226 物づくり禁止!
『カートリッジ』が完成した翌日。
昨晩はいつもより遅くまでフィオーナと【通話】していたけど、長年の習慣か、やっぱり午前4時に目が覚めた。
よし、今日も物づくりに励んでいこう!
――と行きたいところだが、昨日寝る前にニーシャから、
「アンタはしばらく、物づくり禁止! ここ2ヶ月休みなしで働き詰めだったんだから!」
とキツく注意されてしまった。
確かに、ニーシャと出会ってから、俺は休みなく働き続けてきた。
楽しかったから気にならなかったんだけど、休まず働き続けた上、ここ数日は全力を出しきった。
どうやら、俺は『カートリッジ』作りに没頭し過ぎていたようで、回りからは酷くやつれているように見えたそうだ。
自分ではまったく自覚がなかった。
実家にいた頃は、師匠たちから無茶苦茶な修行を押し付けられていた。一番酷かったのはカーチャンだけど……。
それに比べたら、今回なんかぬるま湯みたいなもんだ。
だから、俺としては全然平気。
ガンガンと行きたいところだが……。
しかし、周囲を心配させているとなると話は別だ。
というわけで、俺はニーシャの言葉に従うことにしたのだ。
着替えを済ませた俺は、静かに1階に降りて工房に向かう。
炉のそばにある椅子に座り、【虚空庫】から取り出したコーヒーを飲みながら、一人ゆったりと過ごす。
みんながまだ寝ている早朝の時間帯。
しーんと静まり返った工房。
いつもより澄んでいるように感じる空気。
ほのかに漂うコーヒーの香り。
俺はこの時間と空間が好きなんだ。
のんびりとこれからの過ごし方について思考を巡らせる。
数日間休むことを決めたのはニーシャに言われたこともあるが、この次になにをすべきか決まっていないという理由もある。
昨日完成した『カートリッジ』。
遺物を自力で作り出したという歴史上初の快挙である。
今まで『カートリッジ』はダンジョンから得ることしか出来なかった。
しかも、発見された『カートリッジ』は発見した冒険者自身が保持する遺物に使用することも多い。
それゆえ、市場には数が出回らず、どうしても高価格になってしまう。
それを作り出せるようになったということは、『カートリッジ』の供給不足を解消する道が見えてきたということだ。
じゃあ、さっさと量産すればいいじゃないか――と考えるのは当然だろう。
しかし、そう簡単な話ではない。
現在、『カートリッジ』を作れるのは俺だけ。
それも1個作るのに30分くらいかかる。
とても大量生産というわけにはいかない。
それくらいなら、ダンジョンに潜って取ってくる方が断然に早い。
ダンジョン44層にあるモンスターハウスにいるモンスターが『カートリッジ』とその上位種の『ハイカートリッジ』をドロップする。
以前、俺はそこで2時間粘り、『ハイカートリッジ」を107本、『カートリッジ』を2,033本、乱獲したことがある。
そう。現時点では作るより取ってくる方が圧倒的に効率がいいのだ。
俺の【遺物解析】の熟練度を上げる以外に『カートリッジ』自作のメリットはないのだ。
遺物関連で次になにかするとしたら、スライムから万物素を作ろうとした際に副産物としてできた魔力素を解析することだろう。
それでなにか新しい物を作れないかと期待している。
まあ、それも休みが開けてからの話だな……。
……………………。
………………困った。
………………やる事がない。
休むとは決めたものの、なにをして過ごせばいいのか思いつかないのだ。
実家を出てからは、物づくり、ダンジョン潜り、新たな仲間との出会い、商会立ち上げと目が回るような忙しさで、休む暇もなかった。
実家にいた頃は修行に明け暮れ、気晴らしの趣味と言えば物づくりだった。
なにかを作ってストレスを発散させていたのだ。
そう。そんな俺にとって、時間が空いたらやりたい事と言えば、物づくりの一択なのだ。
それを禁止された今、俺はどうしたらいいか途方に暮れていた。
ダンジョンに潜る気はないし、街をブラブラするという気分でもない。
一人でなにかをして過ごす良いプランは思いつきそうにない。
唯一浮かんだアイディアは『錬金大全』の「叡古の章」を読み込むことだ。
「叡古の章」は未知の古代語で書かれており、【遺物解析】の力を借りて読むしかない。
俺にしか出来ないことだし、読み込むのにすごく時間がかかる。
精神力も魔力もゴリゴリと削られるけど、新しい遺物作成に必要な情報がたっぷり詰まっているだろう「叡古の章」は少しでも読み進めておきたいのだ。
でも――これもダメなんだろうな。
俺が「叡古の章」を読んでいるところを見られたら、ニーシャたちに「仕事禁止!」って言われることだろう。
となると――――。
誰かと一緒に過ごす…………か。
もう、これくらいしか思い浮かばなかった。
一人で無理なら、誰かを巻き込むしかない。
誰が適当なんだろうか?
ニーシャや店舗立ち上げメンバーは仕事が忙しいだろうし。
フィオーナはライラと遊ぶって言ってたけど、そこに混ざるのもなんだし。
……………………。
よしっ、身体動かしながら考えるか。
どうせ、今はみんな寝てる時間だ。
最近、怠りがちだったから、今日はちょっと本格的にトレーニングしよう。
まだ、朝食まで時間もあるし。
空が白み始める中、俺は裏庭へ向かった――。




