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212 王都デート2

 ※シドー視点。


 一目惚れだった。


 アルさんの整った顔立ちは私の好みドンピシャで、柔らかい物腰にも惹かれ、私は一発で恋に落ちた。


 初恋だった。


 私は小さな頃から料理に夢中で、考えるのは料理のことばかり。

 周りの友人たちが色恋沙汰に熱中する年頃になっても、私にはその気持ちが理解できなかった。

 それよりも料理だった。


 私は料理に没頭しているうちに、思春期を通り過ぎ、恋を知らぬまま結婚適齢期を迎えてしまった。

 友人知人の大半は既に結婚しており、残りの人たちも結婚相手を探すのに躍起になっている。

 私も両親から「早く結婚して身を固めろ」と煩く言われていたが、自分が誰かと結婚するなんて想像も出来なかった。アルさんと出会うまでは……。


 アルさんはファング・ウルフとシルバー・ウルフの肉を大量に仕入れたらしく、ウチの店に定期納入することになった。

 その際、仕入れ長である私がアルさんに対応する係に命じられたことは、私にとってこの上ない幸運なことだった。


 それ以来、アルさんは週に一度ウチの店に納品に訪れるようになった。

 時には一人で。時には相方の女性であるニーシャさんという商人の方を伴って。

 そして、一度はニーシャさんと2人の綺麗な女性たちと一緒に。

 アルさんは「ただの仕事仲間」と言っていたけれど、私は心配だった。みんな魅力的な女性だったから。


 だから、私は思い切ってデートに誘ってみた。

 アルさんは私の誘いを快諾してくれた。

 仕事が忙しくて一ヶ月先と言われたが、私は待ち遠しい反面、この一ヶ月間デートが楽しみで、毎日がとても充実していた。

 こんなに充実した日々を過ごしたのは初めてだった。

 これが恋なんだって初めて知った。


 アルさんはまだ成人前とは思えないほどの落ち着き払った立ち居振る舞いだ。

 つい自分の方が年上であることを忘れてしまうほど。不思議な魅力に溢れる少年だった。


 ウチのボスであり、総料理長グランシェフであるジェボンさんの弟弟子。

 ということは、あの宮廷料理長ランガース師の弟子であるということだ。


 普通では考えられない話だ。

 ランガース師に弟子入り出来るのは、国中の料理人の中でもほんのひと握り。

 アルさんは8歳のときに、その狭き門をくぐり抜けて弟子入りしたそうだ。

 この話を聞いて、料理人としての私もアルさんに強い興味を持つことになった。


 実際アルさんと料理の話をしていくうちに、彼が一流の料理人と呼べるほどの深く広い知識を持っていることが分かった。

 それだけじゃない。ファング・ウルフやシルバー・ウルフを大量に倒すことが出来るほど強くて、商会を立ち上げれば一ヶ月もしないうちに王様からお褒めの言葉を賜るほど。

 私なんかじゃ計りきれないほど凄い人だ。


 だけど、その笑顔は無邪気な少年そのもの。

 そのギャップに私はキュンとしてしまう。


「どうかしましたか?」


 つい、アルさんの横顔に見惚れて、お弁当を食べる手が止まってしまっていた。


「いえ、お味の方はどうですか?」

「ええ、とっても美味しいですよ」


 私とアルさんは午前中のデートを終え、中央市民公園の芝生の上で昼食を取っている最中。

 食べているのは、アルさんに喜んでもらおうと、いつもより3時間早く起きて気合いをいれて作ったお弁当だ。

 アルさんが喜んで食べてくれている姿を見て、私はホッと一安心した。


「それにしても、王都のど真ん中にこんな場所があったんですね。知りませんでした」

「ええ、私はここが好きで休みにはよく来ているんですよ」

「素敵な場所ですね」

「はいっ!」


 ここ中央市民公園はもともと王家の土地だったのだが、何代か前の王様が市民に開放――それ以来、市民の憩いの場として利用されている。

 私も子どもの頃からこの公園が大好きで、休みの度に訪れている。

 だから、自分の庭が褒められたように嬉しい気持ちになる。王都民ならみんな同じ気持ちじゃないかな。


「――ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

「本当に美味しかったですよ。目で楽しませて、栄養バランスも計算されていて、その上、とっても美味しかったです。素晴らしいお弁当をありがとうございました」

「いえいえ」


 手放しで絶賛されて顔が熱くなる。

 師匠であるジェボンさんに褒められた時よりも嬉しかった。

 照れ隠しのように、私は昼食の片付けをする。

 といっても、バスケットに食器やゴミを仕舞うだけなので、すぐに終わってしまった。


「じゃあ、次の場所に移動しましょうか?」

「ええ」


 片付けを終えた私とアルさんは並んで歩き始める。

 アルさんは自然に手を差し出してくるのを、私はドキドキしながら握りしめた。


「アルさんって不思議な方ですよね」


 私は思い切って切り出してみた。

 私の言葉を聞いたアルさんは、しばらく考えこんだ後、優しい口調で尋ねてきた。


「シドーさんは俺のこと、ジェボンさんからどう訊いてるんですか?」

「あまり詳しくは聞いてません。8歳でランガース師に弟子入りした弟弟子だとしか聞いてないです」

「そうですか」


 ジェボンさんから聞いたのは本当にそれだけだ。

 でも、普通の8歳児はそもそも、ランガース師と出会うことすら不可能だ。

 それが出来たということは、すでにアルさんが普通の育ちじゃあないってことを証明している。

 あまり、詮索するのは良くないと思うけど、どうしても気になってしまう。


「俺はちょっと変わった出自なんですよ」


 私の気持ちを察したのか、アルさんはお茶を濁す。

 そう言われると、それ以上は追求できなかった……。


 しばらく、他愛もない会話をしながら歩いて、本日最後の目的地に到着した。

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