252 リンドワースと共同制作3
圧縮という鍛冶技術は魔力を用いて金属の体積を減らす事を指す。
金属というのは一般的に叩く――圧縮する力を加えると展がる性質がある。
この性質があるから塊であるインゴットを叩いて、一本の剣を作り出すことが出来るわけだが、この性質ゆえに普通に叩くだけでは金属は形を変えるばかりで、体積を減らすのは困難である。
そこで魔力が必要になるのである。
金属全体を魔力で包み込むように覆い、金属が展がらないようにして、全体を均一に叩いていかねば、圧縮はできないのだ。
そのためには、均一に魔力を張る精密な魔力操作と、狙った一点を同じ力で叩き続ける鎚さばきの両方が必要となる。
リンドワースさんは凄い速さで叩いていく。
手首のスナップだけで鎚を動かし、狙った一点を寸分違わず叩いていく。
全く無駄のない、正確無比の鎚さばき――思わず見惚れてしまう。
「よしっ!」
全体を均一に叩き均した結果、玉鋼のきれいな球体が出来上がった。
体積は元のインゴットの半分――2倍圧縮の完成だ。
かかった時間は一分半くらい。
信じられない速さだ。
俺はすぐに2個めの蒼白く熱せられたインゴットを置き、リンドワースさんは同じように叩き始める――。
今は炉の中では一度に3個のインゴットを温めているが、このペースでは追いつけないかもな。
俺は炉の火力を上げ、インゴットを2個追加した。
これで一度に5個のインゴットを熱することが出来る。
これなら大丈夫だろう。
数年前に師匠がやるのを見て以来、圧縮する場面を見るのは二度目だ。
今の俺なら、圧縮も出来るのではと思っていたが、考えが甘かった。
魔力操作は問題ない。
『カートリッジ』の魔法障壁をやぶる事に比べたら楽勝だ。
しかし、俺にはリンドワースさんみたいに巧みに鎚を振るうことが出来ない。
こればかりは経験不足だ。
やはり、鍛冶の世界は奥が深いな……。
――そして、1時間後。
「ふぅぅぅぅ」
リンドワースさんが大きく息を吐いた。
36個すべてのインゴットを2倍圧縮し終わったところだ。
「とりあえず、一段落ですね」
「ああ」
よく冷えた竜の泪の満ちたグラスを差し出すと、「ああ、済まない」と受け取り、ぐびっと一息で飲み干した。
疲れたら水より酒、それがドワーフだ。
「腕と魔力は大丈夫ですか?」
「うん。腕は大丈夫だとは思うが、思っていた以上にくるな」
リンドワースさんは手首をぷらぷらと振っている。
それなりに疲れが溜まっているのだろう。
玉鋼の堅さは鋼鉄やミスリルの比ではない。
普通に叩くだけでも大変なのに、今回はさらにキツい圧縮だ。
さすがのリンドワースさんもこれだけの玉鋼を圧縮した経験はないだろうからな。
「じゃあ、――【回復】」
「おっ!」
「どうですか?」
「すごいっ! 疲れが全部取れたっ!」
「うわっ!」
喜びなのか、興奮したリンドワースさんが俺に抱きついてきた。
相変わらず、感情が高ぶるとストレートに表現する人だ。
しっとりと汗ばむリンドワースさんからは甘い香りが漂ってくる。
丁度いい位置に頭があるので、俺は彼女の桃色髪を優しくなでつける。
「これは……気持ちいいけど、少し恥ずかしいな……」
そう言いながらも、抵抗せずに受け入れてくるので、俺が撫で続けていると――。
「なあ、イチャついとらんで、さっさと続きしいや」
後ろからバッカス様の声が飛んできたので、俺とリンドワースさんは慌てて身体を離す。
「じゃあ、再開しましょうか」
「ああ、そうだな」
リンドワースさんは少し赤い顔をしている。
「提案があるのですが……」
「ん? なんだい?」
「圧縮する際の魔力操作を俺に任せてもらえませんか?」
「ふむ……。アルがそう言うからには、自信があるんだろうな」
「ええ、今まで見てて魔力の流れは完全に理解してます。4倍に圧縮するときも同じ要領ですよね?」
「ああ、それは同じだ」
「かまへんかまへん。アルの坊主なら、なんの問題もない」
バッカス様が口を挟んでくる。
それが後押しになったのか、リンドワースさんが首を立てに振る。
「そうか……よし、アルに頼もう」
「ありがとうございます。少しは俺もお手伝いしたいですからね」
「少しどころか、十分過ぎるくらいだぞ」
大役を任せてもらい、気合が入る。
俺は2倍に圧縮され、半分の体積になった球形の玉鋼の塊を5つ炉に放り込む。
次もまた2倍圧縮をかけて、元の4倍に圧縮していく。
こうやって、2倍、4倍、8倍、16倍と倍々に圧縮していき、最後に20倍に圧縮するのだ。
まだまだ先は長い――。




