵するレベル……。信じられん」
「さすがに師匠に匹敵は言い過ぎでは?」
師匠の鍛冶姿は一度しか見たことがないので、師匠の本気がどの程度かは知らない。
だけど、俺からすればリンドワースさんも遥かな高みにいる。
師匠はそれよりも遥かな高みだ。
俺が匹敵するなんておこがましい。
「謙虚だな。うん、それも良い。でも、アルはもっと自信満々に振る舞っていい。もっと俺様でいい。その方が、アルはきっと、もっと、すっ、素敵……だと思うぞ」
なぜか、リンドワースさんは赤くなっている。
「ひゅ〜」という下手な口笛が後ろから聞こえてくる。
なにやってんだ、あの神様は……。
というか、リンドワースさんは俺様系が好きだったのか。
役に立つのか、この情報?
つーか、どういう話の流れだ、コレ?
「ともかくっ。共同責任者の件、前向きに考えてはもらえないだろうか?」
「ありがたい話なのですが、俺は穴ぐら亭の料理人にも、ファンドーラ工房の共同責任者にもなるつもりはありません」
俺はキッパリと断りを入れた。
「俺の夢はノヴァエラ商会を世界一にすることです。俺の役目は商会を守り、支え、育て上げていくことです。俺の仕事はそのために武器に限らずなんでも作ることです。そして、俺の共同責任者はニーシャだけです」
そして、思っていることを正直に伝えた。
適当にはぐらかす事も出来たが、そうしなかった。
リンドワースさんは尊敬できる人だし、これからも大切な関係でありたい。
だからこそ、誠実に心の内を伝えたのだ。
「そうか……」
リンドワースさんが落ち込んでいるところ、後ろから遠慮のない笑い声が聞こえてきた。




