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236 休日1日目10:アイリーンと昼食3

 俺が使ったスプーンを舐め回すアイリーンさん。

 俺はドン引きだったが、彼女は恍惚の表情を浮かべている。


「アルく〜〜ん」

「…………なんでしょう?」

「この体勢だと食べにくいから、代わりに食べさせてくれないかしら?」

「はっ?」


 確かに、そんな姿勢では食べにくいだろう。

 他人の肩に頭を乗せて食事する人に俺は生憎ながら出会ったことがない。

 食べにくいからな!


「離れたらいいんじゃないですか?」

「ええ、このままがイイ〜〜〜」


 頑として離れる気はないらしい。

 手に持っていたスプーンを俺に渡し、大きく口を開いた。

 なぜか目を閉じている。


「はい、あ〜ん」


 同じスプーンかよ!

 せっかく、給仕の人が2つ用意してくれた意味がないじゃん!


 テーブルの上で出番がなくて寂しそうにしているスプーンを眺めながら、俺はスプーンを受け取った。

 今からやらなきゃいけない作業を思うと、全力で抵抗したくなる。

 これはやっちゃダメなヤツだ――と本能が囁いているのだ。


 だけど、このままじゃいつまで経っても終わらない。

 アイリーンさんからは、死んでも終わらせないオーラが漂ってきているからね。


 俺はこの苦行を少しでも早く終わらせるために、仕方なく料理を乗せたスプーンをアイリーンさんの口に運ぶ。


「美味しい〜。アルくんに食べさせてもらう料理は世界一ね」


 シェフの努力を全否定する失礼極まりない発言だった。

 一料理人として文句を付けたくなるが、俺にはもうそんな体力すら残っていない。


「じゃあ、お返しね〜」


 アイリーンさんは俺から奪ったスプーンに料理を乗せ、「あ〜ん」してくる。

 そこから、交互に「あ〜ん」で食べさせ合うという地獄の時間が始まった――。


 そして、食事中の会話もいろいろとおかしかった。


「一人暮らしで最近物騒なのよね、アルくん一緒に住んでくれないかな〜」


「欲しいものはない? お姉さんが何でも買ってあげるわよ〜」


「アルくんなら、お姉さん、一生面倒見てあげるよ〜」


「今度ウチの両親に会ってもらえるかしら〜。大丈夫よ、アルくんなら絶対に気に入ってもらえるから〜」


「子どもは3人くらい欲しいよね〜。アルくんはどう思う〜?」


 俺は「はあ」とか、「いえ」とか、適当な相槌を打つことしか出来なかった……。


 そんなこんなで、色んな意味でおかしかった食事も終わり、俺はホッとした気持ちで店の外に出た。


「今日はごちそうさまでした。楽しかったです」

「いいのよ〜。私も楽しかったんだから。それより――」


 それでもきちんと礼を述べる俺に、アイリーンさんがまたもや腕を絡ませ密着してくる。


「疲れちゃった、静かな場所で休憩して行きましょ?」


 トロンとした目、気怠げで妖艶な雰囲気。

 甘く蕩けるような声で耳元で囁かれる。


 いやいやいや、疲れたのはコッチだよ!

 食事しただけなのに、精神がゴリゴリと削られたよ!

 カーチャンの修行並みに疲れ果てたよ!


「アイリーンさん、仕事の方はいいんですか?」

「大丈夫よ〜。ぶん投げてきたから〜」

「それ、絶対に大丈夫じゃないパターンですよね? お店の人たち困ってますよね?」

「だって〜、アルくんともっと一緒にいたいんだもん」


 なんか、絡み方がフィオーナに似てきた。

 フィオーナは年下で妹みたいなもんだから、甘えたがる気持ちも理解できる。

 だけど、こうやって一回りも年上の人にこういう態度をとられると、どうも対応に困ってしまう。


 大人でもたまには誰かに甘えたくなってしまうのかな?

 この街一番の武具店の店長だから、イロイロと仕事のストレスが溜まってんのかな?


「だから、二人っきりで休めるとこ行きましょうよ〜」


 アイリーンさんはグイグイと俺の腕を引っ張ってくる。

 本能が「一歩でも動いたら負け」と囁くので、俺はその場に踏ん張った。


「こう見えてもお姉さん奉仕は得意なのよ〜。お姉さんの奉仕でアルくんをメロメロにしちゃうんだから〜」


 どうしたもんかと困惑していると、一人の男性が必死な形相で駆け寄ってくる。


「店長〜。大変です!」

「なによ〜、今、イイトコなのに〜」

「それがちょっとトラブルがあって――」


 男はアイリーンさんに耳打ちする。

 思い出した。ファンドーラ武具店の店員さんだ。


「はあ。仕方ないわね」


 話を聴き終えたアイリーンさんは大きく溜め息。


「ゴメンね、アルくん。ちょっと用事が出来ちゃったみたい。この埋め合わせはまた今度するからね。約束よ」


 埋め合わせもなにも、俺はもとから食事が終わったら解散するつもりだった。

 アイリーンさんはこの後なにをするつもりだったんだろう?


 そして、ありがとう店員さん!

 この恩は絶対に忘れない!!


 迎えに来た店員さんに引きずられるようにして、アイリーンさんは去って行った。


 はああああああああああああああ。

 なんか、すっげー疲れた。

 アイリーンさんに抱いていたイメージが180度ひっくり返ったな。


 この後、どうしよ?

 特に予定は決めてなかった。

 考えるのも面倒くさいし、お酒飲んで忘れよう。


 そう決心した俺はリンドワースさんやナナさんがいる『穴ぐら亭』に向かった――。

 ポンコツ肉食系お姉さん、ハーレムルートから早々に退場した模様

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