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210/268

210 メインイベント前

「なあ、さっきのやり取りはどういう意味だったんだ?」


 ファンドーラ商会を後にした俺は道を歩きながらニーシャに質問した。

 さっきのやり取りとは、軍へのポーション納入に関して、スティラがその半分をウチに振ってきて、ニーシャが断り、二人笑顔で合意に至ったやり取りのことだ。


「ああ、あれね。ウチが短慮なバカじゃないって確認されただけよ」

「短慮なバカじゃない?」

「ええ。ウチに『半分どうぞ』って言ってきたでしょ?」

「ああ」

「そんな目先の小さな餌に飛びつくようだったら、ウチの商会は大したことがないって見くびられてたわよ」

「そうなのか?」

「ええ。軍への納入は確かに大口よ。でも、ファンドーラ商会の取引総額の数パーセントほどに過ぎないわ。彼女たちにとっては、そこまでこだわる程の取引額じゃあないわ」

「ああ」

「だから気前よく『半分どうぞ』って言えるのよ。そのおこぼれに焦って飛びつくなら、その程度の規模の商いしか意識していないってこと。ファンドーラ商会と張り合うような大商会を目指すなら、あそこは『断る』の一択よ」

「なるほど、やっと理解できたよ」

「商人は商人の会話があるからね。裏まで読めてやっと一人前よ」

「俺には無理そうだな。ルーミィはどうなんだ?」

「今仕込んでいるところよ。ルーミィにも早く覚えて一人前になってもらいたいわ。彼女なら1年もかからないんじゃないかしら」

「そんなに早いのか」

「ええ、信じらんないくらい優秀よ、あの子」

「早くニーシャの右腕になってもらわないとな」

「私が右腕になっちゃいそうで怖いわ」

「ははっ」


 会話をしているうちに、人通りが少ない裏通りにたどり着いた。


「よし、ここらでいいかな。今日はどこだっけ?」

「フォーゲルの街よ」

「ああ、あの川の近くの街か。オッケー、手を出して」


 俺はニーシャと手をつなぎ、【転移トランスポーズ】を唱える。

 すると景色は姿を変え、そこは緩やかに流れる大河沿いの茂みの中だった。


 茂みから出るとすぐそこに街が見えている。フォーゲルの街だ。

 街へと続く街道までニーシャを送る。


「じゃあ、頑張ってな」

「ええ、行ってくるわ」

「行ってらっしゃい」


 フォーゲルの街へと向かうニーシャに別れを告げ、俺は王都へとんぼ返り。

 今度は兄弟子ジェボンさんの店近くの裏通りに【転移トランスポーズ】する。

 そこからしばらく歩き、ジェボンさんの店にたどり着く。


「おはようございます」

「おはようございます」


 出迎えてくれたのは純白のコックコートに身を包んだシドーさんだった。

 今日も爽やかな笑顔で迎え入れてくれた。


「それじゃあ、さっさと済ましちゃいましょうか」

「はいっ!」


 シドーさんと並んで歩き、冷蔵室に向かう。


「この辺りにお願いします」


 シドーさんに指示された場所に【虚空庫インベントリ】から取り出したウルフ肉を積み上げていく。

 もう何度もやってきたことので、作業は1分もかからずに終了する。


「これで終了ですね。準備してきますので、ちょっと待っててくださいね」

「じゃあ、店の入口で待ってるよ」


 身支度に行ったシドーさんと別れ、俺は店の入口に向かい、入り口付近に設置されているベンチに腰掛ける。

 順番待ち用のベンチだけど、まだ開店前なのでベンチはガラ空きだった。


 納品は終了したが、今日はもうひとつ用事がある。

 この後に、今日のメインイベントが控えているんだ。

 それは――。


「お待たせしました」


 呼ばれて振り返ると、そこに立っていたのは装いを新たにした私服姿のシドーさんだった。

 若草色のワンピースに綺麗に結い上げられた髪、手には籐で編まれたバスケットを下げている。


「素敵ですね。お似合いですよ」

「ありがとうございます。アルさんも似合ってますよ」


 言いながら、シドーさんはポッと頬を赤らめる。

 シドーさんに褒められたように、今日の俺はいつもの『旅人の服(国宝級)』ではない。

 彼女の隣を歩いても恥ずかしくないように、ちゃんとオシャレをしてきたのだ。


 そう。今日のメインイベントは「シドーさんと一緒に王都観光」なのだ。

 お誘いを受けたのが一ヶ月前。

 その頃は開店準備で忙しかったので、それが落ち着く頃に行こうという話になっていたのだ。

 その約束の日が、まさに今日。

 運良く天気も晴天で、絶好の観光日和だ。


「それじゃあ、行きましょうか?」

「ええ、行きましょう!」


 シドーさんがグーにした手を高く挙げる。

 普段はしっかり者といった印象のシドーさんだけど、こうやって子どもっぽい一面を時折見せる。そんなところも彼女の魅力のひとつだ。

 そんなことを考えながら俺はベンチから立ち上がり、シドーさんの横に並ぶ。


「よかったら、そのバスケット持ちましょうか?」

「お気遣いありがとうございます。でも、平気です」

「そうですか」


 女性に物を持たせるなとカーチャンから叩きこまれたいてので提案してみたけど、シドーさんは遠慮してきた。

 それ以上しつこくするのもアレなので、代わりに俺は手を差し出す。


「手をつなぎませんか?」

「!?!? …………はっ、はい」


 「女性とデートする時は手をつなげ」、これもカーチャンの教えだ。

 シドーさんは恥ずかしいのか、顔を赤くしながら、おずおずと俺の手を握ってきた。

 俺がしっかりと握り直すと、シドーさんが「ひゃい」という声を上げる。

 そんな素振そぶりが可愛らしく思える。


「じゃあ、あらためて行きましょうか?」

「はっ、はいっ!」


 俺とシドーさんは手を繋いで歩き出す。

 行き先は彼女任せだ。


 王都に来たことは何度もあるが、ほとんど王城内に滞在していたので、街中を歩き回ったことがない。

 そんな俺に対して、シドーさんは生まれも育ちもここ王都。

 今日は一日、王都の観光名所を案内してもらうのだ。


「今日はどこに連れて行ってもらえるんですか?」


 俺は歩きながらシドーさんに尋ねる。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いや、逆にアホじゃない?商人が理由も無く利益を捨てるとか・・・ 小さいといっても利益は利益だし、ここ特に断るようなデメリットも無い場面でしょう。何かデメリットがあって「考えもせずにこれ…
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