256 リンドワースと共同作業7
俺は食器や椅子、テーブルを【虚空庫】に仕舞っていく。
リンドワースさんもピリピリした雰囲気で道具を並べ直している。
やはり、リンドワースさんといえど、一世一代の大仕事ということでナーバスになっているようだ。
残りの二人はのんびりギャラリーモードだ。
いや、ナナさんは真剣なんだろうが、バッカス様が緩み過ぎているから、そう感じてしまう。
今も、楽しそうに会話している。
「楽しみですね、バッカス様」
「ワイが知らん武器を見るなんて、久方やしな〜。ワイも楽しみやで」
「そうですね。私もワクワクしてます」
「鍛冶師としてもエエ経験や。滅多にないで。ナナの嬢ちゃんもよく見ときーや」
「はいっ! あっ、お注ぎします」
「おう。気ぃきくのう」
ナナさんは空いた大盃に神酒を注いでいく。
それをグイっと飲んだバッカス様が、こちらに声をかけてくる。
「そうや、リンドの嬢ちゃん」
「はいっ!?」
いきなり声をかけられたリンドワースさんは驚いている。
「さっき思い出したんだが、前にリリアんところで嬢ちゃんが作ったおかしな剣を見たことがあるんよ」
「えっ、あの剣ですか? お恥ずかしい物を……」
「ああ、あれは大層なものやなあ。あんなん作るのはよっぽどの馬鹿や、大馬鹿や。だけどな――」
「…………」
「ワイは好きやで。あのバカげた大剣も、それを作った大馬鹿者も」
「あっ、ありがとうございます」
「馬鹿がおらんと、つまらんやろ?」
「はははっ」
「だから、気張らんで、嬢ちゃんが作りたい物を作りいや」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
リンドワースさんは深々と頭を下げる。
頭を上げたリンドワースさんからは先程の強張りが取れていた。
バッカス様なりの応援だったんだな。
さすがは神様だ。
そう思ってバッカス様を見なおしていると――。
「ほれ、嬢ちゃんも飲んで飲んで」
「いただきます」
「おお、ええ呑みっぷりや。ほな、もっと近う寄らんかい」
「はっ、はい」
「ええのう。若いおなごはええのう」
とナナさんに絡み酒。
完全におっさんだ。
もし本当におっさんだったら、即刻叩き出すところだが、あれでも一応神様なんでそうする訳にもいかない。
まあ、ナナさんも本気で嫌がっているわけではなさそうだし、放っておくか。
つーか、この前に会った時から、バッカス様の口から出てくる名前はみんな女性のものなのだが、女の子好きなのか?
まあ、どうでもいいか。
それより、今は自分の仕事だ。
気合入れていこう!
「よしっ、アル、始めるぞッ!」
「はい。こっちも準備オッケーです」
炉の中に圧縮された玉鋼球を放り込んでいく。
インゴットが熱せられるまでの時間。
嵐の前の静けさ。
炉の火が爆ぜる音だけが、静かな工房内に響く。
「出来ました。行きますね」
午前中の圧縮時は熱せられ蒼白くなっていた玉鋼だが、今回は蒼みが薄く、白に近い色合いだ。
色が違うのは先程より低温であるからだ。
もちろん、ちゃんと理由がある。
温度が高すぎると叩いた時に圧縮が解けやすいからだ。
そうならないように、蒼みがなく、白く輝く程度の温度になるよう炉の温度を調整したのだ。
白く熱せられた玉鋼球を取り出し、鉄床に並べる。
最初に取り出したのは2個だ。
まずは、2個のインゴットをくっつけ、一塊にする。
そして、その作業を18回繰り返し、玉鋼球の個数を半分にするのだ。
これを繰り返していき、最終的に一塊の玉鋼球を作り出すのがこの工程――合接と呼ばれる工程だ。
「魔力網オッケーです」
鉄床上の2つの球を魔力の網で覆い尽くし、準備が整ったことをリンドワースさんに伝える。
「よし、じゃあ、くっつけちゃうぞ」
「はい」
2つの玉鋼球を雪だるまのように縦に並べ、リンドワースさんに合図を送る。
「本当に全部魔力でやるんだな……。魔力量は大丈夫か? これから結構大変だぞ? 足りるか?」
「ええ、全然問題ないです。魔力量だけは誰にも負けない自信がありますから」
俺の魔力量はカーチャンよりも、世界最高の魔法使い、大賢者ファデラー師よりも多い。
カーチャンに勝てる唯一の俺の強みだ。
この二人に勝っている以上、ほぼ間違いなく俺の魔力量は世界一だろう。
だから、俺は自信を持ってリンドワースさんに返事した。
「そうか。すさまじいな。でも、頼りになる。しっかりとついて来い」
「ええ、望むところです」
「じゃあ、行くぞッ!」
「はい」
リンドワースさんが鎚をふり上げ、雪だるまの頭頂部に叩き下ろすッ――。




