25 ファンドーラ商会2
また、応接室に戻ってきた俺たち三人。
「お話にあった通り、どれも高品質のポーションでしたね」
先ほどと同じく、テーブルを挟んで座る俺たちとスティラさん。
「あのポーションはアルさんがお作りに」
「ああ、そうだ」
「素晴らしいですわ。それも、この短期間に。どうやってお作りに?」
「どうやってって言っても、普通に作っただけだが」
「スティラさん。アルの普通は普通じゃないです。そう思わないことには、アルと付き合っていくのはムリですよ」
「そうなのですか」
ふふふっと笑みを漏らすスティラさん。
「タイラント・グリズリーを討伐したのも、アルさんなのですか?」
「ああ、そうだ」
「あの毛皮も見事でした。傷なしの毛皮は数年に一度出るか出ないかという代物です。おかげさまで、オークションも大変盛り上がりました。改めて、お礼を申し上げます」
「いえいえ、こちらこそ」
「アルさんの能力が素晴らしいのはもちろんですが、ニーシャさんの商才も大したものですね」
「いえ、それほどでも」
「そうなの?」
ニーシャは謙遜して答えるが認められて嬉しそうだ。
俺にはよく分からないが、スティラさんはニーシャを高く評価しているみたいだ。
「タイラント・グリズリーの毛皮の持ち込み先として、王都で一番ベストなのは我がファンドーラ商会です。ナンバーツーである当商会は取引規模で言ったら、トップのチキウ商会と大差ありません。一位と二位の差は商会としての箔です」
スティラはそこで言葉を切る。
俺に考える時間をくれてるんだろう。
「いかに珍しい品々を取り扱えるか、それが大手商会の格付けになります。チキウ商会は異世界産商品の取り扱いを独占的に行っています。我々が勝つには、タイラント・グリズリーの毛皮など貴重な品を取り扱えるかに限っているのです。ニーシャさんはそこら辺を理解した上で、当商会を取引相手に選んだのです。素晴らしい商才です」
やはり、ニーシャは照れて無言だ。
「それで我々に恩を売った上での、ポーション2万本。当商会のような大手商会なら、市場を混乱させることなく捌くことが出来る。そうでなくてもポーションの備えは十分にしておきたいものです。そういったこちらの事情を踏まえての判断。見事な考えです」
「そこまで、評価していただけて恐縮です」
ナンバーツー商会の副会頭に褒められ、ニーシャは嬉しそうだ。
やっぱり、ニーシャは優秀なんだな。
ニーシャが褒められると、俺も自分のことのように嬉しくなる。
「『売るのは簡単だ。難しいのは誰に売るべきかだ』――当商会に伝わる言葉です」
たしか、ニーシャも同じようなことを言っていた。
――品物の価値が分かるくらいじゃ目利きとして半人前。誰がいくらの値段をつけるかまで分かって、ようやく一人前。
なるほど、ためになるな。
「よろしければ、お二人とも、当商会で雇われませんか? 高待遇は保証しますよ」
スティラさんの言葉に俺とニーシャは目を合わせる。
うん。俺もニーシャも同じ意見だ。
「お誘いいただいたのは非常に光栄なのですが、私たちはどこにも所属するつもりはありませんので」
「ニーシャの言う通りです。俺も同じ気持ちです」
「残念ですね。まあ、予想はしておりましたが。では、今後は商会と商会として、より良い関係を築いて行きましょう」
「はい、そうですね。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「これをお持ち下さい」
スティラが手のひら大のカードを差し出してくる。
「私からの推薦状です。当商会を訪れた際にはそれを見せれば、スムーズに私に連絡がつきますので」
「ありがとうございます」
ニーシャがカードを受け取った。
「なにか、困ったことがありましたら、当商会を頼って下さい。お二方には最大限の庇護をお約束しますので」
「はい、ありがとうございます」
ニーシャが大事そうに【共有虚空庫】にカードをしまい込む。
「それでひとつ、お願いがあるのですが?」
「はい、なんでしょう」
「お二方に中級回復ポーションの作成をお願いしたいのですが」
「どうなの、アル?」
「技術的には問題ないけど、素材からあつめないとな。どうしてまた中級回復ポーションなのですか?」
「ここ数年、素材の入手が困難で中級ポーションは不足がちなのです。価格も数年前に比べて倍近くまで高騰しているのです」
「そうなんですか」
