23 2つのいい知らせ
「そうだ。出来上がったポーションを渡しておくよ。はい」
昼間、ポーション容器作りをやってる間、空いた手でポーション収納箱を作っておいた。
10本かける10本で100本収納できる、仕切り付きの小箱だ。念の為に【耐衝撃】を付与してあるからちょっとぶつけたりしても、ガラス容器は無事に済む。
その収納箱をひとつ【虚空庫】から取り出す。
「せっかくだから、【共有虚空庫】を試してみなよ」
「どうやったらいいの?」
「インベントリにしまいたいものを収納するイメージなんだけど……」
「うーん、いまいち分からないわ」
「だったら、最初はインベントリに慣れるところから始めよう」
「うん、お願い」
「指輪の魔石に軽く触れて」
「はい」
「それで『オープン・インベントリ』と唱えてみて」
「インベントリ・オープン――できたわ。頭の中に空間が広がってるのが分かるわ」
「次は「クローズ・インベントリ」で閉じてみて」
「出来たわ」
「じゃあ、何回か開け閉めしてみて」
「うん、やってみる」
「慣れてきたらコマンドを言わなくても、意識するだけで開け閉めできると思うよ」
そこから数分。
ニーシャはインベントリの操作練習。
ようやくコツがつかめてきたようで、コマンドなしでも操作できるようになった。
「じゃあ、今度は開いているインベントリにポーション箱を移動させるイメージで」
「やったわ!」
一発成功だ。
机の上にあったポーション箱はちゃんと【共有虚空庫】に入っているのが確認できる。
「じゃあ、今度は出してみよう。机の上にポーション箱を出すようにイメージして」
「出来たわ」
またもや、成功。
「良かったね、それなら大丈夫そうだ。邪魔だから仕舞っておこうね」
「うん」
ニーシャはポーション箱を【共有虚空庫】にしまい込む。
「あれ? なんか増えてる!」
「俺が今入れたからな」
自分の【虚空庫】から【共有虚空庫】に9箱移動させておいたのだ。
「全部で10箱。計千本のポーションが入ってる。これで今月分はオッケーだろ」
「すごいわね」
「ギルドでの販売は任せたよ」
「ええ、任せてちょうだい」
ニッコリと素敵な笑顔をニーシャが見せる。
作るのは俺、売るのはニーシャ。
適材適所。いい役割分担だ。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日。
ニーシャは初級回復ポーションを調合ギルドまで卸しに行った。
もちろん、【共有虚空庫】に入れたままだ。
その後、ちょっと雑務をこなすとかで、戻ってくるのは昼前。
一緒に昼食を取る約束をして、ニーシャと別れた。
俺はといえば、昨日と同じ森の中。
ポーションと容器作りだ。
昨日ので、だいぶ勘を取り戻したから、同時進行でサクサク作っていく――。
昼まで頑張ったところ、ポーション2万本分、容器が2,000本分完成した。
ちょうどいい頃合いなので、宿屋に戻ることにした。
「ただいま〜」
ってニーシャはまだ戻っていないのか。
さて、どうしたものか。
そういえば、アレがそろそろ良いタイミングだな。
そう思った俺は市場へ向かうことにした。
【共有虚空庫】にニーシャが「好きに使っていいわよ」と1万ゴルほど入れておいてくれたので、買い物には困らない。
人生初の買い物だ。ちょっとドキドキするな――。
市場では少し緊張したものの、恥をかくこともなく、無事に買い物を終えることができた。
ちゃんと貨幣の種類とその価値、そして、食材の物価を勉強したかいがあった。
必要な食材を買い集め、やり遂げた満足感とともに帰ってみると、ニーシャはすでに戻っていた。
「ただいま〜」
「あら、おかえりなさい。今日はちゃんとドアからなのね」
「ああ、ちょっと市場まで行ってたから」
べつに【転移】で戻ってきても良かったのだけど、天気も良かったし、大した距離じゃないので歩いて帰ってきたのだ。
「アルの調子はどうだったの?」
「ポーション2万本、容器が2千本。今日は特にトラブルもなく快調だよ」
「二日続けてタイラント・グリズリーが出たりしなくてよかったわね」
「さすがにそんな幸運は続かないよ」
「タイラント・グリズリーを幸運扱いするのなんてアルくらいのものよ」
「ははっ。それより、そっちの調子は」
「うん。良かったわ。それより先に食事にしない? もうお腹すいちゃって」
「ああ、そうだな。今日は俺の手料理をごちそうするよ。簡単なやつだけど、味は保証するから」
「ええ、楽しみだわ」
「じゃあ、出来るまで座って待っててよ」
