229 休日1日目3:リンドワースと打ち合わせ2
「それでいつにしましょうか?」
「私はいつでもいいぞ」
「忙しいんじゃないですか?」
「ノルマは数日分前倒しで終わらせてるからな。急な依頼にも対応できるし、今回みたいな件でも都合を付けられるのさ」
「スゴい変わりようですね」
仕事が溜まりすぎていて、2日先まで飲みに行く予定が立てられなかった人とは思えない。
「それもこれもアルのおかげさ。アルと出会って、新人だった頃の熱意を思い出した。鍛冶がこんなに楽しい物だって思い出せたんだ。ありがとうな」
「いえいえ」
「それにアルに影響された部分もある」
「影響ですか?」
「アルは朝4時に起きているって言ってただろ?」
「ええ」
「私も真似して早起きすることにしたのだ。以前は明け方まで飲んでいて、昼過ぎに起き出して、それから仕事をしていた」
ドワーフのイメージそのままな生活スタイルだ。
「それが今は、私もアルと同じく朝4時に起きている。それも起きてすぐに仕事だ。なぜだか知らないけど、朝は仕事が捗るんだ。おかげで昼頃には仕事が片付く。
だから、昼から酒が飲めるのだ!」
やっぱり、酒飲むのかよ!
ツッコミたくなるけど、本人が喜んでいるから、それでいいんだろう。ドワーフだし。
「私より早起きなドワーフは存在しない。間違いなくなっ!」
リンドワースさんが自信満々に胸を張る。
早起きを得意げに語るリンドワースさんは小さな背のせいで、子どもが自慢しているようにしか見えない……。
「師匠がそれだと、弟子たちも大変ですね」
「ん? 大変?」
「みんな早起きしてるんじゃないんですか?」
「そんなことないぞ。早起きしてるのは私とナナくらいだ」
「あれ、そうなんですか? 普通の工房だと弟子は師匠より早く仕事を初めて、師匠より遅くまで仕事するものじゃないんですか? そう聞きましたけど?」
ビスケから聞いた話だ。
新入りのビスケは工房の誰よりも長い時間働き、それでも食べていくのが精一杯の薄給だったそうだけど。
「なんだいそりゃ? 誰がそんな場所で働くんだ?」
「知り合いに聞いた話では、それが普通だと。普通じゃないんですか?」
「私もいくつかの工房を見てきたけど、それは普通じゃないぞ?」
「じゃあ、失敗したらぶん殴られて、給料を減らされるのも普通じゃないんですか?」
「殴る? 給料減らす? 言語道断だッ!」
「仕事に関係ない兄弟子の用事も代わりにやらなきゃいけないんじゃないんですか? 日用品を買いに行くとか、飲み屋のツケを建て替えるとかしないんですか?」
「…………。なあ、もしかしてなんだが、その知り合いというのは実際にそんな工房で働いていたのか?」
「ええ。ガラス工房ですけど、2年間ほど勤めていたそうです」
「よし、潰しに行く。アル、場所を教えろッ!」
「いやいやいや、ちょっと待ってください」
今にも飛び出しそうなリンドワースを羽交い締めにして食い止める。
「ええい。離せ〜。潰してやるぅ〜〜〜!!」
「離しませんよ。そんなことしたら、リンドワースさんが捕まっちゃうじゃないですか」
「大丈夫だッ! ウチの商会の力で揉み消すッ!」
リンドワースさんが落ち着くまでしばらくの時間を要した。
「すまん。取り乱した」
「いえ、こちらこそ、変な話しちゃって」
「いや、アルは悪くない。悪いのはその工房だ」
「俺も知り合いの話を聞いて、酷い話だと思いました。だけど、それが普通の工房なんだと思ってました。リンドワースさんがエノラ師の弟子だから、ここは特別なものだとばかり思っていました」
「それは間違いだ」
「ええ、俺も理解しました。リンドワースが怒ってくれたことも嬉しかったです。でも、気持ちだけ受け取っておきます。それでリンドワースに迷惑をかけたくないので」
「迷惑なんて思っていない。だが、アルがそう言うなら、ここは引き下がっておこう」
「はい。ありがとうございます」
「だが、もしヤる気になったら、いつでも声をかけてくれ。この鎚で工房ごとぶっ潰してやろう」
「大丈夫ですよ。わざわざ潰しにいかなくても、勝手に潰れますから」
「そっ、そうか…………」
リンドワースは急に怯えた表情を見せる。
隠していたつもりだけど、表情に出ていたようだ。
今、リンドワースさんから真実を聞いて、俺は怒っていた。腹の底から。
ビスケから工房での酷い扱いは聞いていた。
一般的な工房のことをよく知らない俺は、それが普通なのだと思った。
それでも酷いことには変わりないので、その工房に対して怒りを感じていた。
しかし、今日リンドワースさんの話を聞いた俺は、その工房が特別に酷いことを知った。
その工房は普通ではないことをしていたと知った。
その工房は悪いことだと知った上で、ビスケに酷いことをしてきたのだ。
一番立場の弱い、年下の女の子から搾取してきたのだ。
怒りを抑えきれず、漏れてしまうのも仕方がないだろう。
だが、俺は怒りに任せて復讐したりはしない。
その気になれば、工房の人間全員殺すことも、物理的に工房を消失させることも、俺には容易いこと。
しかし、それは犯罪だ。ビスケが望むと思わない。
だから、俺は、いや、ノヴァエラ商会は合法的にその工房を潰す。潰れるように仕向ける。
もとからそのつもりだったのだ――。
ビスケが酷い仕打ちを受けた工房は、間違いなく近いうちに潰れる。
そして、工房の人間が他の工房で雇われることは決してない。
それが俺たちノヴァエラ商会流の復讐だ――。




