243 休日2日目7:ハイエク伯爵2
店の外からデカい音がした。
「チッ……」
なにが起こったのか、俺はその音からすぐに理解した。
メンドくせえ。
こいつら、ホントにロクなことしねえな。
「フレデリカ、ついて来てくれ」
フレデリカに当たるつもりはない。
彼女に対して、俺は悪い感情は持っていない。
彼女は自分の仕事を十分に果たしたはずだ。
お付きの騎士がボンボン相手に強く言えないってことは知っている。
だから、彼女を責める気はまったくない。
「あっ、ああ……」
フレデリカは視線を床に伸びているクソガキに一度向け、しばしの逡巡の後、俺について来ることを選んだ。
店の入口ドアを開けると、そこには予想通り、二人の騎士が倒れ、ピクピクと痙攣していた。
「はっ!? 大丈夫かッ?」
慌ててフレデリカが騎士たちに駆け寄る。
「大丈夫だ。魔力過剰で失神してるだけだ。命に別状はない」
「魔力過剰? なぜ?」
「コイツら、これを盗もうとしたんだろ」
俺はセレス像とバッカス像、2つの神像を指差す。
神像には防犯対策がしてある。
盗んだり壊したりしようとすると、こうなるわけだ。
「神像をッ!? なんて愚かなことをッ!」
客寄せのために店先に置かれた2体の神像。
ともに1メートルほどの高さ。
重さ100kgを超える大きな神像だ。
二人で担いで持ってくつもりだったんだろう。
普通の信心を持った人間であれば、そんな罰当たりなことは決してしない。
客として来た冒険者たちも祈りを捧げていくし、中にはバッカス像にお酒をお供えとして置いてく者もいる。
近隣住人にも好評で、パワースポットみたいな扱いをされている。
コイツらだって、好き好んでやったわけではないだろう。
「どうせクソガキの命令だろ」
「なッ……いや、済まない。アル殿、重ね重ねお詫び申し上げる。此度の振る舞い、全て私の監督不行届きゆえ。この身はどうされても構わぬ、何卒、何卒この二人には寛大なご処置を」
「……………………はあ」
まいったなあ、と俺は頭を掻く。
ある意味被害者でもあるフレデリカ。
それなのに、部下をかばい頭を下げる。
彼女は神像泥棒については、なにも知らされていなかったのだろう。
彼女の性格からすれば、知っていれば全力でクソガキを止めたはずだ。
それを知ってるから、クソガキもフレデリカには内緒にしていたのだろう。
まったくクソガキにはもったいなさ過ぎる護衛だ……。
「大丈夫。アンタもコイツらもどうこうする気はない」
「寛大な処置に感謝致す。言えた立場ではないのは十分に承知しているが、どうか若の振る舞いもお許しいただければ――」
フレデリカは片膝を地につけ、頭を地面に触れるほど深く垂れる――騎士として最上位の謝意を示す姿勢だ。
「頭を上げてくれ、フレデリカ」
「はッ」
こちらを見上げるフレデリカの瞳は戦々兢々と揺れている。
「前も言っただろ。『次はない』と。俺は一度出した言葉は決して曲げない」
「そんな……。どうか、どうかッ――」
フレデリカの目に涙が浮かぶ。
俺がクソガキの命を奪いかねないと心配してるんだろう。
フレデリカと話しているうちに、楽しい時間を邪魔された怒りは収まってきた。
だけど、ケジメはとらないといけない。
俺のためではなく、仲間のため、ひいてはノヴァエラ商会のため。
ノヴァエラ商会に舐めた真似をしたらどうなるか――それを世間に知らしめねばならない。
第二のクソガキが現れないように――。
あー、ほんと、こんな事やりたくないよ。
まったく、このクソガキのせいで……。
フレデリカまで泣かせちゃって。
「安心しろ。これ以上俺がコイツをどうこうするつもりはない」
「ホントかッ。かたじけない」
フレデリカに浮かんだ喜びの表情は、俺の次の言葉で凍りついた。
「やらかしたのはこのクソガキで、その責任はちゃんと躾なかった親にある。だから、コイツの親に文句を言ってくる」
「……………………」
フレデリカがあんぐりと口を開いて固まる。
まさか、俺がそこまでするとは思っていなかったんだろう。
「こいつのオヤジは今どこだ?」
「……………………」
「別に命を取ったりはしない。ウチは商会だ。そんなことしても1ゴルにもならないからな。商人流のオトシマエをつけに行くだけだ」
「……………………」
「どうした? 嘘をついても良いことないぞ」
ようやくフレデリカが重い口を開いた。
「伯爵なら、今は領都におられるが……」
「そうか。ちょっくら、会いに行ってくる。30分もあれば戻ってくるから、うちの店で買い物でもして待っていてくれ。あっ、ソイツらジャマだから、端にどけておけよ」
「あっ、ああ……」
片膝ついたまま固まるフレデリカは放っておいて、俺は店内に戻る。
店員の子に「片付いたから、もう安心していいよ」と伝え、クソガキの襟首を掴んで【転移】でハイエク伯爵領の領都へと飛んだ――。




