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21 タイラント・グリズリー

 やり終えた満足感に浸りながら、俺は片付けをする。

 携帯炉やその他の道具を【虚空庫インベントリ】に終い込み、結界を解除し、結界石を拾い上げる。


 途端、強力な殺気を感じる。

 すぐさま【索敵サーチ】を発動。


 数百メートル離れたところにモンスターを感知した。

 続けざまに【魔力探知マナ・サーチ】も発動させる。


 対象の魔力反応には覚えがあった。

 凶暴な熊型モンスターのタイラント・グリズリーだ。

 ファング・ウルフなんかよりも1つも2つも格上のモンスターだ。


 向こうはこちらの存在にはまだ気づいていないようだ。

 一昨日探った時にはタイラント・グリズリーだけでなく、そこまで上位の存在はいなかったはず。

 森の深奥からわざわざ出てきたのか?

 なぜだ?


「違和感があったら、最大限に警戒し、その理由を探れ」


 カーチャンに叩きこまれた教えだ。


 本来いるはずのないモンスターがそこにいる。

 なぜなのか?


 理由は大きく2つ。

 より強力なモンスターから逃げ出してきた。

 獲物を求めて遠出してきた。


 前者は多分ないだろう。

 俺の【索敵サーチ】や【魔力探知マナ・サーチ】には、そのような存在は引っかかっていない。

 この圏内で一番強いのはタイラント・グリズリーだ。


 となると後者だけど…………あっ。

 俺はようやく理由に辿り着いた。


「俺がファング・ウルフを狩りまくったからだ……」


 そう。俺が2日前に根こそぎにしたせいで、餌となるファング・ウルフがいなくなったんだ。

 だから、餌を求めこんなに森の浅いところまでやって来たんだ。


 納得した俺は安心した。


 さて、どうするか?


