230 休日1日目4:リンドワースと打ち合わせ3
「ごめんなさい、話がそれちゃいましたね。あらためて、いつにしましょうか?」
「ああ。さっきも言ったが、数日先までスケジュールは空いている。いつでもいいぞ。明日にするか?」
「さっきも言いましたけど、数日間休むように命じられてるんですよ」
「ああ、そうだったな。どうも気が急いていかんな」
「3日後でどうでしょう?」
「ああ、構わない。ナナにもそれまでにノルマは終わらせるように言っておこう」
「お願いします。時間はどうしましょう?」
「朝イチにしよう。朝4時に起きて、そちらに向かおう」
「ええ、そうしましょう」
早くやりたくてウズウズしているのが伝わってくる。
その気持ちは俺も分かるな。
あの『最高傑作』を超える剣を打つ場面に立ち会えるのだ。
俺もワクワクしてしょうがない。
ニーシャに止められてなければ、今すぐにでも始めたいくらいだ。
「ああ、そうだ。忘れてましたけど、素材はどうしましょう?」
「あそこを見てくれ」
リンドワースさんが工房の片隅を指差す。
そこには数種類のインゴットが山積みされていた。
「鋼鉄のインゴットは準備済みだ。前日までに運び込ませるようにしておく」
「ちょっと提案があるのですが……」
「ん? なんだ?」
「どうせなら、もっと良い素材で挑戦しませんか?」
「なにっ?」
「玉鋼とか、どうでしょう? 最高で究極の一本を作っちゃいましょうよ。リンドワースさんの腕があれば、玉鋼でもなんとかなると思うのですが……」
――玉鋼。
魔力付与できない金属――通称、卑金属の中で最高峰の金属だ。
発見し名付けたのは異世界から来た勇者。
異世界においては、玉鋼は刀剣の素材となる特殊な鋼鉄のことを指すらしいが、この世界では鋼鉄とは全く別の金属で、ダンジョン奥部からしか産出しない貴重な金属だ。
比重は鋼鉄の2倍。素材としては最高だが、使い手を選ぶ金属でもある。
「玉鋼!? そりゃあ、素材としては文句なしに最高だ。しかし……難しい素材だ。私もそれほど取り扱ったことが少ないし、上手く出来るものか……」
「やってみましょうよ。失敗したらしたで、その時また考えましょう」
「うむ。私も『最高傑作』を打った時からだいぶ成長した。今なら、上手く打てるかもしれん。よし、やってみよう――と言いたいところだが……」
「なんでしょう?」
「そもそも、大量の玉鋼が手に入らんだろ。私はエノラ師から卒業祝いに貰った10kgインゴットひとつしか持っていないし、なかなか市場に出回るものでもない。それに今回の剣を打つほどの玉鋼を買うほどの大金は持ち合わせていない。私の趣味で商会の資金を使うわけにもいかないしな」
「それは問題ないです」
「えっ? まさか、ノヴァエラ商会の力で?」
「いえいえ。商会の資金を使えないのは、俺も一緒ですよ。俺の趣味ですからね」
「じゃあ、一体?」
「俺が持ってます」
玉鋼に限らず、生産素材はどれも【虚空庫】に使えきれないほど入っている。
念の為に、実家を出る時に死ぬほどぶち込んできたから。
「はいっ?」
「俺もエノラ師から卒業祝いに貰いました。それ以外にも、自分で集めたり、実家に転がってたのを持ってきたりで、今回必要な分はありますよ」
「実家に転がってた? そうか、アルの実家と言えば、リリア殿の自宅でもあるわけだったな。それならば納得できるか……」
「ええ、ご安心ください」
納得してくれたようだが、リンドワースさんには別の悩みもあるようだ。
「いや、でも、アルの持ち出しにさせるわけにも……。しかし、私が買い取るだけの資金もないし……」
「お金のことは気にしないでください」
「いや、しかし……」
「リンドワースさんはウチのカーチャンにいくらで売るつもりですか?」
「いや、お金を取るなんて滅相もない。リリア殿に使っていただけるという名誉だけで十分だ。むしろ、こっちがお金を払ってでも受け取ってもらいたいくらいだ」
「でしたら、なおさらですよ」
「うん?」
「お金儲けじゃないなら、そこに俺も参加させてください」
「でも……」
リンドワースさんは中々折れない。
「俺もカーチャンにプレゼントしたいんですよ。子どもが親孝行のために、お小遣いでプレゼント買うのと一緒ですよ」
「一緒……なのか? ずいぶんと桁違いな気がするが……」
「俺にとっては一緒なんですよ。ポケットマネーのうちです」
「…………ずいぶんと大きなポケットだな。国家予算が入るポケットなんて聞いたことがないぞ」
「それに、リンドワースさんは『共同制作だ』って言いましたよね」
「確かに言ったが……」
「今回、剣を打つメインはリンドワースさんです。俺はそのサポート。だったら、共同制作者として素材を提供するのは、なんの問題もないのでは?」
「…………」
「俺もどうせなら、カーチャンに最高のプレゼントを送りたいんですよ」
「…………分かった。譲る気はないみたいだな。玉鋼のことはアルに任せる。頼んだぞ」
俺の説得に、ようやくリンドワースさんも折れたのだった。




