210 メインイベント前
「なあ、さっきのやり取りはどういう意味だったんだ?」
ファンドーラ商会を後にした俺は道を歩きながらニーシャに質問した。
さっきのやり取りとは、軍へのポーション納入に関して、スティラがその半分をウチに振ってきて、ニーシャが断り、二人笑顔で合意に至ったやり取りのことだ。
「ああ、あれね。ウチが短慮なバカじゃないって確認されただけよ」
「短慮なバカじゃない?」
「ええ。ウチに『半分どうぞ』って言ってきたでしょ?」
「ああ」
「そんな目先の小さな餌に飛びつくようだったら、ウチの商会は大したことがないって見くびられてたわよ」
「そうなのか?」
「ええ。軍への納入は確かに大口よ。でも、ファンドーラ商会の取引総額の数パーセントほどに過ぎないわ。彼女たちにとっては、そこまでこだわる程の取引額じゃあないわ」
「ああ」
「だから気前よく『半分どうぞ』って言えるのよ。そのおこぼれに焦って飛びつくなら、その程度の規模の商いしか意識していないってこと。ファンドーラ商会と張り合うような大商会を目指すなら、あそこは『断る』の一択よ」
「なるほど、やっと理解できたよ」
「商人は商人の会話があるからね。裏まで読めてやっと一人前よ」
「俺には無理そうだな。ルーミィはどうなんだ?」
「今仕込んでいるところよ。ルーミィにも早く覚えて一人前になってもらいたいわ。彼女なら1年もかからないんじゃないかしら」
「そんなに早いのか」
「ええ、信じらんないくらい優秀よ、あの子」
「早くニーシャの右腕になってもらわないとな」
「私が右腕になっちゃいそうで怖いわ」
「ははっ」
会話をしているうちに、人通りが少ない裏通りにたどり着いた。
「よし、ここらでいいかな。今日はどこだっけ?」
「フォーゲルの街よ」
「ああ、あの川の近くの街か。オッケー、手を出して」
俺はニーシャと手をつなぎ、【転移】を唱える。
すると景色は姿を変え、そこは緩やかに流れる大河沿いの茂みの中だった。
茂みから出るとすぐそこに街が見えている。フォーゲルの街だ。
街へと続く街道までニーシャを送る。
「じゃあ、頑張ってな」
「ええ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
フォーゲルの街へと向かうニーシャに別れを告げ、俺は王都へとんぼ返り。
今度は兄弟子ジェボンさんの店近くの裏通りに【転移】する。
そこからしばらく歩き、ジェボンさんの店にたどり着く。
「おはようございます」
「おはようございます」
出迎えてくれたのは純白のコックコートに身を包んだシドーさんだった。
今日も爽やかな笑顔で迎え入れてくれた。
「それじゃあ、さっさと済ましちゃいましょうか」
「はいっ!」
シドーさんと並んで歩き、冷蔵室に向かう。
「この辺りにお願いします」
シドーさんに指示された場所に【虚空庫】から取り出したウルフ肉を積み上げていく。
もう何度もやってきたことので、作業は1分もかからずに終了する。
「これで終了ですね。準備してきますので、ちょっと待っててくださいね」
「じゃあ、店の入口で待ってるよ」
身支度に行ったシドーさんと別れ、俺は店の入口に向かい、入り口付近に設置されているベンチに腰掛ける。
順番待ち用のベンチだけど、まだ開店前なのでベンチはガラ空きだった。
納品は終了したが、今日はもうひとつ用事がある。
この後に、今日のメインイベントが控えているんだ。
それは――。
「お待たせしました」
呼ばれて振り返ると、そこに立っていたのは装いを新たにした私服姿のシドーさんだった。
若草色のワンピースに綺麗に結い上げられた髪、手には籐で編まれたバスケットを下げている。
「素敵ですね。お似合いですよ」
「ありがとうございます。アルさんも似合ってますよ」
言いながら、シドーさんはポッと頬を赤らめる。
シドーさんに褒められたように、今日の俺はいつもの『旅人の服(国宝級)』ではない。
彼女の隣を歩いても恥ずかしくないように、ちゃんとオシャレをしてきたのだ。
そう。今日のメインイベントは「シドーさんと一緒に王都観光」なのだ。
お誘いを受けたのが一ヶ月前。
その頃は開店準備で忙しかったので、それが落ち着く頃に行こうという話になっていたのだ。
その約束の日が、まさに今日。
運良く天気も晴天で、絶好の観光日和だ。
「それじゃあ、行きましょうか?」
「ええ、行きましょう!」
シドーさんがグーにした手を高く挙げる。
普段はしっかり者といった印象のシドーさんだけど、こうやって子どもっぽい一面を時折見せる。そんなところも彼女の魅力のひとつだ。
そんなことを考えながら俺はベンチから立ち上がり、シドーさんの横に並ぶ。
「よかったら、そのバスケット持ちましょうか?」
「お気遣いありがとうございます。でも、平気です」
「そうですか」
女性に物を持たせるなとカーチャンから叩きこまれたいてので提案してみたけど、シドーさんは遠慮してきた。
それ以上しつこくするのもアレなので、代わりに俺は手を差し出す。
「手をつなぎませんか?」
「!?!? …………はっ、はい」
「女性とデートする時は手をつなげ」、これもカーチャンの教えだ。
シドーさんは恥ずかしいのか、顔を赤くしながら、おずおずと俺の手を握ってきた。
俺がしっかりと握り直すと、シドーさんが「ひゃい」という声を上げる。
そんな素振りが可愛らしく思える。
「じゃあ、あらためて行きましょうか?」
「はっ、はいっ!」
俺とシドーさんは手を繋いで歩き出す。
行き先は彼女任せだ。
王都に来たことは何度もあるが、ほとんど王城内に滞在していたので、街中を歩き回ったことがない。
そんな俺に対して、シドーさんは生まれも育ちもここ王都。
今日は一日、王都の観光名所を案内してもらうのだ。
「今日はどこに連れて行ってもらえるんですか?」
俺は歩きながらシドーさんに尋ねる。