「そのせいで中級冒険者の成長が伸び悩んでいる状態なのです。中級ポーションが潤沢に出回れば、彼らもより活躍できて、経済も潤うのですが……」
「そういう事情があったんですか。なぜ素材の入手が困難なのですか?」
「素材であるホワイト・ギーネ草の群生地付近でシルバー・ウルフが大量に増加したのが大きな原因です」
「それは……」
ニーシャが絶句するが、俺はなにが問題なのか分からない。
「だったら、シルバー・ウルフを狩っちゃえばいいんじゃない?」
俺の質問に、ニーシャが呆れたような目線を向けてくるけど、スティラは馬鹿にせず、丁寧に答えてくれる。
「シルバー・ウルフは単独でBランク、群れだとAランク扱いの魔獣です。ヤツらを倒せるほどの冒険者でしたら、シルバー・ウルフの群れに囲まれるリスクを犯してまでわざわざホワイト・ギーネ草を採取したりはしないのです。他にもっと割のいい仕事がありますから」
「なるほど。分かりました。出来るかどうかわかりませんが、こっちで少し調査してみます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「いいの、アル?」
「ああ」
ニーシャが気づかってくれる。
俺が「作りたいものしか作らない」って言ったのを気にしてくれてのことだろう。
無理矢理に「作れ」と命令されたらやる気はない。
だけど、こっちに配慮してお願いしてくれるなら、話は別だ。
それに、困っている人が助かるなら、俺も嬉しい。
国が豊かになるとまで言われたら、俺も頑張ってみようって気になる。
そしてなにより、初級回復ポーションを作った次に中級回復ポーション。
まさに、天の配剤としか思えない。
俺は喜んで、スティラのお願いを引き受けた。
その後、雑談という名の情報交換が行われた。
俺には難しい話だったので、ニーシャに任せきりだ。
しばらく、話し込んだ後、先ほどの倉庫にいた男性がやってくる。
「200箱すべてAランクです。問題ありませんでした」
「はい、ご苦労様でした」
男性は報告を終えると、すぐに退出していった。
「では、ポーション代と受領証がこちらになります」
問題がないことを両者確認し、取引が終結した。
ポーション売却額は1本500ゴル。それが2万本で、計1千万ゴル。
タイラント・グリズリーの毛皮の売却額と合わせて、総計2千万ゴル。白金貨20枚分だ。
世間的には物凄い大金なんだろう。
だけど、俺がお年玉で貰った額とそんなに変わらないから、その程度なのかと思ってしまう。
「はい、お小遣い」って白金貨数枚を渡されることもあったからなあ。
この金銭感覚のズレをどうにかしないとなあ。
宿に帰ったら、ニーシャに「庶民の金銭感覚」っていうのを叩き込んでもらおう。
いずれにしろ、毎月ポーション2万本を卸せることになった。安定してお金が入るな。
「それでは、今回の取引はこれで完了になります。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
「お願いします」
商談も無事に終わり、立ち上がる3人。
その拍子に飛び込んできた、ニーシャの太もも。
「あっ、そうだ。ひとつ聞き忘れていた」
俺は最初から聞こうと思っていた質問がまだだったことを思い出した。
「はい、なんでしょう?」
「その素敵なコーディネートはスティラさんが考案したのですか?」
「いえ、これは勇者エチカ様がなさっていた格好を真似したものです」
「ということは、異世界風のスタイル?」
「はい、そうです」
「すごい似合ってます。完璧です。特にスカートと長いソックスに挟まれた空間が奇跡です」
「あっ、ありがとうございます。なんでも『絶対領域』って言うそうですよ」
今まで余裕のある態度をとっていたスティラがそわそわとしだした。
「いやあ、『絶対領域』ですか。いい名前ですね。これしかないっていうドンピシャの表現ですね」
「あっ、あの……」
「いや、ほんとに最高ですね。芸術的ですね」
「あのっ……あまり見られると……」
「ジロジロ見ないの」
ニーシャにパンっと頭を叩かれた。
俺はハッと我に返り、自分の失態に気づく。
若い女性の太ももを凝視するとか、失礼極まりない。
「あっ、ごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
ポッと赤くなっているスティラさんに見送られ、俺とニーシャはファンドーラ商会を後にした。