249 休日2日目13:ハイエク伯爵8
「ところで――」
俺の追撃に伯爵は動揺し、身構える。
これ以上どんな難題を吹っかけられるか戦々兢々といった体だ。
「ご安心下さい。これからお話するのは伯爵にとっても喜ばしい話だと思いますよ」
「…………なんでしょうか?」
俺のニッコリ笑顔に、伯爵は疑り深い表情を返す。
あれだけ散々にやり込まれた後だ、警戒するのも当然だ。
だが、安心していい。
これから話すことは「伯爵にとっても喜ばしい話」だ…………一見ね。
俺は執務机の上に、ずっしりと重い布袋を乗せる。
「ここに1億ゴルあります。伯爵家ともなれば、色々とご入用でしょう。和解のしるしに、こちらからご融資させていただければと思うのですが、いかがでしょうか?」
伯爵がゴクリとツバを飲む。
「どうぞ、ご確認下さい」
俺は布袋を伯爵に手渡す。
布袋には白金貨が100枚入っている。
伯爵は布袋を覗き込み、目を白黒させている。
「先程のままでお別れしていれば、禍根を残さないとは言い切れないでしょう。今後、当商会と伯爵家がより良い関係を築くためにも、どうか融資を受けていただけないでしょうか?」
俺はあくまでも下手に出る。
貸し手の態度ではない。
今後の復讐を恐れ、伯爵家を立てるために融資を願い出た。
浅はかな伯爵であれば、そう考えるだろう。
それが地獄への第一歩だとも知らずに……。
実のところ、ハイエク伯爵家は火の車だ。
虚栄のために散財するくせに、内政は放ったらかし。
後は他の貴族から借金するしかない段階まで追い込まれている。
しかし、他の貴族から借金することは、その軍門に下るということ。
伯爵にとっては、本当に最後の手段だろう。
今の伯爵にとって、まとまった現金は喉から手が出るほど欲しいもの。
これもニーシャが調べた情報だ。
伯爵家の台所事情を知り尽くした上で、今回の作戦を採用したのだ。
伯爵は悩んでいるフリをしているが、首を縦に振るのは時間の問題。
だから、俺はそっと背中を押してやる。
「もちろん、利息は相場より安くします。それに、追加融資が必要でしたら、改めてお貸しいたしますよ」
伯爵としては、罠と知っていても飛びつかざるを得ない。
まあ、この様子だと、全く疑っていないようだがな。
「分かりました。融資を受けましょう」
恩着せがましく言ってくる。
手のひらの上で踊らされてることも知らずに。
「では、こちらにサインを」
「うむ」
平静を装ってるが、隠し切れない喜びが伝わってくる。
伯爵はサインを終えるとともに――蜘蛛の巣に囚われた。
「では、今後ともよしなに」
「ああ、こちらこそ」
ノヴァエラ商会流の仕返し。
それは――借金地獄だ。
融資した1億ゴル。
あぶく銭を手に入れた伯爵は、あっという間に使い果たす。
そして、すぐに俺たちに泣きついてくる。
そこで、ポンと大金を渡せば……。
数年後には俺たちへの借金で首が回らなくなった伯爵の一丁あがりだ。
そして、その頃にはノヴァエラ商会は大きく強くなっている。
借金を踏み倒せないほどに。
後は人を送り込み、伯爵を引退させ、息子の一人を傀儡とする。
そうして、伯爵家を内側から乗っ取るのだ。
これがノヴァエラ商会流のオトシマエだ――。
幸いにも、今のところノヴァエラ商会に敵対するものはいない。
しかし、今後ウチの商会が発展するに連れ、必ず敵対する勢力が現れる。
商売というのは極言すれば、パイの奪い合いなんだから、どこかと敵対することは避けられないわけだ。
そんなとき、敵に迂闊に手出しさせないためには、ウチを敵に回した時の恐ろしさを知らしめるしかない。
伯爵はババを引く形になったが、ここは徹底的に追い込んで、反面教師となってもらおう。
伯爵には相手が悪かったと諦めてもらうしかない。
ノヴァエラ商会を敵に回してはならない。
伯爵はそれを周知させるための捨て石になってもらったのだ。
「ああ、そうだ。伯爵のところの騎士がウチの店の前で待ちぼうけてるんでした。彼女たちに帰還しておくように伝えておいてあげますよ。一筆書いてもらえますか?」
「あっ、ああ」
「じゃあ、ここら辺で失礼しますね」
伯爵が書き上げた書状をひったくると、俺は【転移】――伯爵邸を後にした。
いやあ、ビックリしたよ。
なにがビックリかって、全部ニーシャの筋書き通りだった事だよ。
今回の仕返しは全てニーシャの脚本だ。
俺のセリフもニーシャが考えたものだ。
俺じゃあ、あんな周到なセリフは思いつかないよ。
ちゃんと練習しておいて良かった良かった。
しかし、こうもきっちりカタにハメられるとはな……。
ニーシャの頭脳が恐ろしく思える。
彼女の標的にされた伯爵が可哀想にも思えるけど、まあ、自業自得だし、しゃーない。
子どもの躾は親の責任だ。
俺は工房に転移し、店に移動。
店員の子が心配そうに尋ねてきた。
「大丈夫でした?」
「ああ、もう解決したよ。あのクソガキがここに来る事はもうないから、安心してね」
俺の返事に一同ホッとした様子だ。
店の外に出ると、店先でフレデリカが立ち尽くしていた。
二人の男性騎士は伸びたままだ。
このままだと邪魔だから――【雷撃】。
「「ギャッ」」
叫び声とともに、二人は目を覚ました。
状況が把握できず、二人ともボケっとしている。
「若と旦那様は?」
「ああ、二人とも生きてるから、安心していいよ。今のところは」
「そっ、そうか……」
「伯爵から帰還命令だよ」
フレデリカに伯爵の書状を渡す。
「ねえ、フレデリカ、良かったらうちに就職しない?」
「……ありがたい申し出だが、先代に恩があるので、断らせてもらおう」
「そっか、ウチはいつでも歓迎だから、伯爵家が傾いたら是非おいでよ」
「まるで、傾く事を知っているような口ぶりだな」
「さあね」
「今回も若がご迷惑をお掛けした。重ねてお詫び申し上げる」
「まあ、いいよ。オトシマエはきっちりつけたから」
「そうか。では、失礼する」
そう言い残してフレデリカは二人の部下を引きずって去っていった。
こうしてハイエク伯爵家にまつわる騒動は幕を閉じたのだ――。
まさキチです。
お読み頂きありがとうございました。
今回で第13章は終わりです。
あまり休んでいない休日編でした。
次章では、リンドワースさんと剣の共同制作します。
次回は一週間ほどお休みをいただき、
2021/01/22の18時投稿です。
ブクマ・評価いただきありがとうございました。
誤字報告もありがとうございました。
非常に励みにさせていただいております。
まだでしたら、画面下部よりブクマ・評価して頂けますと、まさキチのやる気がブーストされますので、お手数とは思いますが、是非ともブクマ・評価よろしくお願いいたします。
また、同時連載中の
『勇者パーティーを追放された精霊術士 〜不遇職が精霊王から力を授かり覚醒。俺以外には見えない精霊たちを使役して、五大ダンジョン制覇をいちからやり直し。幼馴染に裏切られた俺は、真の仲間たちと出会う〜』
もお楽しみ頂けたら幸いです(下記のリンクから飛べます)。
それでは、今後ともお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。