俺はニーシャに氷入りのお茶を出して、料理を始めることにする。
まずはテーブルの上に吸気石と吸熱石をセットして、周囲に迷惑にならないようにする。
今回作るのは、『ファング・ウルフ・モツの炙り焼き』と『ファング・ウルフ肉のサンドイッチ』だ。
炙り焼きはつい先日作ったばかりだ。
この前食べた時とはちょっと味にアレンジを加えてみる。
ソイソー汁にシチミ・パウダーをまぶすのだ。
蝶型モンスターであるレインボー・バタフライの鱗粉であるシチミ・パウダーは辛味のある7つの風味が香り良く、ソイソー汁によく合う。
今日はシチミ・パウダーを使って、ピリ辛風味に仕上げてみた。
サンドイッチも簡単だ。
ファング・ウルフ肉を焼き、さっき買ってきたパンと野菜で挟み込む。
サンドイッチ用なので、少し噛みごたえがある部位を切り取る。
丁度熟成が完成したファング・ウルフ肉は最高の状態だ。
贅沢に分厚目に切り分けることにする。
「できたよ〜」
「わー、美味しそう」
ニーシャの目が輝いている。
「上手く出来たと思うから、さあ、食べて食べて」
「うん、いただきまーす」
「いただきます」
二人で手を合わせて食事がスタートした。
「うわっ、とろとろ〜。しかも、ピリッて辛くておいし〜」
ニーシャが炙り焼きに舌鼓をうつ。
「サンドイッチも食べごたえあって美味しいわね。しかも、この肉。硬いのに、簡単に噛み切れる。ファング・ウルフのお肉ってこんなに美味しくなるんだ」
昨日の朝、宿の食堂で食べたファング・ウルフ肉はまだ完全に熟成仕切ってなかったからな。
完熟の旨さは格別だ。
初めて食べた俺も十分満足する味だ。
上位種のシルバー・ウルフに負けず劣らず美味しい。
「ごちそうさま〜」
「お粗末さまでした」
ニーシャが食事に夢中だったので、話しかけづらかった。
ひと段落した今なら、いいタイミングだろう。
「それで、そっちの具合はどうだったんだ?」
「問題なく納品してきたわ。品質もすべて最高のAランクよ。1本500ゴル、全部で50万ゴルの儲けよ」
ギルドと締結した月に千本の初級回復ポーションの納入。
トラブルもなく、無事に完了したようだ。
「それと、いい知らせが2つあるわ」
口元の汚れをナプキンで拭ってから、ニーシャは2本指を突き立てた。
「まずは、最初の知らせね。タイラント・グリズリーの毛皮が捌けることになったわ」
「へえ、良かったな」
「ファンドーラ商会のオークションにかけてもらえることになったの。数日ほどかかるけど、1千万ゴルは硬いわ」
「ファンドーラ商会?」
どこかで聞き覚えがある名前だ。
「王都で2番目に大きな商会よ」
ああ、思い出した。
あの、セーラー服とニーソックスのあの子のところだ。
たしか、名前はスティラだったな。
そのうち縁を持ちたいとは思っていたけど、まさかこんなに早く実現するとは。
「よくそんな大商会が相手してくれたな」
「アルのおかげよ」
「俺の?」
「ほら」
ニーシャは胸元から俺がプレゼントしたペンダントを取り出し、指輪と一緒に見せつける。
「この2つを見えるようにつけて行ったら、ちゃんと相手してくれたわ。しかも、上客扱いで」
「へえ」
俺のプレゼントは予想外の効果があったようだ。
商売には身なりが大切。
そう教えてくれたのが、まさにスティラだったな。
やはり、高価な衣服やアクセサリーを身につけるのは、局面に応じては必要なことなんだな。
この服が快適すぎて気にしなかったけど、今後はそういうことも考えていかなければならないかも。
「それで、もうひとつの知らせってのは?」
「ポーションよ。初級回復ポーションをファンドーラ商会に卸せることになったの。アルのプレゼントとタイラント・グリズリーの毛皮のおかげね。この両方があるから、すぐに信用してもらえたわ」
「なるほどね。それでどのくらい卸せるの?」
「とりあえず2万本。次回以降は未定だけど、多分同じくらいは定期的に捌けそうよ」
「でも、そんなに捌いて大丈夫なのか? この前ニーシャが作りすぎても市場を混乱させるだけだって言ってたけど」
「それは大丈夫よ。この前言ったのは王都に限っての話だから。ファンドーラ商会は仕入れたポーションを国中で捌いてくれるからね。国中にネットワークがある大商会ならでわよ」
「ああ、なるほど。じゃあ、容器作り頑張らないとな」
「ええ、頑張ってね」
「うん」
「今夜はお祝いに外食しましょう」
「いいのか?」
「これも必要経費よ。この二日間の利益に比べたら誤差みたいなものよ」
「そうだな」
こんな調子で、今日の晩は美味しいお店での打ち上げをすることになった――。