 そんなの決まっている。

 素材がそこに待っているんだ。

 剥ぎ取るしかないだろ。


 実は以前、タイラント・グリズリー刈りに失敗した過去がある。

 たしか、10歳の頃のはずだ。

 その時も1頭のタイラント・グリズリーと戦ったが、その結果は芳しくないものだった。


 素材としてのタイラント・グリズリーを考えた時には、ただ殺すだけじゃダメなんだ。

 特別な倒し方をしないと、価値がないんだ。


 今よりも未熟だった10歳の俺には、それができなかった。

 だけど、あれから成長した今なら、きっと成功するはず。


「よし、やるぞッ!」


 幾つかの補助魔法を重ねがけした後、俺は喜び勇んで駈け出した――。


 木々の間くぐり抜け、俺はひた走る。

 数百メートルの全力疾走を終え、片手に構えるはミスリルソード。もちろん、【剣強化エンハンス・ソード】で強化してある。

 今回の目的には刀身の長さは必要ない、むしろ、長すぎると邪魔になるので、そのままの長さだ。


 視界にタイラント・グリズリーをとらえる。

 漆黒の毛皮に全身を包んだ、2メートルほどの巨体。


 ヤツも駆け寄る俺に気づいた。

 大声で吼えて威嚇してくる。

 ヤツの元へ駆け寄る俺に向かって、鋭い爪を光らす右腕を大きく振り下ろしてきた。


 俺はそれを最小限の動きで躱し、垂直に飛び上がる。

 目指すはヤツの顔――その右目にミスリルナイフを叩き込む。

 ズブリとヤツの眼球に沈み込んだナイフを、更に深く押しこむ。

 やがて、それはヤツの脳髄へ到達。

 ヤツは断末魔の叫びを上げる。

 ナイフをグリグリとねじりながら押し込むと、タイラント・グリズリーは息絶え、力を失った巨体は地面に倒れ落ちる。


「よしっ、成功だ」


 残るは後処理だけ。

 前のめりに倒れうつ伏せ状態のタイラント・グリズリーをひっくり返し仰向けにさせる。

 【身体強化エンハンス・ボディ】がかかってるから出来ることだ。

 右目に刺さっているミスリルナイフの柄に両手をかける。

 そして、――。


「【爆縮インプロージョン】」


 ミスリルナイフを通じて、魔力がタイラント・グリズリーの体内に流れ込む。

 流れこんだ魔力の奔流がタイラント・グリズリーの全身を駆け巡り、骨を砕き、肉を断ち切る。

 体中をミキサーにかけられたようにタイラント・グリズリーの体内はグズグズになる。

 無事なのは漆黒の毛皮だけだ。


「【吸引ヴァキューム】」


 ミスリルナイフを引き抜くと、タイラント・グリズリーの体内物質のすべてが勢い良く放出される。

 残ったのは一枚の毛皮だけだった。

 俺は【浄化ピュリファイ】で自身と毛皮の汚れを落とす。


「よしっ、バッチリ成功だ」


 タイラント・グリズリーの漆黒の毛皮は物凄い価値がある。

 もちろん、傷が少ない方が価値が高く、その最高峰が

傷ひとつない毛皮だ。


 今回俺は無事に傷なし毛皮を手に入れることができた。

 やっぱり俺も大分強くなったんだな。

 カーチャン相手に戦っていると実感できないけど、ちゃんと成長していたようだ。

 タイラント・グリズリー戦も思っていた以上に楽勝だったし。


「ニーシャにいい土産ができたな」


 俺は【虚空庫インベントリ】にタイラント・グリズリーの毛皮をしまい込むと森を後にした――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


「ただいま〜」

「うわっ、びっくりしたっ」


 【転移トランスポーズ】で宿の部屋に戻ってきた俺に、ニーシャはビックリしたようだ。

 【転移トランスポーズ】の魔法は転移に多少タイムラグがあって、本体が出現する前に魔力の乱れがあるから、分かるはずなんだけどな。

 だから、戦闘中は使いドコロを考えなければいけない。

 ある程度魔力感知に長けている相手だと、逆にチャンスを与えるようなもんだ。たとえば、カーチャンとか。


 といったことをニーシャに伝えてみたらところ、


「普通の人間にそんなこと出来るわけないでしょ」


 って返された。

 やっぱり、俺の周りは非常識だ。


「それより、成果はどうだったの?」

「うん、バッチリだよ。でも、その前に、お土産があるんだ」


 ほれ、とタイラント・グリズリーの毛皮を出して見せる。


「……………………」


 ニーシャは目を見開いて固まってしまった。

 口もあんぐりと大きく開けたまま。


「おーい、生きてるか〜?」


 声をかけてみても反応がない。

 しょうがないから、頬を軽く叩いてみる。


「はっ!」


 ようやく再起動したようだ。


「タイラント・グリズリーの毛皮じゃないのッ! しかも、まったく傷がないじゃないのッ!」


 急に興奮した様子でニーシャは大声を上げた。


「どうしたのよコレ?」

「倒した」

「誰が?」

「俺が」

「はああああ?」

「いや、ホントだって」

「……………………呆れたわ」


 まあ、お茶でも飲んで落ち着けよ。

 俺は二人分のお茶を淹れる。


「落ち着いたか?」

「ええ……」


 さすがはセレスさん謹製茶葉だ。効力バツグン。

 荒ぶるカーチャンを鎮めるだけの効果だ。


「ところでコレどうすんのよ?」

「だから、お土産だって。ポーション容器作りのついでにゲットしただけだから、ニーシャの伝手で売り払ってよ」


 タイラント・グリズリーの毛皮はなにかに加工できるわけでもなく、素材としての価値はない。毛皮の価値は鑑賞品としてのものだ。

 俺の【虚空庫インベントリ】に入れていても、なんの役にも立たない。

 それだったら、ニーシャに売り払ってもらった方がマシだ。

 俺だって早く自分の工房が欲しいのだ。


 ニーシャにさんざん非常識扱いされている俺だけど、タイラント・グリズリーの毛皮が簡単に捌けないことくらいは知っている。

 俺はどこに売るべきなのかも判断しきれないし、こういうのはいろいろ伝手のあるニーシャに任せるべきだろう。


「なに、気軽に言ってんのよ。ついでで狩れる相手じゃないでしょ。普通だったらAランク冒険者がパーティー組んで戦いに行く相手よ」

「いや、だって近くにいたからさ、そりゃ狩りに行くしかないだろ。前戦った時は無傷で倒せなかったし」

「前にも戦ったことあるの?」

「ああ、10歳の時な」

「…………わかった」

「なにが?」

「もうアルがなにしても驚かないことに決めた」

「その言い方だと俺がいつも驚かせてるみたいじゃないか」

「自覚ないの?」

「……すまん。ちょっとはある」

「はあ。それでコイツは売り払っていいのね?」

「ああ、頼む。交渉とかは全部任せるよ。売値もニーシャが決めちゃっていいから」

「わかったわ。すぐには売れないけど、絶対にアルが納得する値段で売ってみせるわ」

「ああ、よろしくな」

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