224 『カートリッジ』完成祝賀パーティー3
これで一件落着だな。
そう思っていたら――。
「ちょっと待って。昨日の午後はここにいたんじゃないの?」
ニーシャから横槍が入った。
ん?
なんか、イヤな流れになりそうな気がする……。
「いいえ、師匠はいなかったですぅ。ニーシャと一緒じゃなかったんですかぁ?」
「いいえ、一緒に王都には行ったけど、その後にフォーゲルの街に送ってもらって、午前中には別れたわよ。アルはその後、ジェボンさんのお店にウルフ肉の納品に行ったけど、それはすぐに済むはずよ」
ニーシャはそこで一度区切り――。
「一体なにをしてたのかしら?」
「えっと…………」
「ねえ、アル、どういうこと?」
「…………」
ニーシャとフィオーナの二人から詰め寄られる。
他のみんなも口には出していないが、視線でプレッシャーをかけてくる。
そうしないのはカーサだけだ。
彼女は『竜の泪』をガブガブ行った挙句、早々とダウン。
テーブルに顔を突っ伏せ、夢の世界だ。
うん、カーサは平常運転だな。
確かに俺は昨日の午後はここにいなかった。
仕事もしていなかった。
連日の『カートリッジ』解析による疲れを取るためにリフレッシュしていたのだ。彼女と約束もしてたしね。
人間には休みが必要だ。
幻獣相手に一ヶ月間戦い続けて勝利を収めるカーチャンみたいな人外はともかく、普通の人間には休みが必要だ。
それに、俺はみんなと出会ってから誰よりも早起きし、誰よりも働いてきた。
そんな俺が半日くらい休みを取ることは、なんの問題もないはずだ。
それがたまたまフィオーナの帰還日と重なってしまっただけだ。
帰還日を忘れていたのは、俺の手落ちだ。それは謝る。
だけど、俺がどう休みを取ろうと、それを責められることはないはずだ。
なんら、疚しいところはない!
しかし、俺の本能が警戒を告げていた。
正直に話したら、ロクなことにならないと――。
「昨日、ご主人様は夕方に帰って来ました。そのとき、他の女のニオイがしました」
沈黙を破ったのはルーミィだった。
ちょっ、ルーミィ!
爆弾発言に場が静まり返る。
「え〜、私との約束やぶって、そんなことしてたの!?」
またもや不機嫌そうな顔に戻ったフィオーナ。
いや、別におまえと約束とかはしてなかったぞ。
4日後に帰るって聞いてただけで。
「そんな匂いしたかニャ?」
いいぞ、ミリア!
この中で一番嗅覚に優れているのは猫人族のミリアだ。
ミリアが否定すれば、みんなそれを信じるだろう。
大丈夫!
帰る前に【清潔】で全身をキレイにした。
匂いとかは残っていないはずだっ!
「私には分からなかったですぅ」
よしっ、これで2対1だ。
俺が帰宅したとき、ニーシャはまだ帰って来ていなかった。
これなら、ルーミィの勘違いで通せるっ!
「本当に匂いがしたわけじゃないです。ただ、気配というか雰囲気というか、そういうものに他の女性の残り香みたいなものを感じました」
「ねえ、アル」
「はいっ」
「ルーミィちゃんが嘘をつくと思う?」
「…………いえ」
ニーシャの鋭い視線で射すくめられる。
【鑑定眼】で俺の心の内まで見透かされている気分だ。
「話してくれるわね?」
「話してよね?」
「……………………はい」
ニーシャとフィオーナに迫られる。
正直に話さざるを得なかった。
「――――というわけで、シドーさんには王都を案内してもらっただけだ。なにも疚しいことはしていない」
俺の釈明が終わり、みんなは顔を見合わせている。
「まあ、話は分かったわ。釈然とはしないけれど、私たちがアルを責めることは出来ないわね」と話の分かるニーシャ。
「やっぱり、師匠はモテモテですぅ」となぜか胸を張っているビスケ。
「イヤな予感が当たったニャ。やっぱり、注意しなきゃいけないニャ」となにかを警戒しているミリア。
「ご主人様…………」となにを考えているのか分からないルーミィ。
「凄いとは思っていたけど、これほどまでとは……。これはナタリアさんに報告しないと……」となにを報告するつもりなのか気になるライラ。
そして――。
「……相変わらず、アルはモテるんだから。でも、大丈夫。最後はちゃんと私のところに帰ってくるんだもん」と小声でぶつぶつ言っているフィオーナ。
小さ過ぎてよく聞き取れなかった。
「分かったわ。アイスのおかわり。それで手を打つわ。みんなもそれで良いよね?」
「ええ。そこら辺が落とし所ね」
「おかわり嬉しいですぅ」
「いいニャ」
「……(こくり)」
「私ももらっていいのか?」
いきなり王族らしいリーダーシップを発揮したフィオーナにみんなは従うようだ。
まあ、それでみんなの気が済むなら安いものだ。
アイスのおかわりを振る舞い、皆の幸せそうな表情を眺めて、俺も幸せな気分になる。
「そうだ。フィオ。これを渡しとく」
「え〜、なに〜?」
「この前、『指輪や腕輪は戦闘中に違和感がある』って言ってただろ。だから、この形にしておいた」
魔石の耳飾りだ。
フィオーナがダンジョン攻略すると聞いて、『カートリッジ』開発の合間に作っておいたのだ。
「魔石には【通話】を付与してある。これでいつでも俺と連絡とれるぞ」
「え〜〜、嬉しい〜〜〜!!!」
「つっても、仕事中は出れないからな。俺が出なくても、へそ曲げるなよ」
「うん。分かってる。アルはお仕事忙しいんだもんね」
「それと、あんま頻繁にかけてくるなよ。用があるときだけな」
「うん!」
商会のメンバーたちに渡したアクセサリーほどの性能はない。あれは仲間だけに分け与えるものだからだ。
見た目も王族が身につけるには質素すぎる。だが、【通話】を使うときだけ付ければいいから構わないだろう。
俺のプレゼントにすっかり機嫌を直し、宴会が始まった時の不機嫌さが嘘のように、満面に笑みを浮かべていた――。




