253 リンドワースと共同作業4
蒼白く熱せられた玉鋼を炉から取り出し、鉄床に下ろす。
「よし、アル、任せた」
「はい」
右手の先から魔力の線を伸ばし、玉鋼球を包み込む。
「これで先ほどと同じですが、これで良いですか?」「ああ、たしかに。完璧だ」
「もう少し強く出来ますけど?」
「ホントかッ!? じゃあ、頼む」
「こんなもんでしょうか?」
魔力の出力を少し上げる。
玉鋼球を包む力が少し上昇する。
「贅沢なお願いだが、もう気持ち上げてもらえるか?」
「ええ、問題ないです」
「おお、素晴らしい。私の場合はこの出力だと最後までもたない。アルは平気なのか?」
「ええ、魔力量には自信がありますから」
「そういえば、魔ならし1万回をやり遂げたんだったな」
魔ならし――金属に魔力を流し込む、鍛冶の基礎技術のひとつ。
エノラ師に弟子入りした時、魔ならし1万回を一ヶ月で終わらせるという、普通だったら考えられない課題を与えたれた。
生まれと育ちのおかげで、魔力はアホみたいにある俺だから、なんとかクリア出来た。
それに比べれば、今回の魔力操作は余裕のうちだ。
「じゃあ、この程度で?」
「ああ、それでいい。これなら、スピードを上げていけるな」
鎚に専念できるようになったおかげで、リンドワースが打つスピードは先ほどより2割増しほど速くなっている。
俺はその一打、一打に集中し、魔力の網でしっかりと受け止めるよう細心の注意を払う。
鎚の力を完全に受け止めないと、力が逸れて、玉鋼が展がってしまう。
それを避けるため、リンドワースの動きを読み、適切な魔力を注ぎ込んでいく。
「さすがはアルだな。その調子で頼む」
「はい。了解です」
リンドワースの要求する水準はクリア出来たようだ。
コツは分かったし、後は集中力を切らさないようにすればオーケーだ。
リンドワースが一打ちする度に、玉鋼を少し回転させ、全体に満遍なく力が加わるようにしていく――。
「よしっ、1個終わり」
「はいっ」
今度は1分もかからなかった。
炉の中から蒼白い玉鋼を取り出し鉄床に置く。
魔力操作をしながら、炉の状態もチェックして、玉鋼を出し入れしなければならないが、これくらいの同時作業ならどうということはない。
「アルのサポートがあると、本当にやりやすいな。少しずつスピードを上げていこう。ついて来れるか?」
「ええ、問題ないです」
リンドワースさんがニヤリと笑う。
「じゃあ、手加減しないぞ」
「ええ、望むところです」
宣言通り、リンドワースさんの鎚さばきはどんどんと加速し、込める力も増えていく。
俺も集中力を高め、それについて行った――。
――午前11時。
「ふぅ。あ〜、疲れた」
リンドワースさんが大きく伸びをする。
途中、軽い朝食を挟んだものの、ほとんど休憩することなく作業を続けてきた。
そのおかげで、36個の玉鋼インゴット全てを20倍に圧縮する作業が完了した。
「予定より早かったですね」
「ああ、アルのサポートがあったからだ」
「いや、それにしても、リンドワースさんが打つ速度も凄かったですよ。俺には到底出来ません」
「ははっ。アルが凄いことは知っているが、これだけは負けるつもりないからな」
そう言って、リンドワースさんは軽く鎚を振る。
そんなやり取りをしていると――。
「メシじゃ、メシ。とっととメシにするぞ。アル、ぼさっとしてないで、さっさと支度せい」
「そうですね。バッカス様、加護をありがとうございます」
「なんじゃ、気付いておったか」
バッカス様は隠していたようだが、神酒にはバッカス様の加護がかけられていた。
飲むだけで鍛冶能力が上昇する加護だ。
「どうりで鎚が軽いわけだ。アルの支援魔法かと思っていたが、バッカス様の加護だったとは……。バッカス様ありがとうございます」
「かまへんかまへん。ワイの気まぐれや。ワイは酒呑む事とこんな事ぐらいしか出来へんからな」
跪いて礼を述べるリンドワースさんに、バッカス様は気にするなと手を振る。
「バッカス様は何にしますか? 一通りは【虚空庫】に入ってますけど」
「せやな、アレや、ここでしか食えんヤツくれや。ハチミなんちゃらってやつや」
「ああ、ハチミパウダーですね。串焼きでいいですか?」
「おう。そこらへんは任せるわ。アル坊のオススメを出してや」
「承知しました。お二人もそれでいいですか?」
「ハチミパウダーってあの干し肉に使われてるヤツか?」
「ええ、リンドワースさんもご存知で?」
「ああ、アレを一度食ったら、他の干し肉は食べれないぞ。ウチの工房でも大人気だ。それを串焼きに使うのか、想像しただけでヨダレが出るな」
リンドワースさんが言うように、現在ここパレトの街からは普通の干し肉が消えつつある。
ハチミパウダーを効かせたウチの特製干し肉が取って代わったのだ。
最初は冒険者の携帯食として売りだしたのだが、下手な肉より旨いということで、冒険者でない一般市民の間にも評判が広まり、買い求めるようになったのだ。
おかげで、増産に次ぐ増産で対応がてんてこ舞いだとニーシャがぼやいていた。まあ、嬉しい悲鳴なんだがな。
「ナナさんもそれでいいですか?」
「はい。私も楽しみです」
「それじゃあ、すぐに用意しますね」




